■国際機関に背を向ける米国、初めてではない
ーー米国のトランプ政権はユネスコ(国連教育科学文化機関)から脱退し、世界保健機関(WHO)からの脱退も宣言しました。国際機関に背を背けています。
そういう動きは新しい現象ではなく、時としてある。インドネシアはスカルノ大統領のとき、マレーシアの国連加盟など嫌がることをされたので、一度国連を出た。
米国は共和党の保守派のコチコチの人たちが、今までも似たことをした。トランプ氏が大統領になる前から、国際機関から離脱したことがある。ユネスコ脱退は今回が初めてではない。ユネスコが全体として左向きに行動したとき、米国も英国も一度脱退した。トランプ政権は国連の人権理事会からも出ている。
■変わらない米国の対中姿勢
ーー米国で民主党のバイデン氏が大統領になった場合、こうした内向き姿勢は変わりますか。
イエス・アンド・ノーというか……民主党のバイデン氏は党の主流で良識派だ。オバマ前大統領の推薦も受けている。だが、対中姿勢はかなり厳しくなるだろう。南シナ海の問題、中距離核戦力の問題で、中国はあまり協力的ではない。貿易の問題でも、米中は一応交渉は続けているが、大変厳しい状況だ。
日本や欧州連合(EU)、豪州、カナダなどと一応同盟ないしはそれに近い関係を保ちながら、中国とやり合う形になるだろう。
バイデン政権は、対中関係は大変厳しく対決姿勢になると同時に、戦後75年米国がほぼ主導権を握って西側を統一してきた伝統を無視しない形で政権運営に臨むだろう。
■グローバル・ガバナンスとは
ーー国際社会の現状をどう見ますか。
新型コロナウイルスに世界中が悩まされ、各国がそれぞれのやり方で対処している。コロナ後の世界の再建にあたり、各国は、WHOを中心として、知恵や医療技術などを持ち合わせて協力しないと対処できないという気持ちになっている。バラバラにやるより統一的にやった方が効果的かつ有効というのが、一般的な常識だ。ポストコロナの世界の歩みは、グローバル・ガバナンスのグローバルという言葉に従い、世界的に歩調を合わせてほしい。
ガバナンス(統治)の中核をなすのが国連だ。いろんな機構や機関が存在し、年に1回会議をするだけでなく、組織化され、官僚機構もあり、多くの専門家が仕事をしている。
例えば政治問題なら安保理が中心で、その他の問題は国連総会。15の専門機関のほか、ユニセフ(国連児童基金)、国連世界食糧計画(WFP)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)もある。この三つは専門機関よりも大きな予算を使い、人道問題などに対処している。
世界銀行や国際通貨基金(IMF)は、国連の親戚と言える。国連創設前年の44年に設立協定が結ばれた。そういうようなものが交じり合っているのが、国連システムといわれる膨大で複雑な機構だ。
その外にG7という大国のグループがあり、今はインドやインドネシア、南アフリカといった新興国も入ったG20が、G7と拮抗する世界が無視し得ないグループになった。
グローバル・ガバナンスは、そういうものの総計だ。無視することは許されない。できる限りうまくつかうことが国際社会に課された一つの義務であり、また一つの大きな可能性を示す。
■国連と常任理事国の拒否権
ーー国連ではしばしば安保理の常任理事国が拒否権を行使します。
拒否権は安保理で必要なときに安保理の行動をブロックできる権限だ。でも伝家の宝刀であって、あんまりむやみやたらに使うと、その国は非難される。米国は中東問題でイスラエルの立場に立ち、拒否権を行使することがずっとあった。拒否権を使いすぎると、その国は国連でマジョリティーを取れない孤独な国になってしまう。拒否権行使はその国にとっても害になる。劇薬みたいなものだ。
拒否権はダメと言う人もいるが、そうは思わない。一つの必要悪だ。拒否権が与えられなければ、米国やロシア、中国は「だったら国連を出ていくぞ」と言うに決まっている。国連加盟にあたり、拒否権という特権なしには決して入らないと、米国のルーズベルトも、英国のチャーチルも、ソ連のスターリンもまったく同じことを言っていた。
国連の前身、国際連盟には拒否権がなかった。日本やドイツ、イタリアが加盟し、ソ連も遅ればせながら入った。だが、日本は満州事変で非難され、脱退した。ドイツも続いた。ソ連は連盟を追い出された。大事な国が脱退したり、除名されたりして、連盟自身が国際政治の中心ではなくなった。
■日本に対する期待
ーー国際協調が難しくなるなか、どのように対処していけばいいのですか。
大国の責任はもちろんだが、日本やドイツなど大国に次ぐ国々、EU、東南アジア諸国連合(ASEAN)のような地域機構がそれぞれ汗をかき、協力していくべきだ。
フランスは文化・芸術の面で欠かせない。政治・外交面での英国の伝統は素晴らしい。カナダは国連の活動の中でも開発協力、人権、冷戦末期における軍縮の分野で、頭角を現す活動をしている。ああいうことができる国をもっと増やすべきだ。
グローバル・ガバナンスには、大国、中くらいの国、小国、それぞれの役割や責任がある。各国の協力関係はややこしいし、嫌になることもしょっちゅうあるが、長所や利点をいかし、なんとか前に進むしかない。プロセスは非常に複雑だが、根気よく率直に話し合い、理解し合える部分を大きくしていくべきだ。
私は日本で生まれ育った。日本は大好きだが、国際的に見ると、まだまだもたもたしていて、ともすると独りよがりになったり、自分の国にこもってしまったり、独り言を言ったり、もどかしいことがあまりにも多い。ナショナリズムの殻を破り、ガラパゴス島にこもるのをよしとせず、どんどん他の国の同憂の士と、互いの目を見ながら、率直な対話を続けることが大事だ。
■SDGsは大きな流れ
ーー国際社会では非国家主体が果たす役割が大きくなっています。2015年にはSDGs(持続可能な開発目標)が定められました。
非常に大事な新しい流れだ。「貧困や飢餓をなくそう」「安全な水とトイレを世界中に」などゴールが17ある。国際協力の問題についてもかなり力点を置いている。政府だけに任せたら世界の平和は確保できない。気候変動や新エネルギーの問題があり、企業の果たす役割は国際的に非常に大きくなっている。途上国開発の問題でも、政府の役割が小さくなっていくだろう。NGOもきめの細かい国際協力をいろいろできるはずだ。
あかし・やすし 1931年生まれ。57年に日本人初の国際連合専門職員に。国連事務次長(広報、軍縮、人道問題担当)や事務総長特別代表(カンボジア暫定統治機構、旧ユーゴスラビア担当)などを歴任。その間、日本政府の国連代表部大使も務めた。97年に国連退官。現在は国立京都国際会館理事長。著書に『国際連合』『カンボジアPKO日記』など。