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ベラルーシを見ていると北朝鮮が見える 金日成総合大に留学した研究者の視点

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
アンドレイ・ランコフ教授(本人提供)

――ベラルーシを巡る国際社会の動きをどのように分析していますか。

ベラルーシ内で、ルカシェンコ大統領に対する不満が高まっているが、必ずしもルカシェンコ政権を支持してきたロシアへの反発にはつながっていない。ロシアは国際競争力のないベラルーシの製品を輸入し、逆に天然ガスや石油を安く輸出してくれる。歴史的にもつながりが深いからだ。政権への不満が、反ロシア親EU(欧州連合)の動きにつながったウクライナ情勢とは大きく異なる。

一方、ロシアにとってベラルーシは戦略的に大きな価値を持つ。19世紀のフランスも20世紀のドイツも、ベラルーシを通ってモスクワに侵攻しようとしたからだ。万が一、ベラルーシに反ロシア政権が誕生する流れになれば、ロシアは手段や方法を選ばず、阻止に動くだろう。

――教授は、ロシアとベラルーシの関係が、中国と北朝鮮との関係に似ていると指摘していますね。

ベラルーシを巡る現況は、将来の北東アジアの姿をある程度示唆していると思う。ロシアは心からルカシェンコ政権を支持していない。必要悪だと考えている。中国も、改革開放を拒み、世襲政治を行う北朝鮮を好きではないが、戦略的な価値がある緩衝地帯だと思っている。

特に最近、米中関係が悪化しているため、中国にとって北朝鮮の戦略的価値が上がっている。中国は北朝鮮での混乱の発生や、金正恩体制の崩壊を容認しないはずだ。中国にとって最も望ましい北朝鮮のシナリオは現状維持だ。

中国は過去、北朝鮮核問題で米韓などに譲歩し、ソウル主導の吸収統一を認める可能性も出ていた。だが、米中関係の悪化で、その可能性はほとんどなくなった。

新冷戦時代の到来によって、強大国は自らの首都や核心的地域に近い弱小国を自らの影響圏だと考え始めている。19世紀の強大国が対立した国際政治が復活しているとも言える。強大国は、自らの影響圏の独占的な統制力を最後まで維持しようとするし、他の強大国による侵入や弱小国による挑戦を退けなければならないと考えるだろう。

――一部には、中国が米中関係を改善するため、北朝鮮核開発問題で米国に協力するという分析も出ています。

中国は米国を恐れているが、一方的な譲歩はしない。国際政治の歴史を見れば、無条件で譲歩することは自滅への道につながるからだ。米中が北朝鮮核問題で妥協する可能性はあるが、中国が一方的に協力することはない。

中朝国境の鴨緑江をわたる大動脈「中朝友誼橋」(写真左)。向こう側が北朝鮮=2020年7月、中国・遼寧省丹東から、平井良和撮影

――北朝鮮で、ベラルーシのように反政府デモが起きる可能性はありませんか。

北朝鮮でクーデターや民衆蜂起が起きる可能性はほとんどない。国家保衛省(秘密警察)や組織生活によって、国民を24時間体制で残酷なまでに監視している。北朝鮮の監視システムはスターリン時代のソ連よりも強力だ。最近、少し監視が緩む傾向もあるが、それほど大きな変化にはなっていない。

ただ、北朝鮮で民衆蜂起が起きないのは、市民の間に警察や治安機関に対する恐怖心があるからではなく、指導層の結束があるからだ。世界の革命の歴史をみれば、指導勢力は必ずエリート層の一部だった。北朝鮮に存在する数十万から100万人程度のエリート層は、金正恩体制の変更を望んでいない。体制が倒れて韓国に吸収統一されたら、特権を失い、監獄に行かなければならないからだ。この点が、共産政権が倒れても自らの特権を維持できたロシアと大きく異なっている点だ。彼らは自分たちにとっても「非常口」がないことを自覚している。

ベラルーシでも、軍や警察がルカシェンコ大統領を一生懸命守った。これが8月、数十万の民衆が毎日、街頭に出ても、ルカシェンコ政権が崩壊しなかった理由だ。

――北朝鮮では最近、経済制裁に加えて新型コロナウイルスによる国境封鎖、大規模水害なども起きています。

それでも、現在の北朝鮮は安定しているように見える。新冷戦時代のなかでは、金正恩政権はあまり心配しないで済むようにもなった。もし、飢餓が始まれば、確実に中国から支援が来るだろう。新冷戦時代になり、中国は自らの影響圏だと考える北朝鮮を守るため、可能な全ての手段を取るだろう。北朝鮮に反政府勢力が生まれれば、中国は鎮圧に協力するだろう。

台風9号による被害を受けた咸鏡南道の被災地域を視察する金正恩氏(中央)=労働新聞ホームページから

万が一、北朝鮮の体制が崩壊すれば、中国が派兵するということは10年以上前から知られている事実でもある。中国は米国や韓国からの介入を防ぎ、平壌に衛星政権を樹立する可能性が高い。

ただ、それは中国が金正恩朝鮮労働党委員長を守るという意味ではない。ロシアも近い将来、ベラルーシでルカシェンコ大統領に代わる親ロシアの新たな指導者が誕生するよう支援する可能性が高い。中国も、北朝鮮で金正恩氏に反発する市民が増えたり、同氏の行動が北京の我慢を超えたりした場合、金正恩氏を捨て去る可能性はある。ただ、中国は北朝鮮エリート層を捨て去りはしないだろう。

中国は金日成主席の家系でなければ、北朝鮮を統治しにくいことを知っている。それが、中国が金正恩氏を支持している理由だと思う。

一方、北朝鮮も中国にばかり依存しないだろう。中国は北朝鮮の現状維持を望んでいるが、影響力が強くなりすぎれば内政干渉を始める可能性もある。北朝鮮は1960年代もそうだったが、米中ロなど大国との間で等距離外交を望むだろう。

――短中期的に北朝鮮はどのような外交を展開するでしょうか。

11月の米大統領選が最も大きな変数だ。北朝鮮にとって一番望ましいのは、トランプ米大統領の再選だ。トランプ氏が再選すれば、北朝鮮は米国に改めてスモールディールを持ちかけるだろう。

米国は2019年2月の第2回米朝首脳会談で、寧辺核施設の廃棄と制裁の一部緩和というスモールディールは拒絶した。だが、北朝鮮は完全な核廃棄ではないが、一部の撤去や移動などを条件に、制裁の一部緩和を求めてくるだろう。

バイデン元副大統領が当選すれば、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射もありうる。ただ、中朝関係が悪化する可能性があれば、大きな挑発は難しいだろう。

――日本では菅義偉首相が日朝首脳会談の開催や日本人拉致問題の解決に意欲を示しています。

日朝関係に大きな変化はないだろう。もちろん、北朝鮮が拉致問題で譲歩する可能性はある。だが、譲歩するのは、日本が好きだからではなく、カネのためだ。今は、北朝鮮に対する制裁のため、北朝鮮は譲歩したくても、その対価を受け取れない。北朝鮮はこの現実をよく理解している。

北朝鮮に事実上、譲歩する余地があったとしても、譲歩できる環境になるまで待たなければならない。現時点で日本ができることはほとんどない。