パリから高速鉄道(TGV)で南進すること3時間。2月中旬、ニーム駅(①)を降り、開放的な目抜き通りを歩くと、白壁の建物に反射した強烈な陽光で目がくらくらした。
かつて南仏の要所として栄えたニームには、古代ローマ時代の遺跡がいたるところに残る。その中心にデンと構える円形闘技場(②)はローマ時代の姿を現代に残す貴重な建造物だ。古くは織物業が盛んな土地でもあり、デニム生地の発祥地ともされる。そんな歴史の薫りが漂う地方都市で、新しいスポーツが盛り上がっていると聞いて町唯一の大学を訪れた。
2007年に開学したニーム大学(③)。17世紀に城塞が築かれた場所で、お堀に囲まれたキャンパスが当時の雰囲気を残す。芝生が覆う堀の底を見学していると、こぶし大の黄色いボールを投げ合う学生たちの姿が目に入った。これがベースボール5(BB5)だという。
「発展途上の競技だけど、投げる、捕る、走る、総合的な運動能力が向上できるスポーツです」。教授のオリビエ・スケナジは胸を張った。
BB5はバットを使わない「手打ち野球」。ゴムボールがあれば場所を問わず男女で楽しめる手軽さが売りだ。記者が少年時代、教室の片隅で熱中した手打ち野球を、南仏の大学で見るのは不思議な感覚だった。
4年前、フランス野球ソフトボール連盟会長のディディエ・セミネが野球の普及方法を考えていた時、たまたまユーチューブで「street baseball」と検索したのが始まり。キューバの路上で手打ち野球に興じる若者の動画が出てきて、「直感的に面白いと思った」。野球人口が伸び悩むフランス。狭い場所で、道具を使わず、遊び感覚でできるスポーツはうってつけだった。
セミネは世界野球ソフトボール連盟(WBSC)に働きかけてルールを整備した。試験的にアフリカで大会を開き、野球を知らなかった地域の若者が楽しむ様子を見て、「成功する」と確信した。フランス国内で普及活動を始めたところ、競技人口は3年間で約2000人に。BB5に取り組む草野球チームも増えている。WBSCが18年、野球不毛の地域での普及をめざして新競技に導入。26年に開催が延期されたユース五輪では追加競技に入った。
ニーム大学の校舎の窓からは、夕日に染まる町並みが一望できた。モンペリエなど近隣の大学と比べると、ニーム大学は新興で、小規模。だからこそ独自色にこだわっている。「それが大学のアイデンティティーなんだ。BB5のような新スポーツに挑戦する意味は大きい」と総長のブノア・ロアグ。遺跡とデニムで知られた町に、もう一つの代名詞が加わるかもしれない。
■失敗から生まれた名物料理
円形闘技場をぐるぐる巡り、腹ぺこで飛び込んだのがブラッスリー「シェ・ウベール」(④)。窓から日差しが入る店内で、名物「ブランダード」を注文した。
ゆでたタラの背の身に、オリーブオイル、ニンニク、少量の生クリームなどを混ぜ、火を入れながら丁寧に練り上げる郷土料理。ムースでもなく、パテやスフレとも違う、ふわふわとした絶妙な柔らかさ。それでいてタラのうまみと繊維質がしっかりと残り、いつの間にか口の中で消えてしまう優しい味わいだ。香ばしいバゲットに乗せると、これまた抜群の相性だった。
マネジャーのパンザニによると、もともとは魚とジャガイモと調味料を混ぜ合わせる料理だったが、ある時、この町の料理人がジャガイモを入れ忘れた。お客がそれを気に入って、「ジャガイモ抜き」が定着した。「失敗から生まれた料理だけど、ニームの人はこれが大好き。新鮮な魚を使うことが、おいしさのカギだよ」と教えてくれた。
■ローマ時代の水道橋も
ニーム周辺で円形闘技場と並ぶ名所と言えば、ローマ時代に建造された巨大な水道橋のポン・デュ・ガール。高さ約50メートルの3層構造。かつてはニームへ水を運ぶための導水路として活用された。ユネスコの世界遺産に登録されていて、多くの観光客を魅了している。(波戸健一、写真も)