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見えない、聞こえない、それでも亡き人を感じる 大槌町「風の電話」に人絶えず

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庭園の中に立つ「風の電話」=岩手県大槌町、星野眞三雄撮影

陸前高田市の仮設住宅に1人で暮らす佐々木一義さん(67)は、車で1時間半ほどかかる風の電話をもう10回以上訪れている。東日本大震災で亡くなった妻の美和子さん(当時57歳)と「話す」ためだ。

小中学校の同級生だった。別々の高校に進学する前にラブレターを書いたが、ふられた。思いは変わらず、高校卒業で地元を離れる前に電話して告白した。翌朝9時の列車で発つ美和子さんに「見送りに行く」といったのに、目を覚ましたのは10時。以来、連絡を取り合うこともなくなった。高校卒業後、家業のスーパーで働いて数年たったある日、突然電話があった。当時美和子さんが住んでいた仙台市まで車を飛ばした。つきあい始め、結婚。美和子さんの親に「必ず守ります」と誓った。

スーパーや食品卸会社を経営し、子ども4人を育てたが、2006年に会社が倒産。早朝は新聞配達、夜は地元のホテルで働く日々。そして11年3月11日を迎える。

営業からホテルに戻ってきた時に大きな揺れが襲い、高台に避難した。暗くなってから自宅に戻り、かろうじて無事だった2階で妻を待ったが、帰ってこない。停電で真っ暗な街を探しながら、ふと夜空を見上げると満天の星が輝いていた。「多くの命が召されたのだ」と思うと涙がこぼれた。

美和子さんが遺体で見つかったのは4月3日だった。知人宅の玄関前でうつぶせに倒れ、木やがれきに覆われていた。遺骨とともに2階で過ごしていたが、5月に自宅を取り壊すことになり、仮設住宅に移った。

震災から1年ほどたったころ、大槌町に色とりどりの花が咲く庭園があると聞き、訪れた。「きれいな庭園だなぁ」と思いながら奥に進むと、白い電話ボックスが目にとまった。気づいたら黒電話のダイヤルで、今はない自宅の電話番号を回していた。

電話ボックス内には、庭園をつくった佐々木格さんのいとこの絶筆色紙がかかっている=岩手県大槌町、星野眞三雄撮影

すると、受話器の向こうで妻があいづちをうっているような気がした。「結婚する時の約束を守れなくてごめん」。涙とともに言葉があふれ出た。それから年に1、2回、訪れるようになった。話すのは、子どもの結婚や出産の報告、陸前高田市の復興の様子といった日常だ。「あの場の空気というか風というか、やさしい空間に包み込まれる感じがする。電話でたくさん話すと、はき出した分、空気が体の中に入ってきて、生きている実感がする」

仮設住宅の仏壇前で話す佐々木一義さん。美和子さんの思い出を語りだすと何度も涙ぐんだ=岩手県陸前高田市、星野眞三雄撮影

庭園をつくった佐々木格さん(75)は一義さんが初めて訪れた時のことをよく覚えている。大柄の中年男性が電話ボックスに入っていき、声を上げて泣いていた。

風の電話は、仲の良かった書家のいとこが病気で亡くなる前、のこされる妻子とつながれる場をつくろうと計画した。できあがったのが震災直後の11年4月。新聞やテレビで紹介されると、全国から多くの人が訪れた。

電話ボックスの周りには草花や木々が茂り、傷ついた人の心を癒やす。佐々木さんは「悲嘆を抱えると五感が鈍る。癒やすためには五感が戻る必要があるが、もっと大事なのは感じること。亡くなった人は見えない、声も聞こえない。でも電話の向こうに感じることができる。亡くなってもつながれる。それが生きる希望になり心の再生力になる」という。

「風の電話」と佐々木格さん=岩手県大槌町、星野眞三雄撮影

風の電話でさまざまな人と接し、佐々木さんはこう考えるようになった。「人の心には自然治癒力がある。なぜ自分が悲しんでいるのか、電話ボックスで自問自答する。言葉にすることで心の欠けた部分を埋め、自分で自分をケアしている。人はそれぞれの物語を生きている。大切な人を失うことで途切れてしまった物語を、風の電話で自分自身と向き合い、新たな物語をつむぎ直してほしい」(星野眞三雄)

〈風の電話〉
岩手県大槌町浪板9-36-9「ベルガーディア鯨山」