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翻訳も議事録作りもできる 日本のベンチャーが生んだ 「スマートマスク」

World Now 更新日: 公開日:
通常のマスクの上に装着した状態の、日本のドーナッツロボティクス社製スマートマスク「C-FACE」の試作機。21年2月に出荷予定という

新型コロナウイルスの流行で、世界中の人がマスクを日常的に着けるようになった昨年、注目を集めた日本のベンチャー企業が「ドーナッツ ロボティクス社」(東京都港区)だ。

同社が2月に出荷予定の「C-FACE」は別名「スマートマスク」。マイクを内蔵し、従来のマスクの上から装着すると、小声で話した内容をアプリを介して最大10メートル離れたスマートフォンやタブレット端末に文字や音声に届けたり、8カ国語に翻訳したり、議事録をつくったりできる。クラウドファンディングでの先行予約版(白色)は一つ4378円(税込み)。原則、機能の豊富さに応じて月額使用料280~1480円(予定)がかかるアプリと組み合わせて使う。

昨年12月、都内で試作機を見せてもらった。中央部分の素材は薄いシリコン様の素材で、脇のプラスチック製の部分に小型マイクと充電式バッテリーを内蔵する。完成品の重さは72グラムほどだ。C-FACEをつけた同社CEO小野泰助さん(46)が「昨日の夜は天ぷらを食べました」と話すと、「ピコン」と音が鳴り、すぐにアプリ画面に文字になって表示された。

スマートマスク「C-FACE」の試作機を通常のマスクの上に着けて、自社の翻訳アプリを使ってみせるドーナッツロボティクス社の小野泰助CEO

2050年に、意識を持ったヒト型ロボットを作ることを目標にする同社は、14年創業で、翻訳機能付き無人接客ロボット「シナモン」の開発を主軸に据えてきた。ところが新型コロナ禍が広がると、訪日外国人を見込んだ空港やホテルでの需要が激減し、病院での導入計画も頓挫。資金調達が危うくなり、存続の危機に追い込まれた。

新型コロナでマスク需要が高まり、周りを見渡せばトヨタ自動車や家電のシャープといった異業種もマスク市場に参入していた。「ロボットを作る会社がマスクを作ったっていい」。社運をかけて開発に着手したのが「スマートマスク」だった。アイデアは同社のエンジニアの一人が学生時代から温めていたもの。失敗したら創業の地、北九州市に引き上げる覚悟で、家賃の高い都心のオフィスの一つを引き払い、開発に資金を集中させた。

シナモンの開発で得た音声認識ソフトや基盤の知見をフルに使って1カ月ほどで試作機を完成させ、昨年5月に新株予約権型クラウドファンディングを始めると、40分足らずで上限の2800万円が集まった。欧米のメディアがこぞって取り上げ、35カ国、150社以上から問い合わせが殺到。国内外から10万個の注文を見込む。聴覚に障害がある人たちからも好意的な反応があった。マスクのせいで口の動きが見えず、コミュニケーションに苦労していた。小野さんたちが想定していなかった需要だった。

スマートマスク「C-FACE」の試作機を手にするドーナッツロボティクス社の小野泰助CEO

「ともにコロナに勝ちましょう」「コロナの壁を越えてください」。別のクラウドファンディングにはこんな激励コメントが次々に寄せられた。

「私たちの製品は『ちょっと便利』『あったらいいな』という程度のものかもしれない」と小野さん。「でも、新型コロナでみんな苦労している時に、人間は技術でマスクの不自由を解決し、ソーシャルディスタンスを保ちながらコミュニケーションを取れる。人々の、希望を見いだしたい、ウイルスに反撃してやるんだという気持ちが、好意的な反応の背景にあるのではないか」。新型コロナの脅威が去って、人々が再び海外旅行に出かけるようになっても、マスクを着ける習慣はエチケットの一つとして世界中で長く残るだろうと小野さんは考えている。来日した外国人観光客が1カ月分の翻訳サービス付きのマスクを空港で買ったり借りたりする、そんな未来はまもなく訪れそうだ。