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大学のキャンパスライフで諦めざるを得ない「濃密な交流」

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Bringing millions of students back to campus would create enormous risks for society but comparatively little educational benefit, an economist says. (Ellen Weinstein/The New York Times) -- FOR USE ONLY WITH NYT STORY SLUGGED ECON-VIEW BY SUSAN DYNARSKI FOR JULY 5, 2020 -- ALL OTHER USE PROHIBITED. --
何百万人もの大学生がキャンパスに戻ってくると、大きな社会的リスクが生じる。だが、その割には教育上の利点は少ないと経済学者が指摘する=Ellen Weinstein/©2020 The New York Times

毎年秋、何百万人もの学生たちが大学のキャンパスに向かう。ほとんどが地元からの通学者だが、他の州からやってくる人も多い。

学生たちは、込み合った住居に入り、パーティーやミキサー(懇親会)、バーで友人たちと再び繋がり合うのが一般的だ。通例では、授業が始まると、大教室や小さなセミナールームに来てお互いくっつき合って座り、書籍やパソコンをのぞき込むのだ。

いつもの年なら、喜びにあふれた場面である。パンデミック(感染症の大流行)のさなかにあっては、疫学的悪夢になろう。

今秋の大学は、パンデミックの加速を避けようとするなら、大きく違ったものになる必要がある。ところが、財政的および政治的な圧力を受け、多くの大学は学生たちの教育と公衆衛生、経済的健全性といった問題でどこに妥協点を見いだすかという難しい判断を含めた数々の選択を迫られている。

大学は、世界の多くが今年の春にロックダウン(封鎖)に突入した時、最初に対応した機関の一つだった。キャンパスは閉鎖され、学生は中断された学期をオンラインで修了した。現在、大学当局はこの秋、どう再開するかに考えをめぐらしている。

恐ろしくももっともな事態の連鎖が起きる。大学が学生をキャンパスに戻すと、そこで彼らは大学生らしく振る舞う。コーヒーを飲みながら会合をしたり、パーティーやバーに行ったり、デートしたり、混雑した寮に集まったりする。ウイルスは学生たちの間で素早く拡散するが、感染者の大半はすぐに回復するかまったくの無症状だ。

だが間もなく、ウイルスはより高齢で脆弱(ぜいじゃく)な大学の教職員や地元住民に行きつく。感染症が急増する。大規模な大学では大学病院が病人の治療にあたるが、地方の大学の近くにある小さな地域病院はすぐにお手上げになる。

誰も、そうした事態が起きてほしくはない。残念なことに、伝染を最小限に抑える選択は、教室や文化的な催事、政治活動、スポーツイベントでの濃密な社会的交流を通じて築かれる大学での幅広い経験を損ないかねないのだ。

カリフォルニア州の州立大学システムは、50万人近い学生の教育をオンラインで維持する計画を立てている。200万人の学生が登録する同州のコミュニティーカレッジシステムも同じ計画だ。これらのキャンパスは引き続き閉鎖される。

しかし、多くの4年制大学は授業をオンラインと対面式の混合型で行うことを計画している。ボストン大学は、やはりボストンにあるノースイースタン大学と同様、学生がオンラインだけで授業を受けるか、いくつかの授業は対面式で受けるか選択を認めるようにする。スタンフォード大学は、四半期ごとに、学生の半数がキャンパスに来られるようにする。

学生の移動を最小限にするために、多くの大学はアカデミックカレンダー(学校の行事日程)や学期間の休暇を圧縮する。ミシガン大学では、学生を感謝祭に帰宅させ、オンラインでその学期を終えられるようにする。

全米各地で、大学に戻ってきた学生たちは変容したキャンパスに気づくだろう。多くの大学では、学生は寮の部屋に1人で住み、食事は弁当にするか食堂で時間差をつけて交代でとる。大学が認可するパーティーやスポーツイベントは、何かあるとしても、ほとんどない状態になるだろう。教職員や事務員もそうだが、学生たちはマスクをする。ただし、マスク着用の方針は、州や市で違うように、大学によって異なるだろう。

授業は、多くの大学が学生をキャンパスに戻すとしても、おおむねオンラインで行われるだろう。それは単に、他の方法をとるのに十分な教室のスペースがないからだ。学生同士が6フィート(約183センチ)――ソーシャルディスタンスの標準要件――の間隔をとると、教室には通常の収容人員のほんの一部しか入れない。数百人が入れる大講堂でも、各列に空席を設けると、数十人しか安全に座れない。

多くの学生がオンラインの様式に苦労しているが、そこに論点がある。最も重要な問題は、学生がオンライン授業を主にどこで受けるかだ。自宅からか、キャンパスからなのか。

大学は、講義棟にいる学生の行動ならそれなりに制御できるが、教室の外だと非常に弱い立場になる。何しろ、大学は学生のアルコールの乱用などキャンパスでの危険な行動を阻止するために長年にわたって苦労してきたのだ。学生同士の物理的接近を防ぐのはまず不可能と心配する向きは多い。

フロリダやサウスカロライナにおける最近の新型コロナウイルスの激増は、学生に人気があるフラタニティ・パーティー(訳注=男子学生の社交パーティー)やバーが関連していた。日本での証拠が示しているように、若者たちがカラオケ店やバーに集まってその国にウイルス感染を急増させる多くの種をまいたのだ。

米陸軍が新兵を訓練しているジョージア州のフォート・ベニングで起こった問題を検討してみよう。今春、この基地に来た新兵640人のうち新型コロナ検査が陽性だったのはわずか4人だったが、その後数週間で100人以上が感染した。厳格なソーシャルディスタンスや安全の手順を守らせるという点で、大学の方が軍隊より効果的とは考えられない。

それでも、学生の一部は教育を続けるためにキャンパスに戻らざるを得ない。それには多くの理由がある。彼らの家には静かで安全な学習環境がないかもしれないし、信頼できるインターネットがないかもしれない。それに、看護研修や化学実験のように、オンラインだけでは教えられない授業もあるからだ。

学生をキャンパスに戻すことには非常に大きな健康上のリスクが伴うのに、なぜ多くの大学がキャンパスの再開を約束しているのか?

その答えは単純だ。財政的な存亡がそれにかかっているからである。多くの4年制大学、とりわけ難関校は単に教室での勉強だけでなく、クラブや運動競技、文化活動、政治活動、専門分野でのネットワークづくりといった社会的経験を提供している。

キャンパスでの経験を約束しなければ、1年休学したり、もっと学費が安い大学に転校したりする学生が出てくるかもしれない。加えて、公立大学は、大幅な税収減に対応する州政府からの大幅な予算削減に直面している。こうした大学が学費その他の費用や寮費、食費からの収入も失うとすれば、プログラムを閉じ、多くの職員や教員を解雇しなければならなくなる。高等教育がそうした損失や混乱から回復するには、うまくいっても数十年はかかるだろう。

経済学者として、筆者はたびたび「いまも大学には価値があるのか」と尋ねられる。私の答えは、ほぼいつもイエスだ。大学の学位を取得することによる生涯の見返りは、健康と富の点で非常に大きく、高い学費さえちっぽけにみえてくる。雇用状況がひどい時は、大学教育はとりわけ賢い選択だ。

だが、このパンデミックにあっては、大学の経験というものを変えなければならないだろう。キャンパスに学生を集めるのはギャンブルだ。それは社会的に特大のリスクを生み、学生にはわずかな利益しかもたらさない可能性がある。(抄訳)

(Susan Dynarski)©2020 The New York Times

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