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米軍を絶対に寄せ付けない 着々とミサイル戦力を高める中国、海洋戦力へのこだわり

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
洋上の米空母向けとされる対艦弾道ミサイル「東風21D(DF-21D)」=2015年、北京、矢木隆晴撮影

2020年版の通称「中国軍事力リポート」(MILITARY AND SECURITY DEVELOPMENTS INVOLVING THE PEOPLE'S REPUBLIC OF CHINA 2020)が9月1日、公表された。この報告書は、アメリカ国防総省が中国の軍事力を調査分析し、毎年連邦議会に対して提出することが義務づけられているものである。

本年の報告書の中で、国防総省がとりわけ強調しているのが、(1)中国核戦力の拡大、(2)米海軍と同等かそれ以上の戦力に達しつつある中国海軍力、(3)著しく強化されている各種長射程ミサイル戦力、中でも核搭載ミサイルより現実に使用される可能性が高い非核弾頭搭載の長射程ミサイルについてである。

たとえば本年のリポートでは、長射程ミサイル戦力について言及されているページ数はおよそ50ページにのぼっている。中国ミサイル戦力についての記述に、5年前の同リポートの約2倍の分量が割かれていることは、いかに米軍当局が中国軍の長射程ミサイルに警戒を強めているかを明示している。

とりわけ米軍が危惧しているのは、戦時において中国領域への接近を企てるアメリカ海洋戦力を撃退するための各種対艦ミサイル(Antiship Missiles)を中心とした接近阻止用ミサイル戦力である。中国軍の接近阻止用ミサイルについては、「中国軍事力リポート」の分析に限らず、多くの米海軍関係者や海洋戦略関連シンクタンクなどの専門家たちが、米国軍事戦略に対する深刻な脅威として危機感を強めている。

中国軍が運用する代表的な非核弾頭搭載ミサイルの射程圏(「MILITARY AND SECURITY DEVELOPMENTS INVOLVING THE PEOPLE’S REPUBLIC OF CHINA 2020」から©OFFICE OF THE SECRETARY OF DEFENSE)

(添付した地図は、本年の中国軍事力リポート57ページ掲載の図を抜粋したもので、中国軍が運用している代表的な非核弾頭搭載長射程ミサイルの射程圏が示してある。それらの全てが、日本ならびに日本周辺海域を射程圏に収めている。以下は筆者注)
Land Attack Missiles:基本的には地上攻撃用だが、艦艇攻撃が可能のものもある
ASCM:対艦巡航ミサイル
IRBM:中距離弾道ミサイル(最大射程 3000~5500km)
LACM:地上攻撃用長距離巡航ミサイル
SRBM:短距離弾道ミサイル(最大射程 300~1000km)
CSS-5:DF-21弾道ミサイルのNATOコード
CSS-6:DF-15弾道ミサイルのNATOコード
CSS-7:DF-11弾道ミサイルのNATOコード
CSS-11:DF-16弾道ミサイルのNATOコード
H-6J with ASCM:海軍H-6J爆撃機による対艦巡航ミサイル攻撃圏
Legacy H-6 with ASCM:従来型H-6爆撃機による対艦巡航ミサイル攻撃圏
DF-26 Multi-role IRBM:DF-26弾道ミサイルの対艦対地攻撃最大射程圏

■対艦弾道ミサイル(ASBM)とは

大統領選挙に向けて対中強硬姿勢を盛んにアピールしているトランプ政権はこの夏、香港問題や南シナ海問題などに関して中国政府を牽制(けんせい)するために空母艦隊を南シナ海に派遣したり、偵察機を海南島や西沙諸島周辺に送り込んだりしている。それに対して中国軍は8月26日、「DF-21D」弾道ミサイルと「DF-26B」弾道ミサイルを海南島と西沙諸島の間に設定した航行禁止区域に向けて発射した。

それらの弾道ミサイルは、アメリカ海軍が最も警戒している中国軍兵器の一つで、対艦弾道ミサイルと呼ばれているものだ。

中国の軍事パレードの予行演習で大通りを走行する大型ミサイルを積んだ軍用車両=2019年9月、北京市内

DF-26Bの射程は4000キロメートル、DF-21Dは1500キロメートル前後といわれている。いずれも中国ロケット軍が運用しており、TELと呼ばれる地上移動式発射装置から発射される。実戦に際しては、米軍側から発射状況が探知されにくい中国の内陸奥深くから、南西諸島の沖合200~400キロメートルほどの西太平洋上に接近してきた米海軍空母などを攻撃することになるものと思われる。射程の長いDF-26Bならば、通常より高角度で発射されて突入速度がより高速になる「ロフテッド軌道」で攻撃することも可能であるため、米海軍側にとってはまさに恐怖の存在となる。

ロフテッド軌道(図:筆者作製)

