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海底ケーブルで起きた米中の覇権争い、なぜ? 専門家に聞いた

World Now 更新日: 公開日:

【もう読みましたか?】「情報が筒抜けに」 海底ケーブルでも「中国排除」鮮明にしたアメリカ

米中対立の焦点になる理由

――なぜ今、海底ケーブルが米中の覇権争いの場になったのですか。

国際通信の99%は海底ケーブルを通っている。残り1%が人工衛星経由だが、地上から衛星まで距離があり電波が行き来するのに時間がかかるので、海底ケーブルに頼らざるを得ない。米国は北米大陸にあるが、大西洋と太平洋に面した海洋国家だ。海底ケーブルがないと情報通信ができない。依存度合いが非常に高くなっており、非常に重要なインフラだという認識が米国で高まりつつある。

一方で、米国自身がやっていたことだが、海底ケーブルを監視することが非常に重要なセキュリティー上の課題になっていた。海底ケーブルを安全にしておくことが、安全保障の課題の一つとなった。この二つが理由だと思う。

海底ケーブルに詳しい土屋大洋・慶応義塾大教授=東京都中央区、大室一也撮影

――太平洋を挟んで米中が向かい合う地政学的な事情もありますか。

2013年に米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏が国家機密を暴露して、海底ケーブルも監視していると言った。それまでは、ある種公然の秘密で、各国もずっと海底ケーブルを監視していた。

米国のグーグルとフェイスブック、中国の鵬博士電信伝媒集団(ドクターペン)の3社の合弁によるPLCN(パシフィック・ライト・ケーブル・ネットワーク)の香港陸揚げが米国で問題となり、司法省は6月、香港陸揚げを認めず、ますますクローズアップされた。そして8月、ポンペオ国務長官が、海底ケーブルやスマホアプリなど5分野で中国企業を排除するクリーン・ネットワーク構想を明らかにした。

海底ケーブルなど5分野から中国企業を排除する「クリーン・ネットワーク構想」を打ち出したポンペオ米国務長官=ランハム裕子撮影

香港に海底ケーブルを揚げる揚げないということは、あまり大きな問題ではない。すでに米中間でつながっている海底ケーブルはほかにもある。今更、香港につなぐつながないと騒いでもしょうがない。トランプ政権は象徴的に「中国とは海底ケーブルをつながない」と言っている。海底ケーブルは国と国とをつなぐため、片方で情報をのぞいたとしても、もう片方で同じことができる。流れているデータは同じだ。片方だけ止めてもあまり意味がない。

トランプ政権の思惑と中国

海底ケーブル=大室一也撮影

――トランプ政権が海底ケーブルから中国企業を排除しようとする動きには、どんな思惑があるのでしょう。

海底ケーブルの世界市場におけるシェアは、中国はすごく小さくて10%以下。日米欧3社の寡占状態になっている。アメリカのサブコムが一番大きなシェアを持っている。2番目がNEC。実質的には子会社のOCCがやっている。3番目は欧州系でフランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス。この3社で世界シェアの9割を占めている。

中国勢では、華為技術(ファーウェイ)傘下にファーウェイ・マリーン・ネットワークという会社がある。シェアは10%以下だったが、どんどん広げようとしていた。しかし、米中摩擦が厳しくなる中で、海底ケーブル部門を光ファイバーメーカーの亨通光電に売却した。

アフリカ西海岸のカメルーンからブラジルまで約6000キロメートルの海底ケーブルは中国勢が敷いた。なぜそんなところで中国が敷いたのか。

中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を唱え、陸路と海路が重要だと言っていた。3番目に重要としたのがサイバースペース。通信のネットワークで、特に海底ケーブルが大切だということを言っている。中国主導で各国のデジタル化を推進する「デジタルシルクロード」構想も提唱している。中国は「世界中に海底ケーブルを敷く」と表だって言ってはいないが、そう考えているようだ。米国はそこに気づき始めた。

例えば、中国が発展途上国に「海底ケーブルを設置してあげます。陸上の設備はファーウェイ製。ついでに中国製の5Gの携帯いりませんか?」と売り込むとする。さらに、管理ツールとして、対話アプリ・微信(ウィーチャット)、キャッシュレス決済・支付宝(アリペイ)を使えるようにする。さらに国民を監視するためのツールも……となりかねない。権威主義体制の国からすると、安く通信インフラ整えてくれて、国民の監視もできるようになる。そのあたりを米国側が心配している。それで5点セットのクリーン・ネットワーク構想が出てきた。海底ケーブルだけ見ていてもダメだ。アプリや通信キャリアとかも含め全部見ていかなければいけない。

また、カメルーンとブラジル間の海底ケーブルの次に問題となったのが、チリから中国まで長距離の海底ケーブルを敷く構想だった。南米から東アジアまで敷くのは、今までにないくらい長距離。これを中国がやろうとしたことが、米国政府をものすごく刺激した。

