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イージス・アショア配備中止 敵基地攻撃能力や海上基地艦は代替策になりうるか

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
イージス・アショア配備計画の停止について、配備候補地だった山口県の村岡嗣政知事らに陳謝する河野太郎防衛相(右)=2020年6月19日、山口県庁、山崎毅朗撮影

日本政府が2基の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の調達・配備を中止する意向を表明した。

イージス・アショア配備計画は、これまで日米が共同開発を進めてきた弾道ミサイル防衛(以下、BMD)システムの一つである。日本政府が突然キャンセルすると言い出したことに、米軍側はにわかに信じがたいと受け止めている。

米海軍の対中強硬派の人々からは「陸上に配備して少人数で24時間365日警戒態勢を維持できるイージス・アショアを導入することにより、海上自衛隊と米海軍のイージス・システム搭載艦に余裕が生じ、日本周辺海域での中国海軍に対する警戒態勢が強化されるというイージス・アショア導入のメリットを、日本政府は忘れ去ってしまったのか?」という声が筆者に寄せられている。

また、もともとBMDの効果そのものに懐疑的であった米海兵隊幹部たちの中には、同じく確固たる戦略目的なしに手に入れようとしたにすぎなかったとみなされても仕方がない状況だ、といった批判を口にする人々も少なくない。彼らはこれまでも日本の装備購入に対して、様々な課題を指摘してきた。例えば、多数のMV-22(オスプレイ中型輸送機)の購入には「使用目的も不明確な状態で一度に17機も購入するのは、パイロットと整備要員の養成、専用格納整備施設建造費、メンテナンスコストを考えると高額すぎる投資ではないか?」、わざわざ製造ラインを復活させたAAV-7(水陸両用車)には「海兵隊が使用してきた中古車両のうち100両以上は日本に回せる。わざわざ一両あたり数億円もする新車の輸入は無駄ではないか?」といった声だ。さらにF-35B(海兵隊仕様のF-35ステルス戦闘機)にも「海自は強襲揚陸艦を保有していない上、F-35Bを海自が運用するのか空自が運用するのかも明らかになっていないのに購入するのか?」と疑問視する声も出ていた。

たしかに、防衛大臣の一存に近い意思決定過程を経て、これまで鳴り物入りで進められてきたイージス・アショアの配備を短期間のうちに取りやめにすることなど、軍事常識では考えられない出来事であるといえよう。

BMDは、イージス・アショアを、あるいはイージス・アショアに取って代わるシステムを導入しさえすれば、日本のBMD態勢は万全になる、というような単純な話ではない。BMDシステムを重層的に組み合わせなければ、強力な攻撃兵器である弾道ミサイルの脅威に対抗することなど不可能である。

今回の唐突なイージス・アショア配備の撤回表明は、イージス・アショアを含めた様々なBMDシステムを再検証しつつ、日本のBMD戦略そのものに関する真剣な議論をなす機会を与えた、とも考えることができよう。以下、イージス・アショア配備の代替策をめぐる課題について検討する。

■突然浮上した配備計画中止

米ハワイ州カウアイ島のイージス・アショア実験施設=相原亮撮影

イージス・アショアは超高額兵器だ。日本政府がそれを調達するにあたっては、防衛省をはじめ政府内で慎重に弾道ミサイル防衛戦略が検討された上で導入が決まり、国会でも多額の税金に見合う防衛装備かどうかを徹底的に検証された、と考えるのが国際常識だ。

BMD戦略は、日本に限らずいかなる国にとっても、国防戦略の支柱の一つである。そのBMD戦略を実施するためのイージス・アショアの導入を中止するということは、BMD戦略そのものが(そして場合によっては国防戦略も)抜本的に修正されたと考えるべきである。

しかし現実は、日本の防衛当局がBMD戦略や国防戦略の抜本的な変更を打ち出したわけではない。たしかにイージス・アショア配備計画の中止に替えて、「敵基地攻撃能力」を構築するといったアイデアや、イージス艦を増強するといった案、海上基地にイージス・アショアを設置するといった構想、などが浮上している。しかしながら、それらの代替案はどれも問題があり、イージス・アショア配備計画の撤廃を正当化できる、BMD戦略の修正を伴った善後策とみなすことはできない。

イージス・アショア配備を完全に取りやめる場合、下記のような代替策の見通しが確実なものになってからでないと、日本のBMD態勢が危機に陥ってしまうことは論をまたない。