DF-21DとDF-26Bに加えて、その実態がはっきりとわからない「DF-17」という弾道ミサイルも米海軍艦艇攻撃用に実戦配備されつつあるようだ。この弾道ミサイルには、放物線を描き慣性で落下する弾頭の代わりに、極超音速飛翔体DF-ZF(目標に突入する最高速度マッハ10)が装着される。このような極超音速兵器に対しては、イージスBMD(弾道ミサイル防衛)のような既存の弾道ミサイル防衛システムは全く役に立たないといわれている。

■航空機・艦艇発射型対艦ミサイル、大きな脅威

ロケット軍が運用する上記の対艦弾道ミサイルだけでなく、中国海軍H-6J爆撃機や中国空軍H-6K爆撃機に搭載されるDF-21Dの空中発射型対艦弾道ミサイルは、米海軍にとってはさらに脅威の存在だ。なぜならば、攻撃目標となる米艦(航空母艦あるいは強襲揚陸艦)に対して地上発射型の弾道ミサイルよりも近接した距離から発射されるうえ、上空から発射されるためにスピードが著しく高速となり、地上発射型の半分以下の時間で攻撃目標に肉薄することになるからだ。

それらの爆撃機からは長距離巡航ミサイル「CJ-10」も発射され、地上も艦艇も攻撃可能だ。CJ-10の巡航速度は時速1000キロメートル以下と、弾道ミサイルに比べると低速だが、針路を何度も変えながら飛行可能なため、攻撃目標に対して背後や側面から肉薄させることが可能だ。このほかにも爆撃機から「YJ-12」超音速対艦巡航ミサイル(マッハ3~4、最大射程400キロメートル)を発射することもできる。

YJ-12は航空機からだけではなく駆逐艦などの艦艇からも発射される。そして中国海軍艦艇はCJ-10の軍艦発射バージョンである「DH-10」長距離巡航ミサイルや、「YJ-62」(マッハ0.8、最大射程400キロ)などの「一般的な対艦ミサイル」(アメリカ海軍など多くの海軍や海上自衛隊が装備している対艦ミサイル、ただし米海軍と海自の対艦ミサイルの射程は200キロメートル程度)も積載している。

中国艦艇ならびに航空機は、中国沿岸域に配備されている防空ミサイル(接近してくる敵航空機やミサイルを撃ち落とすミサイル)と地対艦ミサイル(接近してくる敵艦艇を撃破するミサイル)によって完璧に近い状態で防御される中国沿岸200~250キロメートル以内の「安全海域」ならびに「安全空域」から各種対艦ミサイルを発射することになる。そのため、米軍側が発射を阻止することは不可能に近い。

■中国はなぜ海洋戦力を重視するのか

上記のように、中国軍は多種多様の対艦ミサイルや防空ミサイルを地上、航空機そして艦艇に配備し、中国本土に接近を企てる艦艇と航空機を撃退する態勢を固めている。これらの強力なミサイル戦力は、海洋側からの中国に対する軍事攻撃をはね返すために採用している防衛戦略(「A2/AD(接近阻止・領域拒否)」と呼ばれている)を実施するために構築されているものだ。

香港に寄港した米空母ロナルド・レーガン=2017年、益満雄一郎撮影

1980年代、鄧小平の近代化政策推進に伴って、中国は近代的海洋軍事力の構築を必要とした。なぜならば、貿易の大半は海上交通を利用するため、日本のようにアメリカ軍事力の庇護(ひご)を受けることが出来ない中国としては、自力で自国の海上交通の安全を確保するために強力な海洋軍事力が必要となったからである。

同時に、アメリカと中国が戦争状態になった場合、アメリカ軍は強大な海軍力を太平洋を越えて投入することになる。そのため、中国も強力な海洋戦力を手にして、アメリカ軍の侵攻をできるだけ遠方の海洋で阻止するという防衛戦略が構築された。

しかしながら、海洋戦力の構築には、軍艦や航空機の建造、さらにそれらを運用したりメンテナンスしたりする将兵や技術者の養成といった、時間のかかる作業や莫大な予算が必要となる。したがって、かつては中国海洋戦力がアメリカ海洋戦力に対峙(たいじ)するレベルに達するのは至難の業のように思われた。

ところが、科学技術の進展に伴い、各種長射程ミサイルによって敵の艦艇や航空機、それにミサイルまでも迎撃できることが現実的になってきた。そこで、毛沢東時代より弾道ミサイルを中心としたミサイル戦力構築に力を入れてきた中国軍は、中国に接近してくるアメリカ軍、とりわけ中心となる空母艦隊(現在は空母打撃群と呼称されている)を、航空機と軍艦によって迎え撃つのではなく、長射程ミサイルを中心とする戦力によって可能な限り遠方の海上で撃破する、という方針を打ち出した。そして各種対艦ミサイルを中心に様々なミサイルの開発を推し進めた結果、上記のように極めて強力な接近阻止ミサイル戦力を手にすることになったのである。