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イージス・アショア中止後の「次の防衛策」が見えない日本

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
自衛隊の弾道ミサイル防衛訓練で設置されたレーダー装置(右)=2017年6月、角野貴之撮影

7月21日付の本コラムで、日本政府が陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備を突然中止する方針を打ち出したことに対して、米軍関係者たちから「真意を測りかねる」といった声が上がっていることを紹介した。

アメリカ軍当局(直接的には、東アジアを担当しているインド太平洋軍司令官)は、河野太郎防衛相がイージス・アショア配備停止を表明してから一カ月しか経たないうちに、自らイージス・アショアをグアム島に配備したいとの考えを示した。これは、これまで日米が連携する形で推し進めてきた日本周辺の弾道ミサイル防衛(以下、BMD)態勢の強化から日本が手を緩める姿勢を見て取った措置といえる。

■日本を待ってはいられない米軍当局

沖縄をはじめ日本各地に重要な軍事施設を保有している米軍にとって、質量ともに増強されている中国や北朝鮮の弾道ミサイルは、日本にとってと同様、極めて深刻な脅威である。そのため、日本周辺におけるBMD態勢の強化は、日本政府のように「スピード感を全く欠いた状態で」推進していくわけにはいかないのである。

もちろん、中国や北朝鮮(それにロシア)の弾道ミサイルにより国土のほぼ全域が攻撃されかねない日本としては、アメリカ軍以上に迅速にBMD態勢を増強するか、あるいはBMDに替わる方策によって弾道ミサイルの脅威を除去しなければならない状況に直面している。

しかし日本政府は、防衛大臣自身がイージス・アショア配備は中止すると明言したにもかかわらず、これまで推し進めてきた受動的BMD(先月の本コラム参照)の強化に替えて他のタイプのBMD(能動的BMDあるいは抑止的BMD)を採用するのか、またはBMD以外の方針に切り替えるのか、新たな戦略を全く打ち出していない。

このような日本政府に付き合っていては、増強が急ピッチで進む中国海洋戦力によって東アジア方面において日ごとに圧迫されつつあるアメリカ軍は、完全に手遅れの状況に陥りかねない。そこで、米軍当局は、とりあえず自らの手で強化できるBMDとして、グアム島にイージス・アショアを配備したいという意向を表明したのである。

この一手は、中国と北朝鮮の弾道ミサイルからグアムの米軍施設(米空軍と米海軍の重要拠点)を防衛するという意味合いがあるのは当然である。

米軍関係者の中には、もし日本が予定どおりイージス・アショアを配備するならば、グアムはすでに配備されているTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)とPAC-3(地対空誘導弾)で十分だと考える人々もいる。そのため、日本は自国の防衛をアメリカの軍事力に頼り切っているにもかかわらず、同盟国のために軍事的助力をしようという発想は持ち合わせていないという不信感が増進していることが見て取れる。

いずれにせよ、グアムへのイージス・アショア配備方針の決定は、方針がはっきりせず、スピード感が欠乏した日本政府と日本国防当局への無言かつ強力な問いかけでもあるのだ。

北朝鮮が2019年5月に行った火力攻撃訓練=労働新聞ホームページから

■BMDを断念するのか? 継続するのか?

先月の本コラムで述べたように、BMDは受動的BMDだけで効果的な態勢を確保することは難しく、受動的、能動的、抑止的すべてのタイプのBMDを多様に組み合わせる必要がある。とはいっても、これまで長きにわたってアメリカの軍事力の庇護(ひご)の下に身を置いてきた日本が、ある程度短時間のうちに構築できるBMDは、イージス・アショアの設置による受動的BMDの強化と、非核弾頭搭載の長射程ミサイルを手にするという限定的な抑止的BMDを手に入れることくらいである。

もっとも、BMD態勢の強化ではなく、中国や北朝鮮と外交的取引をして日本に対する弾道ミサイル攻撃の可能性を除去するという方針も、理論的には成り立ちうる。

例えば日中関係においては、東シナ海での領域紛争(尖閣諸島領有権と日中中間線確定)を中国側の要求を日本側が大幅に受け入れる形で解決すると共に、在日米軍施設を直接的な日本防衛以外の作戦拠点として使用することは禁止するといった日米軍事同盟の修正などをする替わりに、日中が参加する「東アジア共同安全保障機構」を発足させる、といった手段があることはある。

しかしながら、中国や北朝鮮だけでなく、アメリカとの外交関係も大幅に修正する必要が生ずるこのような方針は、日本政府にとって現実的オプションかどうかははなはだ疑問と言わざるを得ない。

中国建国70周年軍事パレードに登場した新型長距離弾道ミサイルDF41=2019年10月、北京、仙波理撮影

■スピードが勝負

現在世界中が直面している新型コロナウイルスに対しても、日本政府は「スピード感を持って……」と幾度も口にしている。しかしながら、たとえばPCR検査能力の増強に関しても、日本政府は幾度も「スピード感をもって拡大する」と明言しているにもかかわらず、数ヶ月を経てもPCR検査能力はいわゆる経済先進国としては最低に位置していると言っても過言ではない状況だ。

感染拡大から半年近く経過してもPCR検査すらまともにできず、いわゆる発展途上国諸国なみに留まっているという現実は、日本政府や東京都などが、「『やっている感』だけを宣伝するかけ声」を発するだけで、政策立案と政策実施に全くスピードがないことを如実に曝け出している。

自民党は今月4日、ミサイル防衛に関する検討チームが提言をまとめ、安倍晋三首相に提出した。提言では、イージス・アショアの配備断念を踏まえて、代替機能の確保や「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組み」の検討を求めている。これに対して、安倍首相は「しっかりと新しい方向性を打ち出し、速やかに実行していく」と語り、河野太郎防衛相は「提言を受け止めながら、イージス・アショアの代替策について、そして、新たなミサイルの脅威に対応できるようにどうするか、政府としてもしっかり検討していく」と述べた。しかし、記者から検討の進捗状況を問われると「今しっかり進めているところ」などと答えるだけで、いまだ対応策は見えない。

中国も北朝鮮も着々と弾道ミサイル戦力をスピードを上げて強化している。日本政府は名実ともに「スピード感を持って」、迅速にBMD態勢を強化していかなければ、中国や北朝鮮の対日弾道ミサイル攻撃能力と日本の防衛能力との差は日に日に開いていく一方である。

日本が直面している軍事的脅威は弾道ミサイルだけではない。とはいっても、日本を射程圏に納めている弾道ミサイルは、それを保有する側にとっては日本に対する軍事的ならびに外交的な切り札となっている。BMD態勢に関する議論は、テクニカルな、あるいは戦術的な視点だけではなく、日本の安全をどう守るのかという安全保障戦略の視点を置き去りにしてはならないことを、我々は肝に銘じなければならない。