  • 受動的BMD能力を増強して、配備中止と同等かそれ以上の防衛能力をもたせる。
  • 能動的BMD能力を構築して、配備中止と同等かそれ以上の防衛能力をもたせる。
  • 抑止的BMD能力を手にして、対日弾道ミサイル攻撃を諦めさせる。

上の3つの代替策について、個別に検討する。

■受動的BMDによる代替策

受動的BMDとは、飛来してくる弾道ミサイルを待ち受けて、迎撃ミサイルなどを発射して撃ち落とす方策だ。

駆逐艦や巡洋艦に搭載するイージス・システムや、イージス・システムの地上配備バージョンであるイージス・アショア、地上移動式のPAC-3システム、同じく地上移動式の対空ミサイルシステムS-400「トリウームフ」などが、受動的BMDで用いられるシステムである。

受動的BMDシステムの一つであるイージス・アショア配備計画を他の受動的BMDで代替するには下記の方策が考えられる。

A:イージス駆逐艦の増強

キャンセルされた2基の陸上でのイージス・アショアに替えて、2隻のイージス駆逐艦(日本では駆逐艦を「護衛艦」と呼称んでいるが、BMDシステムの構成要素としての軍艦の呼称は国際標準にしたがう必要がある)が同時に展開できるようにする。ただし、2隻のイージス駆逐艦はあくまでイージス・アショアの代替であるため、365日24時間継続して海上でBMD態勢をとり続ける必要がある。

就役したイージス艦「まや」=2020年3月19日、横浜市磯子区、伊藤嘉孝撮影

軍艦は、燃料や食料の補給だけでなく、乗組員の休養や交代のために適宜母港に引き返さなければならない。そのため2隻に一年中、洋上で常時BMD態勢をとり続けさせるには、理想的には6隻を常時、BMD専用艦に指定しておく必要が生ずる。

また、白紙撤回されたイージス・アショア配備構想によれば、イージス・アショアによる陸上からのBMD態勢に加えて、状況に応じて数隻(2~3隻)のイージス駆逐艦を日本海から東シナ海にかけての海域に展開させて弾道ミサイル攻撃に備えることになっていた。したがって、上記6隻の常時BMD専用艦は、あくまで海上自衛隊が現在保有している8隻のイージス駆逐艦に追加建造して保有する必要があるのだ。

6隻のイージス駆逐艦を追加建造するには莫大(ばくだい)な建艦費用が必要となるだけでなく、最低でも2000人以上の海自隊員を増員しなければならない。そのうえ、イージス駆逐艦がBMD任務を実施するには護衛のための軍艦や航空機も必要となる。

結局、イージス・アショアではなくイージス駆逐艦を主戦力に据えてBMD態勢を維持しようとする場合、海上自衛隊はBMD艦隊となってしまい、海上自衛隊の本来任務(近海域での警戒活動やシーレーン防衛など)がないがしろにならざるを得なくなってしまう。

B:イージス・アショアを搭載する大型船(海上基地艦)の建造

日本沿海域にイージス駆逐艦を浮かべるよりは、艦載用イージスシステムを搭載した海上基地艦を浮かべた方が建造費も運用費もコスト削減となる。ちなみに最新のイージス艦「まや」の建造費は1680億円で、大型コンテナ船をベースに建造する海上基地艦の建造費はおそらく1000億円程度と考えられる。しかも、駆逐艦には300人の乗組員が必要であるが基地艦の場合100人以下で十分である。また、海上基地艦は基本的には同一海域に浮かんでいるだけで良いため予備艦を建造しても3隻保有すれば事足りる。

したがって、6隻のイージス駆逐艦を建造するよりは3隻の海上基地艦を建設した方が、BMDという側面だけに限れば、コストパフォーマンスは高くなる。しかしながら、海上基地艦の護衛にはイージス駆逐艦の護衛以上の艦艇や航空機を投入しなければならないため、やはり海上自衛隊はBMD艦隊となってしまい、海軍としての働きができなくなってしまう。

C:大量のPAC-3を調達して日本中に配備する

日本国内で攻撃目標となりうる場所(原発、火力発電所、大規模変電所、石油コンビナート、石油備蓄基地、各種レーダーサイト、主要飛行場、航空基地、大規模港湾、海軍基地、自衛隊弾薬庫、造船所、放送局、主要な橋、霞が関官庁街など)すべてを防御できるだけの数のPAC-3システムと迎撃用ミサイルを調達し、それらを防御対象付近に設置する。

