■地域で分かれる中国への感情
最初に一つの世論調査結果を見ていただきたい。米国のシンクタンク、ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が新型コロナの感染拡大前の2019年5~10月にかけて、世界の34カ国で中国に対する見方を尋ねた世論調査の結果である。
調査結果からは、中国に対する見方には、地域ごとに一定の傾向があることがうかがえる。中国に「否定的(Unfavorable)」な感情を抱いている人の割合は、北米、西欧、北欧、アジア太平洋の国々で高い傾向がある。
一方、中国に「好意的(Favorable)」な感情を抱いている人の割合はロシア、東欧、中東、アフリカ、中南米で高い傾向がある。アフリカ3カ国で中国に好意的な回答を寄せた人々は、南アが46%、ケニアが58%、ナイジェリアに至っては70%にも達する。
中国に「否定的」な回答が多い国々のうち、北米、西欧、北欧の国々は中国から地理的に遠く、中国との間に領土問題は存在しない。しかし、これらの国々は自由、民主主義、法の支配などの価値観の点で中国とは相いれないだろう。また、アジア太平洋諸国は中国に地理的に近く、中国の高圧的外交と軍事的脅威を身近に感じ、国によっては中国との間に領土問題を抱えている。日本や豪州は、価値観の点でも中国とは相いれないだろう。
一方、中国に「好意的」な回答が多いロシア、東欧、中東、アフリカ、中南米の国々では、自由や民主主義といった価値が欧米諸国ほど明確に保障されてはいない。ロシアを除けばいずれの国々も中国から地理的に遠く、中国との間に領土問題は存在しない。そして多くの国々は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に基づく中国マネーの投融資先である。
このように新型コロナ感染拡大以前の中国に対する国際世論は、欧米と周辺地域のアジア太平洋で厳しく、欧米を除く中国から遠い地域で寛容であった。
■150カ国以上に医療物資などを提供
では、そうした国際世論の傾向は、新型コロナ感染拡大を機にどう変わっただろうか。各国政府が感染対策に追われる中、中国が世界150カ国以上に医療物資などを提供する「マスク外交」を展開し、国際貢献をアピールしてきたことは周知の通りである。
しかし、次に見るいくつかの最新の世論調査結果は、欧米諸国においては中国の「マスク外交」が奏功せず、むしろ中国への不信と嫌悪感を高めたことを示している。
英国のトニー・ブレア・グローバル・チェンジ研究所(Tony Blair Institute for Global Change)が英米独仏の4カ国で6月4~15日に実施した世論調査によると、中国を「悪い勢力」と見なす人の割合は英国60%、米国56%、ドイツ47%、フランス60%に達し、「良い勢力」と見なす人は英国3%、米国5%、ドイツ4%、フランス5%に過ぎなかった。「コロナ感染拡大下で中国に対する見方が悪化した」と回答した人は英国60%、米国54%、ドイツ46%、フランス55%に上った。
欧州外交評議会(ECFR)が4~5月にEU加盟9カ国(デンマーク、フランス、スウェーデン、ドイツ、ポルトガル、スペイン、ポーランド、イタリア、ブルガリア)で実施した世論調査(7月20日発表)でも、「新型コロナ危機を通じて中国への見方が変わったか」との問いに、全体の48%が「悪化した」と答え、「良くなった」は12%にとどまった。国別にみると、9カ国のうち「悪化した」と「良くなった」が22%で拮抗したのは中国マネーによるインフラ開発が進む東欧のブルガリアのみで、残り8カ国はすべて「悪化した」が「良くなった」を上回っている。
豪州では、ローウィ研究所(Lowy Institute)が3月に実施した世論調査で、「国際社会で責任ある国として中国を信頼できるか」との質問への回答は「信頼できる」「ある程度信頼できる」を合わせて23%にとどまった。2018年調査で「信頼できる」「ある程度信頼できる」が合わせて52%だったことと比べると、豪州での対中感情が急速に悪化したことが分かる。
