「黒人の命は大切」運動、「白人の脆弱(ぜいじゃく)性」など、米国では人種に関する話題が熱を帯びてきている。本書『Caste』は、ピュリツァー賞受賞ジャーナリストのイザベル・ウィルカーソンが、米国の人種階層について、広範にわたる調査を元に論じた本だ。
カースト制度はインドだけではない。米国社会は支配的な白人と隷属的な非白人の2層のカーストで成り立っていると著者は主張。「固定され、埋め込まれた人間の価値のランキングであり、ある集団の推定優越性と他の集団の推定劣等性を、先祖の家系に基づいて設定する人工的な構造」と定義する。
著者はインドのカースト制度およびナチスドイツのユダヤ人迫害と対比しながら論じていく。アフリカ系米国人と、インドの最下層に位置する人々、ナチス下のユダヤ人の待遇との類似性を提示する。
米国のカーストは黒人が奴隷として連れてこられた入植の時代に始まった。ナチスはユダヤ人を追い出すため、南北戦争後の米国のジム・クロウ法を研究したという。南北戦争後、公民権運動までの間、米国南部では、白人の黒人に対する残虐性が悪化した。町の広場に黒人をリンチするための木があり、リンチはスポーツイベントのように宣伝され、子どもたちは親と一緒に殺人を見にいくため学校を早退し、写真家はつるされた男たちの写真を記念品として売った。
人種差別は個人的な憎しみではなく、組織的な虐待である。一部の白人は、自分たちの特権を守るためならば、仮に経済的に不利となっても、短期的な不快感を受け入れ、白人主義を守ることを優先すると著者は説明する。
アフリカ系の人気司会者オプラ・ウィンフリーは「今まで自分の読書クラブで選んだ中で最も重要な本」と語り、ニューヨーク・タイムズ紙も昨年発行された本の中でも最も優れた本のひとつと高く評価した。一方、ウォールストリート・ジャーナル紙には「カーストと人種という言葉を入れ替えて使うことで読者の心に混乱を招いている」といった辛口の批評も掲載された。
今月、国民の分断ではなく団結を目指す新大統領が誕生する。上位カーストの人々に著者の言葉が届くのか。本書は一読の価値がある。
■自分の秘密をすべてさらけ出す、という療法
米国では、グループ心理療法は一般的だ。薬物乱用や過食症などの障害、介護疲れ、肉親との死別などによる心の問題に特化したものなど、さまざまな形がある。本書『Group』は、弁護士の著者クリスティー・テートが、20年近く受け続けている心理療法グループについて詳細に記した回想録だ。
著者は20代後半、シカゴにある法科大学院でクラス一番の成績をとる優秀な学生だった。だが、人間関係が苦手で、深い孤独と自己嫌悪に苦しみ、自殺願望を抑え込んでいた。テキサス州のカトリックの家に生まれ、親の価値観に応えられない自分を価値のない人間と考える。思春期にいじめを経験し、外見を気にして、長年、過食と嘔吐(おうと)を繰り返す、摂食障害を患っていた。
そんな時、友人からローゼン博士を紹介された。ローゼン博士は、ユダヤ人でありハーバード大学で教育を受けたセラピスト。彼のグループ療法のルールは、同じグループに出席し続けること、徹底的に正直であること、そして、そこで話された内容は、グループの内でも外でも、誰に何を話してもかまわないという型破りなものだ。つまりこのグループの参加者は、秘密を持つことができなくなるのだ。
グループでは、身体的なコンプレックス、性的指向、強迫観念、不倫など、すべてを詳細に話し、それに対する自分の思いを皆の前で言葉にしなくてはならなかった。著者にとって自分の本当の姿を人に知られることへの恐怖は、人間関係がうまくいかないことや、孤独に死ぬことへの恐怖よりも、ずっと大きなものだった。
ローゼン博士は、折に触れ、彼が「処方箋(せん)」と呼ぶ課題をグループの参加者それぞれに与えた。過食の問題を抱える著者には、毎晩、グループのメンバーのひとりに電話をし、自分が食べたものを正直に報告するという処方箋が与えられた。食べてしまうことではなく、秘密にしていることが問題なのだと博士は著者を諭す。
全米屈指の弁護士事務所に就職した著者の、生涯のパートナーを探す恋愛の詳細が、グループのミーティングで語られていく。メンバー同士の会話は時に辛辣(しんらつ)となり、著者は大声を出したり、泣きわめいたり、物を壊したりもする。だが、自分の恥ずべき秘密を声に出して話しても、誰も彼女を敬遠することはなかった。著者は少しずつ自分と他の人々に心を開くことを学び始める。
いまでは著者は幸せに結婚し、仕事でも成功し、自分自身に満足する人生を生きられるようになっている。女優で映画監督のリース・ウィザースプーンは、本書を「著者を抱きしめたくなるような本」と呼んだ。本書の前半でローゼン博士は著者に「あなたに必要なのは治療法ではなく目撃者なのです」と伝えている。著者の苦難の闘いが語られるなか、読者は彼女の目撃者となり、応援者となる。