数百セットのPAC-3と数千発の迎撃用ミサイルを調達(すなわちアメリカから、アメリカの言い値で購入)することは、考えただけでも不可能だ。製造も追いつかず、PAC-3関連車両の配備場所の確保も困難だ。

■能動的BMDによる代替策

能動的BMDとは、敵が日本に向けて弾道ミサイルを発射する直前に、敵の弾道ミサイル発射装置や管制システムを破壊して、物理的に弾道ミサイルを発射させないようにしてしまう方策である。しばしば日本の政治家などが「敵基地攻撃」と呼んでいるが、日本を攻撃する弾道ミサイルはミサイル基地から発射されることはなく、地上移動式のTEL(移動起立型発射機)から発射される。

地上を動き回るTELといえども弾道ミサイルを発射する際には移動しているわけではなく、発射地点に到達して発射まで少なくとも15分程度は静止しているが、そのようなTELを日本が攻撃直前に破壊してしまうことは不可能に近い。

原則として移動する目標であるTELを長距離巡航ミサイルで攻撃することは100%近く不可能である。攻撃直前にTELを破壊するには、敵地奥深くに特殊部隊を投入して、攻撃態勢に突入したTELを「手動」で破壊するか、攻撃機を敵地に侵攻させて、攻撃態勢に入ったTELを空対地攻撃ミサイルや精密誘導爆弾で攻撃する方法が考えられる。だが、自衛隊がそのような行動をとるのは不可能だ。

■抑止的BMDによる代替策

抑止的BMDとは、強力な報復攻撃戦力を手にして、「万が一にも日本に対して弾道ミサイル攻撃を実施した場合には、その数倍の威力を持った報復攻撃を加える」という姿勢を示すことにより、敵の対日弾道ミサイル攻撃の意図をくじく方策である。すなわち、報復攻撃能力を手にして抑止効果を期待する戦略である。具体的には、下記の手段が考えられる。ただし、抑止効果はあくまで敵側の主観であるため、確実なBMDとはいえない。

A:大量の長射程ミサイルによる能動的BMD

敵の政治指導部や軍事指導部、さらに戦略的要地などをピンポイントかつ一挙に破壊することができる局地的な報復攻撃力、すなわち大量の長距離巡航ミサイルと弾道ミサイルを保有して、万一に際しては強烈な報復攻撃により敵指導者や戦略要地を灰燼(かいじん)に帰すことを宣伝する。ミサイルはともに非核弾頭搭載で、個々の破壊力は限定的になるが、命中精度は極めて高くなければならない。

B:核報復力による能動的BMD

核搭載弾道ミサイルを多数保有し、MAD(相互確証破壊)の状態を創り出す。技術的には可能だとしても、国内政治的にも、外交的にも至難の業であり、現状では単なる理論的オプションにすぎない。

■多様な方策によるBMD態勢が不可欠

上記の受動的BMD、能動的BMD、抑止的BMDは全て補完関係にあるため、受動的BMDのイージス・アショアに取って代わる唯一の方法というものは存在せず、理想的には上記全ての方策を手にする努力が不可欠である。

筆者の分析によると、現在の日本が置かれている戦略環境そして国内状況下において可能かつ効果的と思われるBMD態勢は、イージス・アショアの設置——設置場所は佐渡島と福江島——による受動的BMD能力の増強と、非核弾頭搭載の長距離巡航ミサイルあるいは非核弾頭搭載の弾道ミサイル保有による限定的ながらも抑止的BMD能力の取得ということになるが、この問題の詳細については稿を改めたい。

日本の国防当局はイージス・アショア配備を取りやめる意向を打ち出したが、それによってアメリカが日本に対してイージス・アショアの輸出を禁止したわけではない。日本政府そして国会は、いま一度BMD戦略そのものの必要性や、イージス・アショアの復活も含めていかなる方法を組み合わせて日本を弾道ミサイルの脅威から守るのかに関して、直ちに再議論を行わねばならない。

その議論は、口先だけでなく真に「スピード感を持って」実施される必要がある。日本国民は現時点でも数百発の弾道ミサイルが降り注ぐ環境下で生活していることを忘れてはならない。