東京大医科学研究所の佐藤佳准教授(38)のグループは、健康な人の体にいるウイルスを網羅的に調べた。その結果、少なくとも39種類のウイルスがひそんでいることがわかったという論文を今年発表した。血液、脳、心臓、大腸、肺、肝臓、筋肉……。27種類の組織にウイルスがいた。
胃の細胞には、ヘルペスウイルスが見つかった。胃で働いている遺伝子を調べると二つのパターンに分けられ、ヘルペスウイルスが見つかった人とそうでない人が、それぞれにあてはまりやすいことがわかった。それが何を意味しているのかくわしくはわからない。研究は始まったばかりだ。
「健康な人の全身で網羅的に調べたのは初めて」と佐藤さんは話す。そもそも、健康な人の組織をとって、ウイルスを調べること自体がむずかしい。今回は、米国のゲノムプロジェクトが蓄積していたデータを使って解析した。事故などで死亡した547人の全身の組織のRNAデータだ。RNAは、各細胞で必要な遺伝情報のDNAが、いったん写し取られたもので、RNAを読めば、その細胞でどの遺伝子が働いているかがわかる。そのRNA情報の中に混ざっている、ウイルスの遺伝情報を探して突き止めた。
健康な人の体にウイルスがひそんでいること、それも長期間に及ぶことは知られている。たとえば子どもの頃に水ぼうそうにかかった後、ウイルスは神経節に長い間潜んでいるが、病気を起こすことはない。ところが、免疫の働きが落ちた時などに、強い痛みや発疹が「帯状疱疹(ほうしん)」として皮膚の近くに現れる。
こうした仕組みがくわしくわかってくると、ある宿主では病気を起こさないのに、別の種で激しい病気を起こす現象の解明にもつながるかもしれない。新型コロナウイルスはコウモリを宿主とするときには病気を起こさず共生しているが、人では病気を起こす。多くの人は軽症で、一部が重症化する。コウモリでは免疫が働いていないのか、それとも強く働いていてウイルスを抑えているのか。佐藤さんらの研究は、そのなぞを解く鍵の一つになるかもしれない。
ウイルスは人の細胞だけでなく、人の体の中にいる細菌の中にも感染していることが最近の研究でわかってきた。研究者の注目を集めているが、実態はまだよくわかっていない。
大阪市立大と東京大のグループは、健康な日本人101人の便の中にある細菌とウイルスの遺伝情報を読み、データベースをつくった。細菌約600種、細菌に感染するウイルス「ファージ」は分類可能なものだけで約450種も見つけた。
どのようなファージが多いかについて、さらにくわしく調べると、個人差が大きいこともわかった。8週間追跡してどのようなファージが増えたり減ったりしてるかを調べたが、あまり変わらずに状態が安定していることもわかった。
腸内細菌がさまざまな病気とかかわることが知られている。ファージが腸内細菌に与える影響が解明されれば、腸内細菌の乱れにかかわる病気の治療につながる可能性もある。