社会に蔓延(まんえん)する諦観(ていかん)は、長引くコロナ禍のせいだけではなさそうだ。
『一度も経験したことのない国』は、8月末の発売と同時に1位にランクインし、3週連続で首位にあった。ジャーナリスト、弁護士、会計士ら5人が、3年半を迎えた文在寅(ムンジェイン)政権の問題点を突いた対談集だ。
2017年5月の、文の大統領就任の辞からタイトルをとった。「機会は平等です。過程は公正です。結果は正義であるはずです。一度も経験したことのない国を作ります」
マスコミや司法の現場にいる著者たちも、新政権へ大きな期待を抱いた。「もう政治は彼に任せて、私たちは職場に戻って生業に専念しよう」
しかし政権内部から、権力を悪用した事例が続々と噴出。しかも文政権は、経済の立て直しも、南北問題の解決もできないままだ。コロナ不況はむしろ、経済失策の都合のよい言い訳となった、と説く。
盧武鉉(ノムヒョン)財団理事長のユ・シミン、ジャーナリストのキム・オジュンら、プロパガンダマシンによるメディア操作。私募ファンドのからくり。586世代(50代で、80年代に大学に通い、60年代生まれ)の政治エリートたちの堕落ぶり。大統領の誕生日広告やグッズの普及に熱を上げる文ファンや、かつて「運動圏」と呼ばれた者たちの連帯、権力や金銭に関心のある取り巻きによって、「文ファンダム」が形成された。文の後継者と目される曺国(チョグク)前法相を、彼らが擁護するのは当然のこと。部外者の疎外感は増すばかりだ。
文ファンダムは新たな既得権層となり、正義や善悪より、自身の財産と権利を守ることを優先する。アンチを徹底攻撃するが、味方の不正には甘い「ネロナムブル(自分ならロマンス、他人なら不倫)」マインドが特徴だ。フェイスブックに文の悪口を一言書いただけで「友だち」はごっそりと抜け、「こいつは保守」とレッテルを貼られるという。
それでも本著がベストセラーになるのだから、韓国は自由にものの言える社会であることに違いない。おかげで私も、いくつかの疑問が解けた思いだ。逆に、文支持の本も、出れば売れる。政治をとりまく韓国のにぎやかさは、まぶしくもある。
「解像度が高い文章」を書ける人になるために
秋のソウルの書店には、小説、詩集、学習法、財テク本など、多様なジャンルが上位にずらりと並んだ。片っ端から手に取って、読書ざんまいの幸せな日々だ。
『勉強とはなにか』の著者は、ハーバード大で東アジア思想史を研究し、現在はソウル大政治外交学部の教授。「ふり返ってみると、幼児のころと兵役の期間、留学前の浪人の時期を除くと、私は学校を離れたことが一度もない」と、まえがきにある。
勉強しか知らない堅苦しい大学教授が説く学習法かと思いきや、軽快なタッチのエッセーだ。中央日報に連載したコラムを元に編んだ。連載時にも人気を博したそうで、ネットで著者を検索すると、「スターコラムニスト」と称されている。
本をモチーフにした世界の名画が、挿絵として使われている。細かい文字の分厚い本を読みふける老女、ベッドに横たわる祖父のために本を読み聞かせる少年、本に乗って空のかなたに飛んでゆく紳士など、どれも魅力的で、活字から目を離して、しばし見入ってしまう。
勉強とは、本を読み、文章を書き、他人と討論するための作業だ。それは学生や研究者に限らず、会社勤めの人にも、家で自分の関心事について調べる人にも、幅広く求められるもの。本著は、知的大人としての心がまえともなる。
著者は「解像度の高い文章を書く」ことを目標に掲げる。難しい題材でも、卑近な例を引き、明瞭に書くことが、説得力を持つコツだという。
例えば、著者は学生たちにこんな課題を出す。「ハゲとはなにか、定義せよ」。学生Aは答える。「ピカピカ光るもの」。「光るものがすべて金ではない、というシェークスピアの言葉を知らないのか」。学生Bは「髪の少ない人」。「大頭人と小頭人では頭皮面積が異なる。上はなくて後ろだけに髪が多い人は、その定義には当てはまらない」というふうに、思考の力を鍛えていく。
