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トランプ政権が2期目に思い描いていた「沿岸警備隊投入」という南シナ海戦略

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
米沿岸警備隊の警備艦「バーソルフ」=同隊ホームページから

トランプ政権が2017年の誕生直後から一貫して主張し続けてきた「偉大なアメリカの再興」のための海洋戦力強化策は、今回の大統領選でトランプ氏の劣勢が伝えられていた中でも推し進められていた。

ロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)は選挙終盤に、トランプ政権2期目に備えた国防政策を打ち出した。その一つが、中国の軍事的優勢が顕著になりつつある南シナ海へのアメリカ沿岸警備隊巡視船の配備(一時的な派遣ではなく永続的な展開)である。

■米沿岸警備隊の特殊な位置づけ

オブライエン補佐官は、南シナ海沿岸諸国にとって「不安定かつ有害」となっている中国の海洋進出政策に対抗するために、これまで実施してきている米海軍艦艇や航空機による「公海での航行自由原則を維持するための作戦」(FONOP)に加えて、アメリカ沿岸警備隊巡視船を南シナ海に常駐させる方針を明らかにした。この方針は、確定したわけではないものの、すでに沿岸警備隊と海軍の間で調整が開始されている。

南シナ海に常駐する可能性が生じている巡視船は、センチネル級警備艦、通称「即応警備艦」と呼ばれている準軍艦である。準軍艦というのは、アメリカ沿岸警備隊は法執行任務を遂行する軍事組織という特殊な立場にあるからである。

国際的な分類では沿岸警備隊(Coast Guard)とされている日本の海上保安庁などの純然たる法執行機関とは違って、アメリカ沿岸警備隊はアメリカ正規軍を構成する六つの軍種(海軍、陸軍、空軍、海兵隊、宇宙軍、沿岸警備隊)の一つに位置づけられている。ただし平時におけるアメリカ沿岸警備隊の役割は、海上警備を含んだ法執行機関としての任務遂行である。そのため、沿岸警備隊以外の5軍種は国防総省の管轄下にあるが、沿岸警備隊は国土安全保障省に所属している。つまり、沿岸警備隊には軍と法執行機関という二つの顔があり、アメリカはそれを使い分けている形だ。

センチネル級即応警備艦は、全長46.8メートル、船幅8.11メートル、排水量359トンと小型であり、海軍艦艇では小型のコルベットあるいは大型のミサイル艇ほどの小型水上戦闘艦に位置づけられる。沿海域での作戦行動が主たる任務となる。

そのような小型艦である沿岸警備隊の即応警備艦が長期にわたる警備活動を実施することは困難だと考えられているが、かねて米沿岸警備隊は即応警備艦による長期の遠洋警備活動を実施している。つい先日(10月27日)も、ホノルルを母港としているセンチネル級即応警備艦「オリバー・ベリー」が、およそ1カ月半にわたる太平洋中央海域での1万海里に近いパトロール(マーシャル諸島共和国やミクロネシア連邦の広大な排他的経済水域の、それら諸国との共同パトロールを含む)を成功させて帰還した。

このような小型艦である沿岸警備隊の即応警備艦による遠洋長期パトロールはこれまでも幾度か実施されている。アメリカ海軍関係者たちも沿岸警備隊の実力を高く評価しており、南シナ海での沿岸警備隊による作戦行動(海軍との共同作戦を含む)に期待を寄せている。

■派遣の狙いは

オブライエン補佐官によると、沿岸警備隊の即応警備艦を南シナ海へ派遣するというのは、今回オリバー・ベリーが実施したような単発的遠洋パトロールではなく、即応警備艦が南シナ海を常時パトロールすることにより、海軍艦艇のFONOPによる対中牽制をより一層強化しようというものである。

中国海警局の「海警2506」=2017年、第7管区海上保安本部提供

中国当局による南シナ海での「九段線内の海域は中国の主権的海域である」という主張や、中国の南沙諸島や西沙諸島の領有権に関する主張などは、あくまで中国による一方的あるいは行き過ぎた主権の主張であり、それらの島嶼(とうしょ)環礁の領有権や海洋に対する主権はいまだに国際的には確定しておらず、アメリカとしては公海とみなす、というのが米海軍の立場だ。米海軍が実施している南シナ海でのFONOPは、この考えにのっとって、九段線内海域に軍艦を送り込み、西沙諸島や南沙諸島の沿岸海域を通航させているのである。

そのようなFONOPに即応警備艦を投入する目的は、単にFONOPに投入している海軍駆逐艦を数量的に補強することだけではない。

これまでのFONOPでも、米海軍艦艇が中国が主権を主張している海域に進入すると、まずは中国の沿岸警備隊である海警局の巡視船が追尾監視し、やがて中国海軍軍艦が接近追尾して(中国側に言わせると)「追い払う」というパターンが繰り返されている。

このようなパターンの中で米海軍関係者が恐れているのは、万が一にも米海軍艦艇に中国軍艦ではなく法執行船である海警局巡視船が「中国領海に違法に侵入を企てる外国船を排除するための法執行」を名目として体当たり攻撃を仕掛けてきた場合である。

この場合、もし米軍艦が体当たりされて損害を被り撤収すれば、米海軍にとってはこの上ない恥辱となってしまう。逆に、体当たり攻撃を阻止するために海警局巡視船に反撃した場合、「軍艦が法執行船を攻撃した」という構図が出来上がってしまい、アメリカが先制的に軍事力を行使したという既成事実が生じてしまう。

昨今、南シナ海での米中の軍事的対峙の緊張度はますます高まっている。そのため、上記のようなアメリカにとっては絶対に避けたいシナリオが生じかねない状況である。だからといって、現在南シナ海で唯一可能な対中軍事的牽制行動であるFONOPを緩めてしまえば、これまでアメリカが南シナ海で手にしてきた覇権を失うことになる。

そこで、軍艦ではない警備艦を南シナ海に配備して、FONOPあるいはそれに類似した作戦を実施することにより、万が一にも中国海警局巡視船とトラブルが生じた場合でも、「軍艦 vs 法執行船」という構図ではなく「法執行船 vs 法執行船」という構図を生み出して、「アメリカが最初に引き金を引いた」という状況を避けようというわけなのだ。

■バイデン政権の方針は

バイデン氏の勝利宣言を演説会場の外で見守り、歓声をあげる支持者ら=2020年11月7日夜、米デラウェア州ウィルミントン、渡辺丘撮影

バイデン氏の当選確実を受け、強大化する中国海軍への対応のためにトランプ政権が進めてきた米海軍の増強策も修正される可能性もありそうだ。

開票結果はまだ確定していないが、常に彼我の状況変化に即応して国防戦略や海軍戦略を修正し続けねばならない筆者周辺の米海軍関係者たちは、「バイデン政権誕生」を前提としての思索を開始した。すなわち「バイデン政権による国防費削減によってトランプ政権が推し進めてきた海軍増強策は白紙に戻され、本コラムでも幾度か触れた355隻艦隊態勢の構築、それに海軍が希望していた500隻艦隊態勢の構築の夢は雲散霧消してしまうであろう」という悲観的シナリオを前提として、ますます強力になることが確実な中国海軍に立ち向かう策をひねり出さなければならなくなったのである。