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停戦合意でも戦闘続くナゴルノ・カラバフ なぜ「ロシアとトルコがカギ」か

トルコから見える世界 更新日: 公開日:
アゼルバイジャンのテルテルで、破壊された家から外を見る男性=ロイター

旧ソ連のアゼルバイジャンとアルメニアの間でこの夏2回目の軍事衝突が起きた。今回は両国が30年近く争ってきた地域での戦闘で、1994年の停戦以降最大規模の衝突と伝えられている。両国はロシアの仲介で10月10日からの停戦に合意したが、停戦発効後も攻撃は続いている模様だ。双方の主張には大きな隔たりがある。今後の実質的な交渉はこじれる可能性も指摘されており、予断を許さない状況だ。
この衝突でカギを握ると言われているのがロシアとトルコだ。現場が旧ソ連であり、またロシアは歴史的に仲介を行ってきた経緯もある。ではなぜトルコなのか。アゼルバイジャンのアルメニア攻撃を支援し、「トルコは介入をやめるべきだ」との国際社会からの批判を受けても後押しを緩める気配がない。この強気の姿勢の裏にあるものを読み解いてみようと思う。(近内みゆき)

■何が起きたのか

今回の戦闘はアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ自治州で始まった。アゼルバイジャンとアルメニアが約30年間にわたり争っている地だ。9月27日から2週間ほどで民間人を含む少なくとも約400人が犠牲になった。

両国間では、今年7月にも衝突が起きていた。その時は同自治州から北に300㎞離れた場所。今回は、過去30年紛争が続いてきた地における衝突の再燃であった。

ナゴルノ・カラバフ自治州はアゼルバイジャン領内にあるが、多数派を占めるのはアルメニア人だ。彼らが1980年代後半、アルメニアへの編入を訴え武装闘争を開始。1991年のソ連崩壊後は両軍が戦火を交え、約3万人が犠牲となり、約100万人が難民や国内避難民になった。

94年にロシアなどの仲介で一度は停戦が実現したが、現在までアルメニアがナゴルノ・カラバフ自治州とその周辺地域を含む、アゼルバイジャンの20%を占領している。その後もこれらの地域で衝突が散発的に起きており、直近では2016年に数百人が犠牲になる戦いがあった。

今回の衝突もこれまで同様、きっかけは明らかになっておらず、お互いが「相手側から先に攻撃して来た」と主張、情報戦の様相を呈した。紛争勃発後まもなく、両国は戒厳令を敷き動員体制を宣言。ロシアの仲介による停戦受け入れも拒否した。トルコの支援でアゼルバイジャンが攻勢を強めており、戦域が拡大する中、両国の全面戦争に至る可能性を危惧する声も上がっていた。

■トルコとアルメニアなぜ険悪

アルメニアは、トルコとアゼルバイジャンという「兄弟関係にある2つの国」に挟まれている内陸国だ。ナゴルノ・カラバフ紛争が原因で、1993年からトルコとの国交は断絶している。目立った産業を持たない上、アゼルバイジャンからのエネルギー輸送路は、天然ガス・石油のいずれも、アルメニアを迂回し、ジョージアからトルコに向けて敷設されている。

トルコとは第一次世界大戦時の1915年に起きたアルメニア人強制移住問題を巡り、根深い歴史問題を抱えている。欧米で強い政治力を持つ「アルメニア・ロビー」の影響もあり、欧米では同問題を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」に認定するか否かを巡り反トルコ世論が形成されている。負の歴史においてトルコでは、アルメニア人のテロリスト集団が1970年代から80年代にかけて行った、世界中のトルコ外交官を狙った暗殺事件が記憶に新しい。また、トルコが40年近く対立してきたクルド武装勢力を、アルメニアが長年支援してきたと非難している。

近年では2014年に、エルドアン首相(当時)が一連の「アルメニア問題」に関し歴代首相で初めて「哀悼の意」を表し、関係改善の機運が高まったが、国交再開までには至らず、トルコは今日まで、アゼルバイジャンとともに「ナゴルノ・カラバフ紛争の解決なしに国交樹立はあり得ない」との立場を取っている。

■「30年来の不正義を是正」という世論

戦域は都市部にも広がり、戦況はトルコでも連日一面で報道されている

7月の戦闘のときもそうだったが、両国の衝突を受けたトルコ国会の動きは早かった。翌日には、与野党一致のアルメニア非難声明を出し、アゼルバイジャンへの全面支援を宣言した。