――米国でも海底ケーブルについてお話をされているそうですね。

3月にワシントンで海底ケーブルのワークショップを開いたが、本当に米国側の関心が高かった。渡米前、国務省や、通信を所管している連邦通信委員会(FCC)から連絡が来て、ワークショップをやる前に話を聴きたいと依頼があった。そこで関係者にブリーフィングをした。「5Gの次は海底ケーブルだ」と言われ、「本当かな?」と感じた。私自身、これまで海底ケーブルが重要だと言い続けてきたので、彼らがそう言ってくれるのはありがたいとは思ったものの、本気度をはかりかねた。しかし、8月にポンペオ国務長官がクリーン・ネットワーク構想を発表した。純粋な民間事業だった海底ケーブル分野に、国家が表だって関与する方針を示したことに驚いた。

海底ケーブルを修理したり敷設したりする船「KDDIオーシャンリンク」。積載可能な深海用ケーブルは、4500キロメートルの長さになるという=KCS提供

――日本は地理的に米中の間にあります。

技術が未熟だったころ、米西海岸からアジアに海底ケーブルを敷く場合、最初にグアムにつなぎ、そこから日本に陸揚げしていた。神奈川県二宮町などがその拠点だった。だんだん技術が進歩してくると、米西海岸から日本に直結できるようになり、千葉県南房総市あたりが海底ケーブル銀座になった。NTT、ソフトバンク、KDDI、そして外資系通信事業者の陸揚げ局がある。

中国は2000年ころ、米西海岸からいったん日本に揚がって中国までつながる海底ケーブルをすごく嫌がっていた。日本が全部情報を見ているんじゃないかと勘違いしていた。日本は法制度上、情報を見られない。だが、中国は日本側が見ていることを前提とし、米中で直結できるケーブルがほしいというようなことを言っていた。そこで一生懸命、上海に直接つながるケーブルなんかを模索して、つなげていた。

海底ケーブル事業では、両端の国に陸揚げ局を置く。この中に入る設備が実は本当に重要だ。今、世界でファーウェイがそこの設備を押さえ始めている。海底ケーブルばかりを見ているとダメで、ケーブルが揚がってきたところで、何をするかが問題だ。

民間事業のケーブル敷設

インド洋と欧州をつなぐ海の要衝、ジブチ共和国。アラビア海を望む国営通信会社のビルの一室で、海底から引き込まれた黒ケーブルが壁一面に束ねられ、隣部屋に伸びていた。同社幹部は「数千キロの海底を通ってきたケーブルは、ここでアフリカ大陸に上陸する」と語った=2020年2月、武石英史郎撮影

――海底ケーブルの問題を話し合う多国間協調の枠組みはあるのでしょうか。

政府間機構では、ない。国際ケーブル保護委員会(ICPC)は民間の組織で、ケーブルの事業者ばかり入っている。国連組織の国際電気通信連合(ITU)で話し合うべきだという人もいるが、海底ケーブルそのものは民間の所有物で、各国政府は権限を持っていない。持っているのは陸揚げ許可くらい。そうすると、各国政府が会合をやったところであまり意味がない。みんな情報を持たないまま集まり、「民間の話だから」と言うしかない状況だ。

海底ケーブルを敷設する主体は民間企業だ。中国側は政府ががっちりかんでいて、やるとなったらやるだろう。米国側が法的権限としてできるのは、陸揚げを止めるくらい。香港に揚げるのを止められたPLCNは、3社でお金を出し合ってケーブルを敷き、出資金額に応じた割合でそれぞれが所有することになっていた。米政府はぼんやりとした権限に基づき事業者に言うしかない。安全保障を持ち出せば、司法省や国土安全保障省などからなるチーム・テレコムが色々言えるが、それ以上のことは民間のビジネスの話ということになる。

結局、グーグルとフェイスブックは香港を諦め、台湾とフィリピンに陸揚げすることにした。台湾と中国の間にも海底ケーブルがあり、口の悪い人は「台湾の向こうは中国じゃないか」と言う。

サイバー空間を巡る対立

――海底ケーブルには基本的に国の規制が及びません。サイバー空間という情報空間に対する基本的姿勢は各国で違うのでしょうか。

中国もロシアも、サイバースペースにおける主権を強く言う。一方、米国西海岸のインターネットの専門家らは、サイバー空間はボーダーレスでデータは自由に行き交うものだと考える。だが、中国やロシアの人たちからすると、そこは野放しの世界ではないし、米国が自由にできるところでもない。それぞれの国家主権が及ぶところだと言う。

今ポイントになっているのは、データセンターがどこにあるか、どこに置くのかだ。「世界中にデータセンターが散らばっていて、その中をデータが回遊している」と言われるが、実際にそんなことはない。各国がデータ・ローカライゼーションをうるさく言うようになっており、EUは世界で最も厳しいプライバシー保護法制と言われる一般データ保護規則(GDPR)を導入した。個人情報を域内にとどめる方向にどんどん動いている。

中国ではお金がデジタル化された情報になりつつある。米国に預けていたデジタル情報を中国に持ってきておかないと、米国に取り上げられてしまうと中国は心配している。昔ならスイス銀行にお金を集めていればよかっただろう。だが、今はお金がデジタル化されているので、データセンターをどこに置くかが非常に重要になった。そこに国家主権が入ってくる。データをどう管理するかが、データの主権の観点で興味深いことになっている。

つちや・もとひろ 1970年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部教授で学部長も務める。専門は国際政治学、情報社会論。著書に「サイバーセキュリティと国際政治」など。