ある人物を、進歩か保守かと断定することはできるのか。実際には、進歩的であると同時に保守的でもあるという矛盾が見えた場合は、どうするのか。
「勉強する者が行うことは、この矛盾した現実を矛盾のないように単純化することではない。複雑な姿を直視しながら、矛盾なき文章を駆使することにある」
「夢を売るデパート」に集まる客たち
1位の『タロクート夢百貨店』は、最後の1ページまで読者を夢中にさせてくれる、心温まるファンタジー小説だ。夢を売るデパートに、今夜も世界中から悩みを抱えた人々が、特別な夢を買いにやってくる。
主人公のペニーは、憧れのデパートに就職が決まり、名だたる夢の作り手たちの仕事ぶりを目の当たりにする。赤ん坊を授ける胎夢の専門家、年に1度だけ、クリスマスの夢を売る職人、旅行の夢や自然環境を扱った夢が得意な職人などが、次々と登場する。
夢には憧れだけでなく、隠しておきたいコンプレックスやトラウマも登場する。夢を見ることで、前を向いて歩む勇気をもらう人もいれば、長い間のわだかまりが解けて、癒やされる人もいる。
売れないミュージシャンは、夢で浮かんだメロディーのおかげでビッグヒットを飛ばした。しかしその夢は、夢職人の作った夢ではなかったと、タロクート社長はペニーに耳打ちする。何日も寝ていないミュージシャンにタロクート氏が手渡したのは、熟睡キャンディーだった。
人間はだれも、人生の3分の1を睡眠に費やす。そこに注目した新人作家は、昨年10月、電子ブック出版のためのクラウドファンディングを開始した。タイトルは『注文された夢は売り切れました』。目標額の18倍が集まり、今年4月に電子ブックが発売されて人気に。そして7月には単行本化が実現。子どもから大人まで、幅広い読者層に読まれて、まさに夢物語のようなビッグヒットを更新中だ。
韓国のベストセラー(総合)
9月第4週 インターネット教保文庫集計
『』内の書名は邦題(出版社)
1 달러구트 꿈백화점 タロクート夢百貨店
이미예 イ・ミイェ
夢の世界に誘われ、夜になるのが待ち遠しくなるファンタジー小説。
2 돈의 속성 金の属性
김승호 キム・スンホ
30年あまり前に渡米、世界11ヶ国でレストランチェーン店を展開する成功談。
3 만남은 지겹고 이별은 지쳤다 出会いはうんざり、別れは疲れた
색과 체 セクとチェ
傷つくのが怖いあなたへ、「最高ではないが最善の愛」を示唆するエッセー。
4 한번도 경험해보지 못한 나라 一度も経験したことのない国
강양구, 권경애, 김경율, 서민, 진중권 チン・ジュングォン他4人
曺国を始めとする政権エリート集団の非理を突き、文政権を批判する対談集。
5 이토록 공부가 재미있어지는 순간 こんなに勉強が面白くなる瞬間
박성혁 パク・ソンヒョク
田舎の中学生が一念発起し、ソウル大に合格した。受験生に送るヒーリングエッセー。
6 아몬드 『アーモンド』(祥伝社)
손원평 ソン・ウォンピョン
喜怒哀楽を感じない主人公の喪失と成長の物語が、多くの読者を泣かせた。
7 공부란 무엇인가 勉強とはなにか
김영민 キム・ヨンミン
思考の筋力を鍛え、知的成熟を目指す軽快なエッセー。挿絵も楽しい。
8 마음 챙김의 시 瞑想の詩
류시화 リュ・シファ
吟遊詩人が、古代から現代まで世界中の珠玉の詩を集めて編んだ。
9 보건교사 안은영 『保健室のアン・ウニョン先生』(亜紀書房)
정세랑 チョン・セラン
5年前の単行本が、今秋にテレビドラマ化で人気再燃。ハードカバー版。
10 코로나 이후 불황을 이기는 커리어 전략 コロナ以後の不況に打ち勝つキャリア戦略
제이슨 솅커 ジェイソン・シェンカー
コロナ禍による世界的な不況にどう立ち向かうか。著名エコノミストの提言。