与野党の団結は、「一つの民族、二つの国家」と形容されるアゼルバイジャンとの歴史的・文化的近さや、エネルギー資源を巡る協力からだけではない。トルコとロシアの「代理戦争」と呼ばれるシリア、リビア内戦は現政権が始めた介入であり、その動向次第で野党は批判の声を上げてきた。だが、この戦いは1980年後半から始まり歴代政権が一貫してアゼルバイジャンを支援して来たもの。「国際法違反はやめ、アルメニアは占領地から今すぐ撤退せよ」という呼びかけは、紛争再燃のたびに、与野党問わず発せられてきた言葉だ。

紛争が激化した90年代初頭は、トルコ自身の経済力と軍事力の未熟さから、国内世論の圧力があっても、物理的な支援が十分にできなかった。今でこそトルコの一人あたりのGDPは1万ドル前後だが、当時は3000ドル以下。国内も政情不安を抱え、「大国ロシアを刺激しないこと」が最重要課題であった。だが、今や武器の国産化に成功し、ロシアと代理戦争を展開するだけの力を持った。「今こそ30年来の不正義を是正する時だ」。連日、一面で展開されるアゼルバイジャンの戦果を伝える報道には、このようなニュアンスがあふれている。

トルコとアゼルバイジャンの国旗が掲げられた家。両国の友好とアゼルバイジャンへのエールが示されている

一方のアゼルバイジャンは、近年武器輸入の多角化を進めている。軍備・紛争・安全保障などを研究するストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の2019年の報告書によると、以前は武器輸入の6割をロシアに依存していたが、2019年までの5年間では6割がイスラエル、3割がロシア、1割未満がトルコとなっている。

エネルギー資源輸出による収益で武器の近代化にも注力。失地回復を目指し、特に2016年の衝突後は、国防予算を大幅に拡大させながら盟友トルコからもドローンやレーダーシステムを続々と購入してきた。

今回の衝突後、前線は一気に広がり戦略的に重要な高地などもアゼルバイジャン軍が掌握した。トルコメディアでは、「もはや占領を許した90年代初頭のアゼルバイジャンではない」と強調する言葉が踊る。

■衝突前から高まる警戒心

ロシアとアゼルバイジャンの関係は悪くない。だが、安全保障の観点から見れば、ロシアとアルメニアは、集団安全保障条約機構(CSTO)の同盟国であり、防衛協定を結びアルメニアに約5000人のロシア兵を駐留させ、南コーカサスで唯一の軍事基地を持つなど、結びつきはより深い。トルコとアルメニアの国境はロシア軍も警備に当たっている。トルコから見れば、アルメニアの背後には常にロシアがいる。

トルコとアゼルバイジャンは、今回の衝突前からロシアとアルメニアに対して緊張感を高めていた。紛争勃発までの一週間、ロシアなど7ヵ国が参加する大規模な軍事演習「コーカサス2020」が、コーカサス地域とその周辺で行われていたのだ。参加国はロシアのほか、アルメニア、ベラルーシ、中国、イラン、パキスタン、ミャンマーで、高官を含む陸海空軍8万人が参加。「テロ対策」を目的としながら、ロシアがもつ最新鋭の長距離ミサイル防衛システムS400やクルーズミサイル等、不釣り合いな武器が使用されており、「国家間戦争」が想定されているのは明らかだった。ロシアとアルメニアが2017年に創設した両国共同部隊も今回の演習に参加、演習の一部がアルメニアで行われていたことも、両国の心理的圧力となった。

首都アンカラには、アゼルバイジャンのハイダル・アリエフ前大統領を記念した公園がある。同氏の銅像が立ち、両国の友好関係を示す「一つの民族 二つの国家」の文字が刻まれている

この軍事演習に懸念を示していたのはトルコだけでない。NATO加盟国からも、「非常にセンシティブな場所での演習」「明らかにNATOとウクライナを意識している」などの批判が上がっていた。トルコでは、この演習が「アルメニアの先制攻撃」を鼓舞した可能性があると指摘されている。

