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アメリカの若者がデモに出る理由 「抗議する権利」の重みが違う

アメリカに生きる
ホワイトハウス前の通りを埋め尽くしたデモの参加者=2020年6月6日、ワシントンDC

■子供たちとの会話

“Dad, what do you think of the protest?” (お父さん、抗議デモのことどう思う?)

自宅で食事をしていると、大学生の長女が聞いてきた。長女はボストン、高校生の長男はニューヨークで暮らしているが、新型コロナウイルスの感染で学校が閉鎖されたこともあって、しばらくワシントン郊外の私のアパートに滞在している。

「平和的なデモは、いいんじゃないの」

そう答えた私は「プロテストに参加している友達はいる?」と聞いてみた。

「みんな参加しているよ」

ニューヨークのコロナ禍を経験した子どもたちは、外出に極度に慎重になっている。

「コロナがなかったら、デモに参加していた?」

「そうね、もちろん」

新型コロナウイルス対策として、参加者のほとんどがマスクをしていた

幼少時からアメリカで育った2人にとって、デモに参加するということは、特別なことではない。長女が参加したという、移民問題でのデモについて話していると、ブルックリンの公立高校に通う長男も話に加わってきた。

「僕も銃規制のプロテストに参加したよ。みんなで学校の外に出たんだ。その後に戻るはずだったんだけど、戻らない人もたくさんいて、僕もそのまま帰った」

長男が言っているのは、2018年にフロリダの高校で起きた銃乱射事件を機に、全米の高校生が行った銃規制を求める行動だ。

しかしそのまま帰ったというのは、単に学校をさぼったということでは……。

そんな親の心配をよそに、長男の口ぶりはどこか誇らしそうで、「僕だって社会の課題をちゃんと考えているんだ」とでも言いたげだ。

■参加者の大半が若者だった

6月6日、警官に首を押さえつけられたジョージ・フロイドさんが死亡する事件が起きてから、最大規模の抗議デモがワシントンDCであった。

ホワイトハウス周辺に向かうため地下鉄に乗ると、車両の中にいるのは、自分以外のほぼ全員が若者だった。みなが、メッセージを書き込んだ手作りのプラカードを手にしている。友達同士のグループやカップルで来ている人も多く、なんだかイベント会場に向かうような雰囲気だ。

ホワイトハウス周辺に到着すると、ワシントンDCの市長がBlack Lives Matter Plaza(「黒人の命も大切だ」広場)と新たに命名した通りを、大勢の人たちが埋め尽くしていた。

ホワイトハウス前の通りは、ワシントンDCのバウザー市長によってBlack Lives Matter Plazaと改名された

事件直後のデモは昼間でも緊迫した空気が漂っていたが、この日は初期のものと比べると、だいぶ緩やかな雰囲気だ。

時折「No justice, no peace!(正義なくして平和なし)」「Black lives matter!」などのチャント(かけ声)が自然発生的に響き渡るが、特定の団体が全体を指揮しているわけではないので、集まった人たちの大半は、プラカードを掲げながら歩いたり、座り込んでおしゃべりをしたりしている。

ちなみにワシントンDCでも、事件直後の夜は商店の窓ガラスが割られたり、落書きや出火騒ぎがあったりしたが、3日目以降は落ち着いている。この日のデモでも、一人の若い男性が建物の高いところに上ろうとすると、すぐに周りが注意して降ろさせる場面があった。デモが平和的に行われるよう、みなが気をつけているようだ。

デモの参加者に、水と食事を提供するNGO

ホワイトハウス周辺で続くデモには、二つの特徴がある。

一つは若い世代が大半を占めていること。もう一つは、黒人に限らず白人やヒスパニック、アジア系など多様な人々が参加していることだ。黒人だけではなく、差別に反対するすべての人々の運動ということが一目でわかる。人数でいえば、一番多いのは白人だ。

感染対策のため距離を取りながら7人に話を聞いてみたが、いずれも団体などの動員ではなく、個人として来ていた。

「何度も同じことが繰り返されている。これ以上家にいて、ただニュースを見ているわけにはいかなかった」(友人と一緒に来た24歳の白人女性)といった声だ。

なぜこれほど多くの、しかも多様な若者が参加しているのか。

どの時代でも、現状に異を唱え、変革の先頭に立つ若者は大勢いた。キング牧師が有名な「私には夢がある」の演説をしたのは34歳のときだ。

不透明さが増すいまの世の中で、これからを生き抜かなければならない若者の不安や心配は、より大きいのかもしれない。米国ではここ数年、銃規制や気候変動など、若者が主導する形で広がった運動が目立つ。

差別に関する、世代間の意識の違いもある。党派を問わず、若い世代のほうが「黒人は公平に扱われていない」と思う人が多いという、ピュー・リサーチ・センターの調査結果がある。

参加者はそれぞれ、手作りのプラカードを持って参加していた

そして、複数の参加者が共通して口にしたのは、「ソーシャルメディアに親しんでいる私たちの世代は、情報にアクセスしやすい」(30歳の黒人女性)といった声だ。

誰もがスマホのカメラを持っている社会では警官による暴力は可視化され、あっという間に広がる。抗議デモがいつ、どこで開かれるかといった情報も、皆インスタグラムやツイッターを通じて入手している。

■デモ参加を届け出制にしようとする日本との違い

ただ、こうした特徴は、米国の若者に限ったものではない。日本人の私がアメリカで生活してきて感じるのが、そもそも社会におけるデモの位置づけが、日本とは根本的に異なるという点だ。

この国の人々にとって、デモに参加するということはどういう意味を持つのか。

先月大学を卒業したばかりのケルシー・ヒルトンさんは「興味深い質問ですね」と言って一瞬考えた後、こう答えた。

「私たちは民主主義を信じていますし、これが民主主義の姿ではないでしょうか。政策変更を求めるときなどに集まって声を大きくして、メディアの注目を集めるための方法でもあります」

ポトマック川を挟んでワシントンDCに隣接する、バージニア州アーリントンからやってきた27歳の男性は、こう言った。

「この国の人々にとって、『抗議する権利』はとても大切なものです」

今回に限らず、デモについて語るときにアメリカの人々がしばしば口にするのが、「ファースト・アメンドメント(憲法修正第一条)」という言葉だ。この条項は表現の自由や報道の自由と共に、「平和的に集会する権利」を保障している。

つまり、集会を開いて声を上げるということは、憲法で定められた主権者の大切な権利ということだ。米国でのもう一つの重要な政治参加の手法に請願(petition)があるが、これも修正第一条で定められた権利だ。

それは、イギリスの植民地支配に対して人々が立ち上がって共和制国家をつくったという、この国の歴史に根ざしている。

日本では数年前、高校生による休日や放課後のデモ参加を学校への届け出制にする動きが報じられたが、アメリカの公立高校では考えられないことだ(ちなみに集会の自由は、日本でも憲法21条で保障されている)。

民主主義社会における政治参加は、投票だけではない。アメリカ社会の病理が表面化した今回の事件だが、アメリカの民主主義の底力もまた、垣間見える。

(大島隆、写真も)