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「82年生まれ、キム・ジヨン」の作者が短編集 28篇に描かれた女性たち

現地発 韓国エンタメ事情 更新日: 公開日:
韓国の作家・趙南柱(チョナムジュ)さん=西岡臣撮影

日韓両国でベストセラーとなっている韓国の小説「82年生まれ、キム・ジヨン」(筑摩書房)の著者チョ・ナムジュの短編小説集「彼女の名前は」(同)が今月、日本で翻訳出版される。60人余りの女性へのインタビューが元になった、年齢も職業も様々な女性たちの物語だ。

「82年生まれ、キム・ジヨン」は1982年生まれのキム・ジヨン氏が人生で出会う様々な困難が淡々とつづられた小説だが、これまで可視化されにくかった女性の生きづらさが描かれ、大きな反響を生んだ。韓国では2016年に発売され、これまでに130万部が売れている。2018年に韓国で広まった#MeToo運動の火付け役ともなった。日本でも翻訳出版され、2年足らずの間に20万部を突破した。昨年韓国で映画化された「82年生まれ、キム・ジヨン」が10月に日本で公開される予定で、再び原作にも注目が集まりそうだ。

映画「82年生まれ、キム・ジヨン」のワンシーン=ロッテエンターテインメント提供

日本で「82年生まれ、キム・ジヨン」が売れているニュースは、韓国にも伝わっている。韓国の人からよく聞かれるのは、「なんで日本では『82年生まれ、キム・ジヨン』は売れるのに#MeTooは盛り上がらないの?」ということだ。それこそ、日本の女性たちが我慢している証拠ではないか、と思う。今の日本ではなかなか声に出しては言えないが、内心共感している、ということだろう。

一方の韓国では、#MeTooで多くの女性がセクハラなど性被害について声を上げた。各界の大物も次々に告発され、社会を揺るがせた。「彼女の名前は」は、その#MeTooが吹き荒れた2018年に韓国で出版された。

28篇の彼女たちの話の中で、それぞれ読者の胸を打つ話は様々だろう。今回、日本語版の翻訳を担当した小山内園子さん、すんみさんに「彼女の名前は」の魅力を聞いてみた。

小山内さんは昨夏ソウルで著者のチョさんに会った際、本人が「書いていてとても楽しかった作品」として挙げた「彼女へ」が特に印象に残ったという。アイドルの熱烈ファンの女性が主人公。そのアイドルも女性で、彼女がテレビ番組で「愛嬌」を強要されるのが見たくなくて、全力で阻止しようとする。「私も訳していてとても楽しく、勇敢だと思い、勇気づけられた」と、小山内さん。「大きな事件、自分の人生を左右する出来事だけでなく、日常の一場面、どんなものをどんなふうに好きかということにも、先入観や生きづらさは潜んでいる。主人公はそこをなあなあにせず、『好き』パワーで邁進していく。チャーミングで実に示唆に富んだ作品」

すんみさんは「調理師のお弁当」「運転の達人」などの働く女性の話が特に印象に残ったという。「これまで小説で描かれるのは、恋する女性、母としての(あるいは妻としての、彼女としての)女性が多かった気がする。女性の労働は、男性の労働より重要でないものとされ、注目されることがあまりなかったからだと思う」と語る。

「調理師のお弁当」は、学校の給食を作る調理師が主人公。韓国ではよくある待遇改善を要求する「ストライキ」に参加し、一方で給食が休みになった我が子たちのお弁当を作る母でもある。「働く女性たちの苦労だけでなく、どんな思いで、どんなことと闘いながら働いているのかが描かれていてよかった」と、すんみさん。

9月23日発売予定の「彼女の名前は」=筑摩書房提供

「82年生まれ、キム・ジヨン」がそうであったように、日本と似ていると思う部分も、日本とは違うなと感じる部分もたくさん出てくる。小山内さんは「韓国を見ながら、日本に気付いた部分がある」と話す。「日本の人は 『怒り』を『悲しみ』っていう言葉に変換するかもな、と。訳しながら、もしこの舞台が日本だったら、登場人物は『怒る』前に『悲しい』と考え、周りもそう扱ってしまうかもな、と思ったりしました」。日本で#MeTooが広がらないのは、理不尽なことを経験した時に、怒るという表現をせず、自分の中で悲しみとして留めてしまうからかもしれない。

一方、すんみさんは、「隣町には朝鮮族が住んでいるという話(「運のいい日」)や、生理ナプキンが買えない中学生の話(「公転周期」)などのように、格差が分かりやすい形で現れているところで日韓の違いを感じた」と言う。ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」のように映画でもたびたび格差が取り上げられるが、実際に韓国では格差が社会問題となっている。「いろんなものを犠牲にし、『漢江(ハンガン)の奇跡』というほどの経済成長を遂げた韓国の闇が見えた気がします」

韓国在住者の私から見ても、#MeTooを境に変わったことは多い。例えば前述の「彼女へ」に出てくる、アイドルに番組で「愛嬌」を強要するということは、なくなってきた。ドラマや映画でも、薄っぺらかった女性キャラクターの多様性が出てきて、男性の添え物のような女性はもはや韓国の視聴者や観客には受け入れられないものになってきた。

すんみさんは文学の変化を指摘する。「これまであまりスポットライトを当てられなかった女性の物語が増えた。『犠牲』『母性』『献身』といったイメージの女性像だけでなく、自分の意見をはっきり言う女性、成功する女性、怒る女性、悲しむ女性、失敗する女性、暴れる女性などいろんな女性像に触れることができる。いろんな女性像が提示されればされるほど、女性は自由になるはずだと思います」

「彼女の名前は」は、まさにそんな一冊だ。