■トルコとロシア、敵なのか友なのか

2020年3月、共同記者会見に臨むロシアのプーチン大統領(左)とトルコのエルドアン大統領=ロイター

NATOの反対を受けながらも、昨年ロシアからS400を購入し、アメリカからの厳しい制裁を受けたトルコ。一方で、ロシアとはリビアからシリア、コーカサスに至るまで約4000㎞の対立ラインをもち代理戦争を行っている。しかし、両国は直接対決は周到に避けつつ、シリア、リビアでは停戦協議を実質的に主導している。敵なのか、友なのか。

両国関係の軸には、欧米に対する嫌悪と不信感がある。欧米との関係が悪化すると、互いに歩み寄る。トルコが敵か友かを判断する際の「基準」と捉えている2016年のクーデター未遂事件への各国の反応では、欧米が沈黙を続けた一方で、プーチン大統領はいち早くエルドアン大統領支持を表明。欧米が「人権抑圧」と批判するトルコの「テロとの戦い」にも、ロシアは理解を示す。欧米からの批判が相次いだ今夏のアヤソフィアのモスク化に対しても、ロシアは「トルコの内政問題」として踏み込まなかった。

ロシアにとっては、トルコがロシアに傾けば傾くほど、ロシアを仮想敵国とするNATOの結束が緩み、切り崩しを図れる。アメリカのF35戦闘機開発計画を追放されてまでS400を購入したトルコは、ロシアの誇る最新鋭の戦闘機Su-57にも関心を示しており、「大切な大型顧客」だ。

欧米への揺さぶりのツールとして、武器の代替調達先として、大型マーケットとして――。相手を利用しながら、互いに依存する関係を作っている。

両国のもう一つの共通点は、トップ同士の協議に基づく、トップダウンの意思決定だ。世論や官僚機構の影響が小さく、決断が早い。例えば、2018年の両国首脳会談は、電話も含め年間30回近くに上った。一方、両者間で問題が生じると、その間に入り問題を解決するメカニズムが機能しにくい。こうした関係は短期的には機能しても、長期的な展望に基づく持続可能な関係構築には向かない。

トップ同士の関係がよく、軍事、経済両面で相互に依存している。だが、それは相互信頼に基づく対等な関係ではない。ロシアが優位に立つ非対称の関係で、いざとなればロシアがトルコに対し、経済的、軍事的に多大なダメージを与えることができるというのは、シリア内戦で証明されてきた。トルコは大国ロシアのパートナーでありながら、同時に「超えてはならない一線」を知る「挑戦者」でもある。その一線ギリギリのところで、妥協と取引が行われている。仲間であり、ライバルであり、敵にもなり得る。相互に様々な顔を持ちながら対峙しているのが、この二か国の関係と言える。

■トルコにとっての「解決」とは

「もはやミンスク・グループの仲介は意味をなさない」。交戦が始まって間もなく、エルドアン大統領は怒りをあらわにした。ミンスク・グループとは、欧州安全保障協力機構(OSCE)が設立し、94年から仲介に当たっているロシア、フランス、アメリカが共同議長を務めるグループだ。

トルコにとって「最も偽善的」と映るのは、ロシアからの停戦の呼びかけだ。一方の手で停戦を掲げ、もう一方の手ではアルメニアを軍事支援している。また、衝突が起きるたびに停戦と和平協議を主導しているが、成果は一向に見られない。ナゴルノ・カラバフ紛争ではアルメニアに肩入れしているロシアだが、実際には長年にわたり双方に武器を輸出してきた。「両国間のにらみ合いが続けば、ロシアの武器輸出に好都合」との指摘もある。

共同議長国のフランスとアメリカはそれぞれ国内にアルメニア・ロビーを持ち、その影響力が政策を動かす。そしてロシアを含めた3ヵ国は国連安保理常任理事国だ。このメンツが主導して再び話し合いを進めたところで、「解決」に至ることはない、という失望感がトルコにはある。

ではトルコとアゼルバイジャンにとって「解決」は何を意味するのか。それは、アルメニアが30年近くにわたり安保理決議に違反し実効支配してきた国土の20%を、アゼルバイジャンに戻すことだ。

国連安保理は93年、4つの決議を採択し、アルメニアの占領地からの撤退を求めている。2008年の国連総会決議でもアルメニアに対し無条件の即時撤退が求められた。トルコとアゼルバイジャンは、「これだけの国連決議がありながら、仲介国はアルメニアに撤退圧力をかけてこなかった」と憤る。安保理決議は、早ければ数日で適用されるものもある。拘束力がある安保理決議が実行されないのは、「国際的な安全保障の観点から見れば重要性は低かったため」(軍事アナリスト)との指摘もある。

■シリア、リビアとの違いは?

