1. HOME
  2. World Now
  3. 金正男氏の長男をCIAが警護か 北朝鮮、ハンソル氏が持つ「白頭山血統」の重み

金正男氏の長男をCIAが警護か 北朝鮮、ハンソル氏が持つ「白頭山血統」の重み

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
「金ハンソル氏のメッセージ」として同氏を保護していた千里馬民防委(現・自由朝鮮)がYouTubeで公開した映像

米誌ニューヨーカーは11月、2017年に暗殺された金正男氏の長男、金ハンソル氏の警護に米中央情報局(CIA)要員が関わっていたとする記事を掲載した。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、米国とハンソル氏との関係を知りたくてたまらないだろう。金日成主席の血を引く「白頭山血統」は、北朝鮮の最高指導者となるための唯一のパスポートだからだ。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

ニューヨーカー誌によれば、正恩氏の異母兄、金正男氏がクアラルンプールで暗殺された2017年2月の事件後、ハンソル氏はCIA要員に警護されてオランダに向かった。最終的な目的地はわかっていないという。

17年3月、ハンソル氏を名乗る男性の動画がユーチューブで公開された。男性は「私は今、母と妹(あるいは姉)と一緒にいる」と語った。韓国政府はハンソル氏本人だと確認した。事件当時、マカオに正男氏の2番目の妻とハンソル氏を含む子供2人が住んでいた。動画を公開した「千里馬民防委」は「家族3人」を安全のために移動させたと説明。4カ国が支援してくれたと説明し、うち3カ国がオランダ、中国、米国だと明らかにしていた。

日韓の公安関係者によれば、米CIAや韓国の国家情報院は金正男氏と定期的に面会し、情報を収集する代わりに金銭の支援もしていた。事件発生後、米CIAは暗殺に使われた猛毒の神経剤「VX」の鑑定やハンソル氏の警護に関わっていたという。ハンソル氏の居住地については、欧州か米国、あるいはイスラエルという未確認情報が飛び交っていた。居住地がどこであるにせよ、米国は現在もハンソル氏の現況を把握しているとみられる。

米国には他にも、金正日総書記の妻、高英姫氏の妹である高英淑氏も亡命している。高英淑氏は金正恩氏にとって叔母にあたる。

高英淑氏はともかく、金ハンソル氏は金正恩氏にとって目障りな存在だ。北朝鮮は金正男氏の生前、ハンソル氏の大学卒業を機会に17年1月までに平壌に戻るよう求めていたという未確認情報もある。

それは、金正恩氏が権力の唯一のよりどころとしているのが「血筋」であり、ハンソル氏が同じ血を受け継いでいるからだ。

2020年8月、朝鮮労働党中央委員会の政治局会議に参加した金正恩・党委員長。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

金正恩氏は2010年9月の党代表者会で公式に登場した。北朝鮮当局はこの直後、党細胞(通常50~60人。党規約では3人以上とする末端組織)のなかで、ある教本を使って正恩氏がなぜ後継者でなければならないかを宣伝した。

B5判6ページにわたる教本の題名は「尊敬する金正恩大将同志は偉人の風格と資質を完璧に体現し、偉大な将軍様の思想と領導を忠実に受け止めておられる白頭山型の将軍であられる」。それは、正恩氏の「血筋」を強調する内容だった。

教本は正恩氏が後継者であることの根拠を四つ挙げた。①将軍様(金総書記)に対する最高の忠誠心を持つ②将軍様の思想と領導の風貌を体現している③偉大な将軍様が身につけた名将の非凡な天品と資質をそのまま体現する軍事の英才④首領様(金日成主席)と将軍様の飾りのない謙虚な人民的風貌そのままを体現した偉人――というものだ。

北朝鮮と国境を接する中国側で売られた金正恩氏のバッジ(右)。左は故金日成主席のバッジ=2015年、石田耕一郎撮影

4項目すべてで、金正恩氏と父、金正日総書記との関係を強調している。北朝鮮当局は、金正日総書記が後継者となった際に使った「後継者となる資質を持った人物がたまたま息子だった」という論理を再現したつもりだったが、教本のあまりに露骨な内容から、誰も信じなかった。

以後、正恩氏は祖父、金日成主席の風貌に似せるために増量。80キロだった体重は140キロまで増えた。10月10日の党創建75周年記念の軍事パレードで着用したグレーのスーツ姿も祖父が愛用した姿とうり二つ。今や、血筋が唯一の権力基盤になっている。

金正恩氏のほか、北朝鮮で「白頭山血統」を名乗れる男性は、金主席の弟の金英柱元副主席、金総書記の異母弟の金平日元駐チェコ大使、正恩氏の兄、金正哲氏、そしてハンソル氏の計4人しかいない。

このうち、ハンソル氏だけが北朝鮮国外で暮らしており、独自の政治活動が可能な状態になっている。

金日成総合大学に留学したことがある、韓国国民大学のアンドレイ・ランコフ教授は「中国は金日成主席の家系でなければ、北朝鮮を統治しにくいことを知っている。それが、中国が金正恩氏を支持している理由だ」と指摘する。「北朝鮮で金正恩氏に反発する市民が増えたり、同氏の行動が北京の我慢を超えたりした場合、中国が金正恩氏を捨て去る可能性はある」とも語る。

アンドレイ・ランコフ教授(本人提供)

北朝鮮が17年2月、金正男氏を暗殺した背景のひとつは、脱北者らが正男氏を亡命政府の指導者として担ぎ出そうとする動きがあったからだとされた。

将来、ハンソル氏の動静に注目が集まるときがあるとすれば、それは金正恩体制が大きく揺らぎ始めたときなのかもしれない。