ローゼン博士の処方の根拠や手法が記されているわけではない。内容は相当に生々しく、日米の文化の違いについても考えさせられる。万人が親しみやすいグループ療法ではないだろう。壮絶なまでに正直に語られたひとりの女性の成長物語として、説得力のある回想録となっている。
■BLMは「抑圧されているふり」か
アフリカ系米国人の多くは長年、民主党支持と言われている。『Blackout』は米国の保守派の政治活動家、ソーシャルメディアのスター、保守派のコメンテーターである黒人女性キャンディス・オーウェンズの著作。民主党の政策がいかにアフリカ系米国人を助けるどころか傷つけているかについて論じている。
オーウェンズは、かつては民主党支持者だったが、2017年に保守派に転向し、トランプ大統領への支持を表明した。米国の黒人保守主義を推進するウェブサイトやYouTubeチャンネルを立ち上げ、ソーシャルメディアで政治に対する意見を発信し、右派の間で注目されるようになった。
著者は物議を醸すような発言が多く、特にブラック・ライブズ・マター運動の批判で知られている。抗議者たちを「注目されるために抑圧されているふりをしている泣き虫の幼児の集団」と表現し、ジョージ・フロイド氏について、彼の逮捕歴を引き合いに出し、彼を「殉教者」とした黒人社会を批判。黒人に対する警察の暴力は人種差別ではなく、警察の間での人種的偏見は「捏造(ねつぞう)の物語」だと主張している。
著者は18年後半、黒人が民主党との歴史的な結びつきを捨て、共和党員として登録することを奨励する「ブレキシット(Blexit)」運動を立ち上げた。左派の政策は、アフリカ系米国人に害を与えていると著者は訴える。
著者の調査によれば、「アフリカ系米国人は1950年代のアメリカ南部のジム・クロウ法の時代よりも経済的に悪くなっている」「その理由は民主党にしか投票してこなかったからだ」と言う。
また、著者によれば、福祉プログラムは黒人を政府に依存させておくための民主党の道具であり、アフリカ系米国人は被害者のメンタリティーを持ち、民主党に投票するよう洗脳されている。中絶に対する民主党の寛容さはアフリカ系米国人を絶滅させるための陰謀。フェミニズムについては、#MeToo運動を「愚かな行為」と呼び、フェミニズムは特権的なリベラルの女性を守るためにつくられたもので黒人男性を傷つけていると主張する。
この他、トランプ大統領を救世主として位置付け、ヒトラーを擁護するようなコメントをするなど、話題に事欠かない。本書はベストセラーリストの上位にあるが、間違った情報が含まれている可能性があると解釈されたのか、米メディアでの書評は少ない。
著者の政治的立ち位置は、保守派というより極右に近いものに感じられる。黒人保守派のトークショー・ホストのラリー・エルダーは、「オーウェンズは勇気がある」と称賛しているが、著者の黒人コミュニティーでの支持は、実際にどの程度あるのか。今後の動向が気になる人物だ。
米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)
2020年11月15日付The New York Times紙より
1 Greenlights
Matthew McConaughey マシュー・マコノヒー
アカデミー賞受賞俳優の35年間にわたる日記をもとに記した回想録。
2 Untamed
Glennon Doyle グレノン・ドイル
米元女子サッカー代表アビー・ワンバックを伴侶にもつ作家が語る女性の生き方。
3 Caste
Isabel Wilkerson イザベル・ウィルカーソン
ピュリツァー賞受賞ジャーナリストが米国にもあるというカースト制度を分析。
4 Group
Christie Tate クリスティー・テート
心理療法グループへの参加によって人生が一変した女性弁護士の経験談。
5 Killing Crazy Horse
Bill O’Reilly and Martin Dugard ビル・オライリー&マーティン・デュガード
元FOXニュースの番組司会者が描く米先住民と白人入植者との戦い。
6 Shade
Pete Souza ピート・ソウザ
オバマ政権ホワイトハウス公式カメラマンが写し出す前職・現職両大統領の違い。
7 One Vote Away
Ted Cruz テッド・クルーズ
民主党選出の米最高裁判事が過半数を占めたら何が起きるのか。共和党上院議員の見解。
8 Blackout
Candace Owens キャンディス・オーウェンズ
右派系の黒人女性コメンテーターが、黒人は民主党から離れるべきだと主張。
9 Obama
Pete Souza ピート・ソウザ
6の著者によるオバマ前大統領の写真集。300枚以上の写真と当時の舞台裏エピソード。
10 The Body Keeps the Score
Bessel van der Kolk ベッセル・ヴァン・デア・コーク
トラウマが身体と心に与える影響について。回復のための革新的な治療を紹介。