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INF条約が失効した今、対中国ミサイルを日本に配備したい米国の思惑

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
米カリフォルニア州のサンニコラス島で行われた地上発射型の中距離巡航ミサイルの発射実験=2019年8月、米国防総省提供

■INF条約で規制されていたミサイル

米国と旧ソ連が1987年に結んだINF条約の正式名称は「Treaty Between the United States of America and the Union of Soviet Socialist Republics on the Elimination of Their Intermediate-Range and Shorter-Range Missiles」である。INFという略称のように「核弾頭を搭載した中距離ミサイル」だけを制限した条約ではなかった。

INF条約による制限の対象はより広く、地上から発射される短距離ミサイル(最大射程500km~1,000kmのミサイル)と中距離ミサイル(最大射程1,000km~5,500kmのミサイル)である。それには核弾頭搭載の有無は問わず、弾道ミサイルも巡航ミサイルも含まれる。

ただし、地上から発射されるミサイルに限定されているため、航空機や水上戦闘艦、それに潜水艦から発射されるミサイルはINF条約による制限の対象外であった。

ようするに、INF条約が開発と保有を制限していたミサイル(以下、INFミサイル。INF条約やミサイルの詳細に関しては2019年2月18日付の本コラム参照)とは(1)最大射程が500kmから5,500kmの、(2)地上から発射される、(3)核弾頭と非核弾頭を問わない、(4)弾道ミサイルならびに巡航ミサイル、であった。

■米軍の対中戦略転換

INF条約を遵守していたアメリカは、INFミサイルを保有してこなかった。ただし、開発能力は十二分に保有している。一方、米ロ間のINF条約とは無関係であった中国は、INF条約で規制されたミサイルのカテゴリーに属する多種多様のミサイルを開発・保有し、中国沿海域にアメリカ軍を近寄らせない接近阻止戦力の中心に据えている。

中国の建国70周年を記念するパレードに登場した極超音速滑空体装着弾道ミサイルDF17=2019年10月、北京、仙波理撮影

中国の接近阻止戦力は著しく強力になり、今も日に日に増強されつつある。そのため、これまで空母中心主義(敵国の沖合に強力な空母艦隊を派遣して敵を威圧したり攻撃したりして、アメリカの意に従わせる)を振りかざして世界中の海を睥睨(へいげい)してきたアメリカ海軍も、有事に際しては迂闊(うかつ)に中国近海に接近することができかねる状況に立ち至っている。

実際、アメリカのハリス前太平洋軍司令官は、すでに2年ほど前に、東アジア海域で中国海軍と対決するためには陸上から中国艦艇を攻撃する戦力が必要不可欠であるとして、米陸軍に地対艦ミサイル戦力の構築を求めている。

また、これまで水陸両用戦能力を表看板に掲げてきたアメリカ海兵隊も、東アジア戦域における中国軍との対決では、地上から中国艦艇を攻撃する能力を重視するに至った。そのため米海兵隊トップのバーガー総司令官は今年7月、海兵隊に地対艦ミサイル戦力を構築する方針を明らかにした。

このように、米軍は中国海軍との有事の際は、地上配備型のミサイル戦力を大いに活用する方針に転換しつつある。

■展開配備先の確保が不可欠

ただし、地上から発射するINFミサイルは、配備する場所をあらかじめ確保しておかなければならない。この点が、公海やその上空を自由自在に移動して目標に接近できる軍艦や航空機とは決定的に異なる弱点と言えよう。

中国本土(それに北朝鮮やロシア)にあるミサイル戦力や海軍戦力、航空戦力をINFミサイルで攻撃する場合、それらの地上発射型ミサイルは、日本列島、フィリピン諸島、ベトナムなどに配備されている必要がある。

そのため、トランプ政権は大統領特使を日本をはじめとするアジア諸国に派遣して、アメリカ軍のINF戦力配備先を確保しておくための交渉に乗り出す方針だ。

■米軍が日本に寄せる「有望配備先」の期待

もっともアジア諸国と言っても、中国本土、北朝鮮、そしてロシアなどを攻撃するにあたっての地理的位置、政治的安定性や治安状態といった国内情勢、それになんといってもアメリカに対する従属の度合い、などの諸条件を勘案して配備可能性を検討している米インド太平洋軍(アジア太平洋地域を担当する米軍の地域別統合軍組織の一つで、司令部はハワイ)関係者などは、日本こそがアメリカにとって最も理想的かつ可能性の高い配備先と期待している。

そもそもアメリカがINF条約を廃棄した動機の一つ(というよりは隠された「主たる動機」)は、各種INFミサイルを大量に開発・保有し続けている中国に対抗するために、アメリカ自身もINFミサイルを手にしなければならないという事情があった。すなわち、トランプ政権がINF条約廃棄に踏み切った時点で、米軍が「最も御しやすい同盟国」である日本にINFミサイルを展開させることがある程度前提になっていた、と考えざるをえないのである。なぜならば、中国沿岸域を射程圏に納めた地上に配備できなければ、米軍がせっかく手にするINFミサイルは役に立たないからである。

加えて、軍事もビジネスの観点から理解するトランプ大統領が期待していたイージス・アショアを突然キャンセルした日本では、イージス・アショアに代えて大陸や朝鮮半島を念頭にした、いわゆる敵基地攻撃戦力を保有しようという議論が浮上している。そのため、「日本にINFミサイルを配備することは、日本のためにも有益であり、強力な抑止力となる」という論法で、そのような意見に前向きな日本の政治家などを抱き込みやすい状況が生まれている。

ロッキード・マーチン社の迎撃ミサイル発射台を視察後、運転席から降りるトランプ大統領=2019年7月15日、ワシントン、ランハム裕子撮影

大統領選挙戦がらみで対中強硬姿勢をアピールすることに躍起となっているトランプ政権が、INFミサイル配備を日本政府に強くプッシュしてくることは確実だ。そして、この種の圧力に対して、自国の国防をアメリカの軍事力に依存している日本政府は、極めて弱体である。

その結果、北海道から沖縄にいたる日本列島各地で、アメリカ海兵隊やアメリカ陸軍の地上発射型弾道ミサイルや地上発射型長距離巡航ミサイルに関連する車両(ミサイル発射装置、ミサイル管制装置、レーダー装置などを搭載した各種大型トレーラー)が走り回る日が訪れることになりかねない。ミサイル配備の要求を受諾すれば、ますます日本の安全保障面での対米依存が深まることになるだろう。