また、中国が最近、香港の一国二制度を破壊した事実を踏まえれば、豪州以外のアジア太平洋諸国でも、対中世論が今後好転していく可能性は極めて低いだろう。
では、中国から地理的に離れ、一帯一路に基づく中国マネーがふんだんに注ぎ込まれている「中国に好意的な国々」の対中世論はコロナ禍を機にどう変わるだろうか。
残念ながら現時点では、アフリカや中南米の国々の対中世論に関する信頼に足る調査結果を筆者は見つけ出すことができない。しかし、少なくともアフリカ諸国に関する限り、欧米やアジア太平洋諸国の状況とは異なり、コロナ禍を機に対中世論が今後急激に悪化していくとは考えにくい。中国によるアフリカ支援は単なる緊急医療支援にとどまらず、債務救済や新型コロナの中国産ワクチンの優先配布など多岐にわたっており、政治レベルの関係強化にも余念がないからだ。
■「友人」を求めて
そうした中国のアフリカに対する取り組みの象徴は、6月17日にオンラインで開催された中国・アフリカ緊急サミットであった。会議にはアフリカ諸国の首脳のほか、エチオピア出身の世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も出席し、習近平国家主席が基調演説で、医療チーム派遣や、アフリカ諸国の債務救済、ワクチンのアフリカへの優先的配布――などを約束した。会議の締めくくりに、新型コロナへの中国の対応をアフリカ諸国が全面的に支持する共同声明が発表され、首脳レベルでの関係強化を確認した格好だ。
習主席は演説で、2020年末に満期を迎える中国政府の無利子貸し付けの返済免除と、G20の債務返済猶予イニシアチブに沿った返済猶予を約束した。また、中国は会議の前に、IMFが4月13日に決定した「大災害抑制・救済基金(Catastrophe Containment and Relief Trust=CCRT)」を用いた債務救済スキームへの資金拠出も約束している。これは最貧国25カ国に6カ月分の債務返済資金を贈与するスキームで、25カ国のうち19カ国がアフリカの国々であることを考えると、実質的にはアフリカ支援の性格を有している。
こうしたアフリカに対する中国の手厚い支援を見ていると、表面的には貧しいアフリカの国々が中国の支援への依存を一方的に深めているようにも見えるが、それは中国・アフリカ関係の一面に過ぎないというのが筆者の考えである。
近隣国との領土問題等で見られる威圧的・脅迫的な外交姿勢、国内における厳しい言論弾圧、香港の一国二制度を形骸化させた抑圧的統治、メンツにこだわり過ちを認めない独善的で閉鎖的な体質――。こうした負の要素ゆえに、現在の中国は主要国(欧米)と周辺国(アジア太平洋)に「友人」がほとんどいない。先に見た数々の世論調査は、中国が直面するそうした現実を示している。
新型コロナ感染が拡大した3月以降、中国のメディアは、医療物資を満載した中国の貨物機がアフリカ各国の空港に到着し、人々が笑顔でこれを迎える様子を連日報道してきた。あまりに稚拙で露骨なプロパガンダに筆者は失笑を禁じ得なかったが、欧米やアジア太平洋諸国の対中世論が厳しいものであることを踏まえると、中国がアフリカで援助が歓迎されている様子を大々的に喧伝し、国際場裏における「友人」の存在を示さなければならない状況に置かれていることがみえてくる。
アフリカ向け投資・援助の担い手である欧米諸国やインドといった国々が自国の感染対策に追われる中、国内の感染を封じ込めたかに見える中国政府は当面、積極的なアフリカ支援を続けていくだろう。ただし、それには、中国の対外関係の行き詰まりの結果という意味がある。中国への不信と警戒が主要国と周辺国で強まれば強まるほど、中国は国際社会における親中派世論の形成のために、アフリカへの支援をますます強化していくと思われる。