1. HOME
  2. World Now
  3. 中国が目指す、海の「万里の長城」 バイデン政権でも米中対立は終わらない

中国が目指す、海の「万里の長城」 バイデン政権でも米中対立は終わらない

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
南シナ海のスカボロー礁近くで漁をするフィリピン人漁師。奥には中国の船が監視するように停泊していた=2016年12月13日、矢木隆晴撮影

中国海軍は、中国初の国産空母「山東」が2020年12月20日に台湾海峡を通過し、南シナ海で訓練を行ったと発表した。台湾や南シナ海は、米国と中国が安全保障を巡って緊張関係にある地域だ。いまこの地域で何が起きているのか、日本はどんな役割が求められるのか。北京の防衛駐在官や日本台湾交流協会台北事務所(大使館に相当)主任を務めた尾形誠元空将補に聞いた。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

――山東の台湾海峡通過をどう分析していますか。

11月3日の米大統領選以降、米中関係はやや落ち着いている。山東の台湾海峡通過は、就役から1年が経過して、戦備態勢が整ったことをお披露目する航海だろう。ただ、山東が戦闘機を艦載しているのか、南シナ海でどんな訓練を行うのかに注目している。戦闘機の艦載がなければ単なる政治的な意図をもった行動と言えるだろう。

米中両国が台湾や南シナ海を巡って本当に緊張したのは昨年夏だった。中国は7、8月だけで東シナ海で3回、南シナ海で4回、渤海、黄海、台湾海峡で各1回の軍事演習を行った。中国軍戦闘機も頻繁に台湾海峡の中間線を越えて、台湾側の空域に侵入した。この緊張状態は、2つの現象が重なって発生したとみている。

第1に米台接近に対する反発だ。戦闘機が中間線を越えるのは、米台の高官が接触した時だった。今回も8月に米国のアザール米厚生長官、9月にクラック米国務次官がそれぞれ訪台したときなどに起きた。

第2は、中国が南シナ海で防空識別圏(ADIZ)を設定しようとしている動きと関係がある。米国がADIZ設定を断固阻止しようと動き、中国がこれに強く反発したと思う。

中国の対米戦略は「A2・AD戦略」(接近阻止・領域拒否=Anti Access・Area Denial)だ。米軍の接近を、九州南端から沖縄・台湾などを経てフィリピンに至る「第1列島線」と、伊豆諸島からパプアニューギニアに至る「第2列島線」の間で阻止し、第1列島線の内側に入ることを拒否しようとしている。中国はこの戦略を実現するため、第1列島線を「海の万里の長城」にしようとしている。中国は第1列島線の内側に完全な統治能力を及ぼそうと様々な動きを試みてきた。13年11月に尖閣諸島を含む形で東シナ海にADIZを設定し、14年ごろから南シナ海で人工島の建設を始めた。すでに戦力化が整い、20年4月に南シナ海に二つの行政区を設けた。

南シナ海へのADIZ設定はこうした動きの一環であり、既にいつでも発表できる段階にあると思う。中国外務省も6月、この動きについて否定しなかったし、米インド太平洋空軍司令官も同月、台湾国防部長との会談で、中国が南沙、西沙両諸島に加えて台湾が実効支配する東沙諸島をも含む形でADIZを設定するのではないかという強い危機感を表明していた。

ニミッツとレーガンの二つの米空母打撃群が7月に南シナ海で演習し、米駆逐艦は中国が造った人工島の12カイリ以内に侵入した模様だ。中国が翌8月に弾道ミサイルを同海域に撃ち込んだことも、「これ以上の力による現状変更は認めない」という米国と、それに反発する中国との激しい意志のぶつかりあいだったとみるべきだろう。第三次台湾海峡危機以降、最も激しい対立だった。米空母の接近を弾道ミサイルで阻止する「A2・AD戦略」の縮図的なにらみ合いが南シナ海で発生していたとも言える。

――米国の政権交代で米中関係に変化は起きるのでしょうか。

トランプ政権は、米国の対中関与政策を終わらせ、台湾防衛を巡る従来のあいまいな姿勢を転換した。トランプ政権下での台湾への武器売却は11回で、2020年だけで6回にのぼる。

バイデン政権は、より国際協調に力を入れるだろう。日豪印や東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州などと連携するだろう。

むしろ、台湾にはバイデン氏が副大統領だったオバマ政権への不信感が依然強く残っている。オバマ政権下での2012年から15年まで武器売却もなかった。中国のA2・AD戦略を実行する能力は格段に進歩している。バイデン政権にはこれを打ち破る戦略と確固とした抑止力の再構築が求められるだろう。中距離ミサイルの開発や宇宙・サイバー・無人機などの分野に力を注ぐ必要がある。

一方、中国は2027年に軍創設100周年を迎える。米軍と均衡する軍事力の確保を目標に掲げているようで、米中の対立は簡単には緩和しないだろう。

尾形誠元空将補(本人提供)

――日本はどのような役割を求められますか。

従来、日本は台湾との関係強化にそれほど熱心ではなかったし、台湾も日本に安全保障面で期待してこなかった。米国も同じだ。私が北京に駐在したとき、米国大使館武官は日本との協力に積極的だったが、米国在台協会台北事務所の米軍人は日本との連携にあまり関心を示さなかった。

今後は、米国をからめた日本と台湾の協力が必要だ。日本は19年3月、米台のグローバル協力訓練枠組み(GCTF)に参加した。新型コロナウイルスの感染拡大問題や海洋ゴミ処理の問題など、様々な分野で協力が可能だ。

――なぜ、日米台の安全保障協力が必要なのでしょうか。

中国が「海の万里の長城」にしたい第1列島線から太平洋への主要な出入り口は、台湾とフィリピンの間のバシー海峡と沖縄県宮古島と沖縄本島の間にある宮古海峡だけだ。最近、東沙諸島の戦略的重要性に関心が集まっているが、東沙諸島を手に入れれば、バシー海峡を自由にコントロールできる。同様に尖閣諸島は宮古海峡の重要な戦略拠点と言える。

また、中国にとっての尖閣諸島は台湾の一部だ。台湾有事の場合、尖閣諸島にも当然、戦火が及ぶと考えるべきだろう。逆に言えば、尖閣諸島を巡る有事の際、米軍は台湾問題などに力を割かれ、中国のA2・AD能力によって来援が遅れるかもしれない。日本はこうした状況も念頭に置いて、米国や台湾との安全保障分野の対話や協力を進めていくべきだ。