米チリの首都サンティアゴで2019年12月4日、黒い布で目隠しをし、赤い口紅にスカーフをした大勢の女性たちが、怒りのこぶしを振り上げながら大声で合唱した。曲名は「あなたの道にいる強姦犯」。チリ警察のスローガン「あなたの道にいる友人」を皮肉ったものだ。
撮影したイタリア人報道写真家のファビオ・ブチャレリ(40)は「チリは世界的にも女性の不平等が深刻な国の一つ。赤い口紅や目隠しは、女性への性的暴力を象徴している」と説明する。そのうえで、「不平等は性別だけではない。富や権力、社会的地位。ほんの一握りの人に、あらゆるものが集中している。すべての不平等に対する怒りが、国民を本気で立ち上がらせた」と強調した。
きっかけは2019年10月、首都の地下鉄の運賃値上げだった。抗議運動は、不平等社会への不満を背景に、一気に反政府デモへと変化した。同国史上最大ともいわれる100万人規模のデモ行進にまで発展。同時に警官隊などとデモ隊の激しい衝突が頻繁に起こるようになった。
中東地域の紛争地取材を専門としてきたブチャレリだが、急速に拡大したチリ国民たちの抗議の輪が革命的な変化を起こすのか、それとも中東のように本格的な紛争状態に陥るのか。同じラテン系の血が騒ぎ、その目で確かめたくなった。
「2020年の世の中で、ここまで女性の権利が虐げられた社会があるなんて驚く。デモでチリ社会が変わってほしい」
コロナ禍の今、抗議デモは収まっている。ただ、「コロナ後に再燃する可能性はある」とブチャレリ。イタリアで自国のコロナ状況を取材しつつ、再びチリへ入国する機会をうかがっている。
■反政府デモの勝利
約1%の国民が国全体の33%の富を握るとされるチリ。反政府デモの長期化は、2019年11月にチリで開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)を中止に追い込むなど、国際的にも関心を集めた。
非常事態宣言と夜間外出禁止令を出し、軍まで動員して治安維持を図ったピニェラ大統領だが、同時に国民に謝罪して社会保障制度の改善などを約束。また、国民の要求の一つだった新憲法制定に向けた国民投票の実施も認めた。
10月25日に行われた国民投票では、新憲法制定への賛成票が過半数を得て、大統領も結果の受け入れを表明。民衆の力が国を大きく動かした瞬間となった。(山本大輔)