シリアやリビアで起きているようなトルコとロシアによる和平協議が、ナゴルノ・カラバフで起きることはありうるのか。

テロリズムや代理戦争に詳しい軍事アナリストのネジデット・オズチェリッキ氏は、「リビア、シリアとは文脈が大きく異なる」と指摘、「両国は内戦国だがナゴルノ・カラバフは主権国家であるアゼルバイジャンとアルメニアとの間の問題。これら両国を差し置いて、これまでのミンスク・グループの枠外でトルコとロシアが和平協議を導くことはないだろう」と分析する。別の専門家も「ソ連崩壊から約30年続くナゴルノ・カラバフはロシアの裏庭であり、ロシアが優位な立場に身を置きながら、長年和平協議を主導してきた。両国が対等な立場で和平協議を担うのは難しい」とみる。

強気のアゼルバイジャン支援を続けるトルコに対し、ロシアはなかなか微妙な立ち位置に置かれている。

今回の戦闘発生後、専門家らが口々に指摘していることがある。「ロシアの動きが静かだ」。仲介者の顔と支援者の顔。圧倒的優位に見えるロシアだが、トルコがアゼルバイジャン支持を明言し、公然と攻勢をかければかけるほど、逆に二つの顔がロシアの大胆な行動を抑制することにもなりかねない。ロシアの対アルメニア支援にしても、ロシアと良好な関係を維持する旧ソ連内の他の国々との間で一定のバランスを取る必要もある。アゼルバイジャンとも近年は安定した関係を築いている。オズチェリッキ氏は、「石油価格の下落などで国内経済も低迷しており、ロシアも新たな前線を作るのは回避したい。トルコのアゼルバイジャンへの支援がどの程度のものかを見極めつつ、多かれ少なかれアゼルバイジャンに一定の『取り分』を認めた上で、外交的解決に持って行くのでは」と予想する。

■「凍結された戦争」

紛争から2週目に入り、アルメニアは係争地から数百キロメートル離れた、アゼルバイジャン第二の都市などへも攻撃を仕掛けた。紛争の「国際化」を図り、ロシアの介入を期待したものとみられる。一方、アゼルバイジャンは「アゼルバイジャンとアルメニア間の問題」との立場を貫き、アルメニア本土を狙った攻撃を自制。反撃すればアルメニアの思惑通りロシアの介入を招くと見ていたからだ。一方、テレビインタビューで介入の可能性を問われたプーチン大統領は、「いまだアルメニア本土が戦場になったわけではない」と否定、係争地以外での民間人の犠牲に業を煮やすアゼルバイジャンも考慮しつつ、停戦に向け急速に舵を切ったとみられる。

今回の衝突が、これまでのように、「戦闘勃発、ロシアの介入、現状維持」となった場合、トルコとアゼルバイジャンにとっては94年以来の「敗北状態」が継続することになる。アゼルバイジャンのアリエフ大統領は、「『即時停戦を。交渉のテーブルにつこう』は何十回と聞いた。そして30年近く、何一つ変わらなかった。次の30年を待つ時間は、我々にはない」と息巻く。戦果を伝えるニュースには、「解放」という言葉が躍る。一方にとっての「解放」は、もう一方では「占領」と表現される。

ナゴルノ・カラバフに端を発するアゼルバイジャンとアルメニアの緊張は、「凍結された紛争」と呼ばれてきた。戦闘が終わっても、紛争解決のメカニズムが機能せず、交戦国のパワーが拮抗しながら不安定な停戦状態が続いている状況で、主に旧ソ連圏の地域紛争に使われてきた言葉だ。微妙なバランスが少しでも崩れると、一気に再燃する可能性を秘めている。

紛争から2週間近くがたち、戦域は郊外から都市部へと広がった。一般市民を含む死者はすでに400人以上。停戦交渉がこじれれば紛争再発も危ぶまれている。両国の犠牲者名簿が「凍結」される日は、果たして来るのだろうか。