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バイデン政権が新しく作ったポストは、対中政策転換のシグナルか

ミリタリーリポート@アメリカ
ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)の新設ポスト「インド太平洋調整官」に指名されたキャンベル元国務次官補=2015年、ランハム裕子撮影

前回の本コラム執筆後に、バイデン次期米大統領(本コラム配信時には第46代大統領)が新政権の国家安全保障会議(NSC)にインド太平洋調整官(Coordinator for the Indo-Pacific)というポストを新設して、元国務次官補のカート・キャンベル(Kurt M. Campbell)氏を任命する意向だと表明した。

これに対し、対中強硬派の米海軍関係者たちは自分たちの推測(東アジア戦域におけるアメリカ海洋戦力不利の状況)が避けられない状況になったとみて、「これで中国の優位が確定したようなものだ」とますます危機感を募らせている。

なぜならば、キャンベル氏がホワイトハウスの東アジア軍事政策の司令塔に腰を据えるということは、オバマ(民主党)政権時代の融和的な対中国軍事政策が、全く同じ形ではなくとも、基本的に復活することが避けられないと考えているからである。

■対中「取り込み政策」の復活

キャンベル氏は情報将校としてアメリカ海軍に勤務したこともあり、国際関係論を高等教育機関で教えた経験もある。国防次官補代理(アジア太平洋地域担当)、NSC事務局長などの役職をクリントン(民主党)政権下で務めた。

その後、安全保障関係のシンクタンクやアジア地域のビジネスに関するコンサルティング会社などを設立し運営していたが、2009年にはオバマ政権の国務次官補(東アジア・太平洋地域担当)として東アジア外交政策の立案を主導した。オバマ大統領が推し進めた「アジア基軸(Pivot to Asia)外交」は、キャンベル氏が中心となって策定した東アジア政策である。

過去のオバマ政権とこれからのバイデン政権は、外交的環境も軍事的環境も経済的環境も相違している。そのため、個々の対中国政策が違ったものとなるのは当然といえよう。しかしキャンベル氏が推し進めようとする対中国政策の基本方針は、トランプ政権の「封じ込め政策」とは異なり、オバマ時代と同じく「取り込み政策」となることは間違いない。

実際に、先日(2021年1月12日)『Foreign Affaires』電子版に掲載されたキャンベル氏(Rush Doshi氏との共著)の論文「How America Can Shore Up Asian Order」でも、トランプ政権のように中国をアジア諸国から排除するのではなく、アジア諸国を構成するプレーヤー(それも重要なプレーヤー)として関与させるという意味合いの主張が明示されている。まさにバイデン政権では、中国に対する「取り込み政策」が復活することになるのだ。

■リムパックの経験

オバマ時代に対中「取り込み政策」がはっきりと示された動きのうち、アメリカ海軍関係者、とりわけアジア方面を担当する太平洋艦隊関係者たちにとって忘れ難い経験となっているのは、中国海軍のリムパック(RIMPAC)への招待と参加である。

リムパックというのは、アメリカ太平洋艦隊第3艦隊が主催してハワイ周辺海域で実施される多国間の総合的な海軍合同訓練である。1971年に初回が実施され、その時はアメリカ海軍・カナダ海軍・オーストラリア海軍・ニュージーランド海軍が参加して実施された。1980年からは海上自衛隊が参加し、以後1年おきに実施されているリムパックに海上自衛隊は欠かさず参加している。

1998年のリムパック(環太平洋合同演習)に参加するため米海軍真珠湾基地に集まった各国の軍用艦船=1998年7月、ハワイ・オアフ島、仙波理撮影

1990年以降、リムパックの参加国は徐々に増えて、オバマ政権が発足した翌年の2010年には、「中国海軍を除いた太平洋周辺諸国海軍」に北大西洋条約機構(NATO)などのアメリカの仲間が加わった大規模海洋軍事演習という様相を呈するに至った。すなわちリムパックは「封じ込め政策」的な多国籍海軍合同訓練といった位置づけになっていたのである。

ところが、オバマ政権下でキャンベル氏が「取り込み政策」を推し進めた結果、アメリカ海軍内部でも対中融和的な陣営が勢力を持つに至った。オバマ政権は中国政府に対して中国海軍をリムパックに招待する意向を伝え、2012年には中国海軍をオブザーバー参加させた。

さらに2014年のリムパックでも引き続き中国海軍が参加するように働きかけ、中国海軍は正式メンバーとして艦隊を派遣。2016年にも中国艦隊はハワイに姿を現した。

2016年のリムパック(環太平洋合同演習)では、各国の艦船が停泊する真珠湾に米中両国の旗がたなびいた。手前は中国のミサイル駆逐艦=2016年7月、真珠湾、佐藤武嗣撮影

もちろん、中国海洋戦力の分析に従事している海軍情報部の関係者たちを中心とする海軍対中強硬派は、リムパックへの中国海軍の参加には猛烈に反対した。しかし「取り込み政策」を進めるオバマ政権下では受け入れられず、対中強硬派の海軍将校たちは反対を表明し続けた結果、筆者の知り合いの対中情報責任者(大佐)などは、失職の憂き目に遭ってしまった。

それが、トランプ政権に代わって初のリムパックとなった2018年。すでに中国に対してオバマ政権が招待状を発していたものの、対中「封じ込め政策」を打ち出したトランプ政権は、中国をリムパックから追放する措置を取った。

このように、リムパックへの中国海軍の参加は、まさに時の政権が対中「取り込み政策」をとっているのか、あるいは対中「封じ込め政策」をとっているのかが、目に見える形で示される場となってきた。

米海軍や海兵隊の対中強硬派が問題視している「取り込み政策」はリムパック問題だけではない。よりマクロな動きとしては、2012年のスカボロー礁事件があげられる。

これは、中国漁船とフィリピン漁船のトラブルに端を発して、フィリピン側の海軍・沿岸警備隊と中国側の海軍・海監・海警の艦船が対峙(たいじ)して、中国側がフィリピン側を駆逐した事件だ。オバマ政権は、結果的には、同盟国フィリピンが中国にスカボロー礁を奪取されるのを「見て見ぬふりをした」ことになった。米軍の対中強硬派は、アメリカの対中外交最大の失敗(あるいは妥協)だと非難している。この事件当時、キャンベル氏は東アジア・太平洋地域担当の国務次官補であった。

また、キャンベル氏が主導したオバマ政権の対中政策の目玉「アジア基軸外交」の結果、東アジアでは、中国が南沙諸島に7つの人工島(うち3つには3000メートル級滑走路まで設置した)を誕生させ、前進軍事基地群を手にしてしまった。対中強硬派の戦略家たちは、オバマ=キャンベルの対中「取り込み政策」が東アジア方面での中国の軍事的優勢を促進する役割を果たす結果となってしまった、と分析している。

そして、オバマ政権で対中「取り込み政策」の道筋を付けたキャンベル氏が、再びバイデン政権のアジア戦略を主導することになったことで、対中「封じ込め政策」を主張する陣営にとっては、悪夢の再来を覚悟せざるを得ない状況に直面しているのである。