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仮面から始まったマスクの歴史

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A 17th-century illustration of a physician wearing protective clothing, including a mask, to protect against the plague.
ペストから体を守るため、仮面と衣装をつけた医師を描いた17世紀のイラスト。写真提供:Bettmann/ゲッティ/共同通信イメージズ

私たちが着ける衛生用のマスクは、文化的・呪術的な仮面から枝分かれしたものだ。感染症研究は17世紀の細菌の発見、19世紀のウイルスの発見を経て飛躍的に進んだ。それまではまじない・お守り程度の意味が強かったとみられるが、17世紀に欧州でペストが猛威をふるった際に各地の「ペスト医師」はこぞって鳥のくちばし状の仮面を着けたとされる。当時は「瘴気(しょうき)」がペストを生じると考えられており、「くちばし」部分には「瘴気よけ」で大量の香辛料が詰められていた。仮面着用の結果、実際に多少のリスク低減効果があったのかも知れない。

その後、日本での実利用は鉱山労働者などの防塵(ぼうじん)マスクが先行したが、「スペイン風邪」(1918~20年)で政府が着用を呼びかけ、一気に衛生用マスクが普及。新型コロナ同様、一時店頭から消えたという。

スペイン風邪のポスター=国立保健医療科学院図書館所蔵、内務省衛生局著「流行性感冒」(1922.3)

コロナの感染防止にマスクはどれほど効果があるのか。実は世界保健機関(WHO)は当初、医療現場以外で健康な人がマスクをすることを推奨していなかった。新型コロナの感染は接触かウイルスを含む飛沫(ひまつ)を直接浴びて起きると考え、一般の人のマスク着用効果には懐疑的な感染症学者が多かったのだ。

風向きが変わったのは2020年6月、WHOの研究費を受けたカナダのグループの論文が英医学誌ランセットに載ったころからだ。新型コロナと、近縁のコロナウイルスが起こす重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)で、物理的離隔、マスク、目の防護による感染防御効果を調べた論文172本を解析した論文だ。「メタ解析」と呼ばれる手法で、科学的な信頼度が高い結果が得られる。

それによると、感染防御効果が最も確実なのは物理的離隔で、感染者との距離を1メートルとると感染リスクは約80%下がり、2メートルだとさらに有効だとわかった。さらにマスクと目の防護にもかなりの感染防御効果が認められた。しかも、マスクは医療現場だけでなく市中でも有効で、高機能のN95はもちろん、医療用不織布や布のマスクもN95ほどではないものの効果があるとわかった。

それは空中を漂うウイルスを吸い込んで起きる感染がかなりあって、それに対してはマスクが有効な防御手段であることを示唆する結果でもあった。

備前市の成人式に参加し、マスク姿で記念撮影する新成人たち=2021年1月10日、備前市西片上、田辺拓也撮影

これに続き、ウイルス学者ら239人の科学者が空中を漂うウイルスによる感染を認めるべきだとする声明を発表。WHOや米疾病対策センター(CDC)も、呼吸を介した感染とマスクの効果を認めるようになった。

日本ではこれに先立ち、「3密」(密閉空間、密集場所、密接場面)のリスクが周知され、マスク着用が推奨されたことで、瞬く間にマスクが定着していた。

東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らのグループは2020年10月、本物の新型コロナウイルスを使ってマスクの効果を調べた論文を発表。1人がせきでウイルスを含む飛沫(ひまつ)を繰り返し吐き出し、対面するもう1人が呼吸する様子を模した装置で実験した。顕著だったのは、マスクがウイルスの吐き出しを抑える効果だ。距離50センチだと、排気側だけがマスクを着用していても吸気側に届く感染能力のあるウイルスは7割以上減った。逆に排気側がマスクなしだと、吸気側が布や不織布のマスクを着けても効果は確認できず、N95マスクを着けてやっと8割減る程度。自分が感染を広げないためなら布や不織布のマスクでも意味があるが、マスクなしで大量のウイルスを吐き出す感染者がそばにいる場合、N95などでないと効果は期待薄ということだ。

インフルエンザウイルスでマスク効果を調べた経験があり、声明にも河岡教授らの研究にも名を連ねた国立病院機構仙台医療センターの西村秀一ウイルスセンター長は「2009年のパンデミックインフルエンザのときから、空気を介した感染が軽視されていることに多くのウイルス学者がいらだっていた。今回も当初同じことが繰り返され、しかも感染拡大を抑えられずにいたので、声明を出そうという話になった」という。

「夏はせきなどで吐き出された飛沫は大きいままなので近くに落ちやすい。冬は飛沫が乾燥し、小さくなって空中に漂いやすい。新型コロナウイルスはインフルエンザに比べてもしぶとく、乾燥に強いので、冬に大きな流行を引き起こすのではないかと考えていた」と西村さん。

マスクへの抵抗感が強く反マスク運動も盛んな欧米に対し、もともと花粉症でマスクを着ける人が多かった日本ではマスクが広く受け入れられた。それがコロナだけでなく季節性インフルエンザなどの流行も抑えてきたとみる。「大事なのは、リスクに応じた素材を選ぶことと、マスクを顔にしっかり密着させること。マスクを触らないようにという人もいるが、ずれを直すことの方が重要。エレベーターでは前の人たちが残した呼気の中に入っていくので、私はマスクを手で押さえつけて密着度を上げて乗っている」という。

スーパーコンピューター「富岳」などを使って、マスクの効果を見える化する試みも次々に公表されている。

コロナ禍は、安く手軽なマスクがばかにならない感染予防効果を持つことを明らかにした。ワクチン接種が始まってもマスクは廃れないのではないかと読む西村さんは、感染防御性能はマスクの素材や製法によって大きく異なり、きちんとした性能評価とわかりやすい表示が必要だという。(大牟田透)