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北朝鮮で問答無用の「80日戦闘」が始まった 金正恩氏が込めたメッセージは 

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
10月16日、平壌の金日成競技場で行われた80日戦闘に向けた決起大会。青年同盟中央委員会関係者や学生らが参加した=「わが民族同士」ホームページから

朝鮮中央通信によれば、朝鮮労働党は10月5日に開いた政治局会議で、年末まで「80日戦闘」を行うことを決めた。2021年1月には5年ぶりの第8回党大会が控えている。同通信は「党大会まで残った期間は今年の年末戦闘期間であり、第7回党大会が示した国家経済発展5カ年戦略(2016―20年)遂行の最終ラインだけに、党・国家を挙げて再度総突撃戦を繰り広げなければならない」と強調した。

20日付の政府紙「民主朝鮮」によれば、内閣拡大総会が「80日戦闘」期間中の内閣の課題を議論した。新型コロナウイルスに対する防疫態勢の強化、水害で被災した鉄道全区間の復旧、野菜や電力、石炭、セメントなどの増産を目指すとした。北朝鮮関係筋によれば、軍や党もそれぞれ、綱紀粛正や治安強化などに乗り出している。

朝鮮中央通信は11月2日、「全ての部門で最初の月(10月)の目標を達成した」と報じた。

戦闘期間中は、職場単位で全体、月、週、日ごとに細かく区切られたノルマが決められる。職場で働く人々はその日のノルマが達成できなければ、自宅に帰ることが許されない。

そもそも、資材やエネルギー不足から開店休業状態の企業所(北朝鮮で国営の企業や事業所などを指す)も少なくない。それでも、戦闘期間中は、無理やり他から盗み出してでも生産ノルマを達成しなければならない。

北朝鮮では各世帯から一人は必ず、国営の企業所や政府機関などに勤務しなければならない。北朝鮮の市場で働く女性が多いのは、世帯主が「公務員」として国家の統制を受けているからだ。最近では、仕事がない企業所に出勤しても無駄だからと、企業所の支配人らに賄賂を払って、市場での商売などの副業に手を出す世帯主も多い。「80日戦闘」期間中では、そんなわがままは許されず、問答無用で国営企業所などへの出勤を命じられることになる。

10月16日、平壌で行われた80日戦闘に向けた決起大会後に実施された市中行進。青年同盟中央委員会関係者や学生らが参加した=「わが民族同士」ホームページから

■北朝鮮「戦闘」の歴史

もともと、北朝鮮で期間を区切った「戦闘」が始まったのは1970年代。今年9月に台風9号の被害を受けたことでも知られる咸鏡南道の剣徳鉱山で、亜鉛の年間輸出目標を達成するため、100日戦闘を命じたのが最初だったという。当時は、多少無理をして、社会主義計画経済のノルマを達成するという狙いがあったようだ。

ところが、最近では徐々に政治的な統制、あるいは名目上の実績づくりという性格が強くなっている。

金正日総書記時代の2009年には、150日戦闘を実施。同年9月の終了直後、新たに100日戦闘を命じた。金総書記は同年初め、内々に3男の金正恩氏を後継者に指名。正恩氏は10年9月の党代表者会で公の場に登場した。09年の2つの戦闘は、正恩氏の政治的実績づくりという性格が強かったようだ。2016年の前回党大会前にも、70日戦闘が行われた。

では、今、80日戦闘を行う意味がどこにあるのだろうか。

北朝鮮は10月5日の党政治局会議で、国家経済発展5カ年戦略の達成に向けて最後のムチを入れるという趣旨の説明もしているが、8月に開かれた党中央委員会総会は、すでに同戦略の失敗を認めている。朝鮮中央通信も10月末、「鉄道輸送部門と紡織工業部門で数百人が5カ年戦略の目標を遂行した」と報じたが、今さら、帳尻を合わせても意味がないように見える。

関係筋の一人は「カンフル剤のようなものだ。普通の生産計画では、市民は動かなくなっているから」と語る。金正恩体制になり、北朝鮮では好むと好まざるにかかわらず、経済の自由化が徐々に進んでいる。企業所には独立採算制が導入され、国のノルマを達成した後は、自由に市場で売れる製品を生産してかまわない。農場の生産体制も家族単位にまで細分化されたため、人々は熱心に働くようになった。

その反動から、国家の統制力は弱まる傾向にある。市民は金もうけに走り、賄賂を支払うなどして、国が命じる農繁期の勤労動員や公共工事への無償奉仕を避ける風潮が強まっている。「80日戦闘」は、文字通りの戦闘であり、国が命じたノルマに沿って働かなければ、強制的に集団労働を命じられる労働鍛錬隊や教化所(刑務所)などに送られる。国家の統制力を回復するにはもってこいの手段だと言える。

金正恩氏は1月に予定する第8回党大会で、新たな国家経済発展5カ年計画を示すと予告している。この計画では、さらなる経済の自由化を認めざるを得なくなるという見方が出ている。制裁や新型コロナウイルスの影響などから、北朝鮮の今年上半期の対中国貿易額が前年から67%減少し、深刻な外貨不足に陥っている可能性が高まっているからだ。

平壌にあるロシア大使館は10月29日、フェイスブックへの投稿で、北朝鮮外務省が平壌駐在の在外公館と国際団体に対し、ドルではなく北朝鮮のウォン(1ドル=8千ウォン)を使うよう求めたと明らかにした。この措置の背景には、外貨不足に悩む北朝鮮当局が、外交団からも外貨を回収しようとする意図があるのかもしれない。

北朝鮮では、経済の一部自由化に伴い、金主(トンチュ)と呼ばれる新興富裕層が出現。北朝鮮の2016年版朝鮮民主主義人民共和国法典には「我々式経済管理方法」「社会主義企業責任管理制」などの表現が出現し、北朝鮮に市場価格や、私企業が出現したことが確認された。
ただ、北朝鮮の私企業は、合法な国営企業でも、違法の企業でもない、グレーな存在だ。経済専門家らは「赤い帽子をかぶせた企業」「社会主義の帽子をかぶせた企業」などと呼んでいる。終身独裁の北朝鮮では、新しい権力の登場を防ぐため、中国やベトナムのように私企業を公式に認めていないからだ。

北朝鮮の私企業は名目上、軍や党の組織に登録し、利益の10~30%くらいを上納している。日本の沿岸で時々発見される北朝鮮からとされる「幽霊船」に軍や国家保衛省(秘密警察)の名前があるのはこのためだ。

だが、外貨を稼ぐことが至上命令になっている北朝鮮では、新しい5カ年計画に、こうした私企業の経済活動を組み込むかもしれない。そうなれば、一層、経済自由化は進むが、国家権力による統制はさらに弱まることになる。そんなことを北朝鮮の権力層が許すわけがなく、「経済は自由化しても、国は統制を続ける」という矛盾した行動に出るだろう。韓国の情報機関、国家情報院は11月3日の韓国国会情報委員会で、北朝鮮は党大会で民心掌握と金正恩氏の権威の維持に必死になるだろうと説明した。朝鮮中央通信によれば、最高人民会議(国会)常任委員会が4日、平壌で開かれた。企業所法修正に関する政令が採択され、国家の統一的指導と戦略的管理の下に生産と経営活動を徹底的に社会主義原則に即して行うことに関する問題が盛り込まれたという。

80日戦闘は、富国(経済の自由化)と統制の維持との間で悩む金正恩氏らが予告した、何が何でも権力にしがみつくという決意の表明なのかもしれない。