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国に一人しかいない難病の子供とコロナ禍を生きる 小さな幸せに気づいた

World Now 更新日: 公開日:
マルタのダニエラ・アタードさん(左)と、先天性の難病で常時見守りが必要な長男メイソンくん(2)、夫マルコムさん=ダニエラさん提供

新型コロナ 世界からの証言⑪ マルタから 新型コロナウイルスは昨年暮れに中国で感染者が初めて確認されて以来、瞬く間に世界に広がった。地域、世代、職業を問わず、世界中でだれもが日々の暮らしに様々な制約や変化を強いられた。人々はどんな変化に直面し、どんな思いを抱き、未来にどんな展望を描いているのか。グローブ編集部の記者が聞いた、統計数字からは見えてこない市井の人々のリアルな声をシリーズでお届けする。
11回目の今回は、マルタの首都バレッタ近郊に住む公認会計士ダニエラ・アタードさん(31)が、難病の長男を故郷で育てようと準備に奔走していた矢先の新型コロナ禍で、目にした島の変化を語った。(構成・渡辺志帆)

■難病の息子は在宅療養

――英国で働いていた2017年にマルタで里帰り出産しました。生まれた長男のメイソンくん(2)は睡眠時に呼吸が止まってしまう非常に珍しい難病、先天性中枢性低換気症候群(CCHS)で、すぐに英国に戻って手術を受けました。メイソンくんは、睡眠時に切開した気管に人工呼吸器をつなぐ必要があり、新型コロナウイルスに感染すれば命が脅かされます。再びマルタに戻ったのはいつですか。

19年8月です。メイソンをマルタの自宅で療養させる準備を整えるのに5カ月かかりました。マルタにCCHS患者はメイソンしかいないようです。似た状態の人はいても、入院しているため医療物資に困ることはありません。ところが、メイソンの場合は必要とする一部の医療機器は英国でしか販売が認められておらず、マルタに持ってくるにはイタリアの業者を通す必要があるなど、とても煩雑でした。マルタ政府は機器購入費に補助を出せないというので、慈善団体の力を借りました。

――マルタの新型コロナウイルスの状況を教えてください。

(最初の)感染のピークは過ぎました。幸運にも、さほど深刻ではありませんでした。マルタで最初の感染者が出たのが3月7日です。すでに隣国のイタリアが深刻な状態で、感染を恐れるマルタの人々は、政府が都市封鎖(ロックダウン)を宣言するまでもなく、店やレストランを閉め、外出をやめました。3月下旬に生活必需品を扱わない小売店やサービス業に政府の休業命令が出て、開いていたのはスーパーと薬局くらいでした。やがて、いくつかのカテゴリーに当てはまるリスクの高い人たちに外出禁止令が出ました。65歳以上の人やがん治療中の人、慢性の病気がある人たちで、メイソンも当てはまりました。

■外出禁止令違反に高額罰金

――一連の外出禁止措置に罰則はあるのでしょうか。

政府は公共の場で3人以上が集まることを禁じました。違反すれば1人あたり100ユーロ(約1万1500円)の罰金です。新型コロナに感染した人が隔離中に外出すれば1万ユーロ(約115万8000円)の罰金、海外からの帰国者が2週間の在宅検疫期間中に外出すれば、1回3000ユーロ(約35万3000円)の罰金です。休業命令に反した場合も3000ユーロの罰金です。

――休業命令にともなって政府からどんな財政的支援がありますか。

影響を受けたフルタイムの従業員に1カ月800ユーロ(約9万3000円)が支払われます。参考までにマルタの最低賃金は月780ユーロ(約9万2000円)です。休業命令に従った美容師ら自営業者にも支払われます。ただ、5月4日から生活必需品を扱わない小売店の休業命令は解除されたので、それらの店に関しては、支援は打ち切られます。

――自身の仕事はどうなりましたか。

私は英国での会計士の仕事を遠隔で続けつつ、マルタでパートを見つけました。パートでは会社が在宅勤務を認めておらず、通勤していましたが、コロナの影響を受けて在宅ワークに切り替わりました。夫マルコム(35)は地元のサッカークラブのコーチで、学校施設の閉鎖にともない休業せざるを得ませんでした。

■観光業に大打撃

――マルタの基幹産業である観光業はどうなりましたか。

マルタの観光シーズンは例年5月から9月下旬です。でも現時点(インタビューをした5月8日)で観光客の入国は認められておらず、この措置がいつまで続くかも分かりません。今年は例年とはまったく違った夏になるでしょう。国際空港は一般の旅客に閉ざされたまま。マルタにとって空港はとても重要です。観光立国で、島国のため生活必需品の多くや薬も航空便頼みだからです。だからこそ、空港を閉鎖するのが遅れ、感染者がその分、増えてしまったのだと思います。

――空港閉鎖はメイソンにも影響があったのではないですか。

メイソンは今年6月か7月かに英国へ定期検診に行く予定でしたが、当面は無理でしょう。空港は閉鎖されているし、コロナをめぐる英国の状況も思わしくないからです。

――新型コロナウイルスによる影響はほかにもありましたか。

英国で療養していた時、夜間は専門の看護師が付き添ってくれていました。寝ている間に人工呼吸器が外れたり、血中の酸素濃度が下がって警報が鳴ったりした時にも、対処できるようにです。でも現状、メイソンの世話をできるのは私たち夫婦と私の母しかいません。そこで、私たちは、英国のような夜間看護師制度の導入をマルタでも政府に求め、政府から月に1500ユーロ(約17万4000円)を上限に資金給付が認められ、夜間看護師を募集しようとしていた矢先でした。週4日は看護師を頼めるはずでしたが、コロナの影響で中断してしまいました。

また、メイソンは今年10月から2年制の幼稚園に通い始めるはずでした。それにも看護師の付き添いが必要です。でもコロナの影響で準備のための打ち合わせができず、学校設備のチェックにも行けません。義務教育ではないため、来年の入学を目指そうと思います。

■ささやかな幸せに感謝

――感染を防ぐために、家庭でどんな対策を講じていますか。

買い物にはマスクをして出かけ、家の外から持ち込んだものは、すべて除菌シートで拭いています。着ていた服はすぐに脱いで洗濯かごに入れ、シャワーを浴びます。これまでも、呼吸器に問題を抱えたメイソンが病気にならないよう、友人や家族に玄関の外で靴を脱いでもらったり、家の掃除を頻繁にしたりして気をつけてきましたが、除菌シートまでは使っていませんでした。

また、家族や友人とも一切会っていません。彼らの中には今も仕事に通っている人もいて、誰がどこで感染するか分からないからです。

――コロナ禍でマルタ社会にどんな変化がありましたか。

地元の友人とSNSでよく話題になるのは、以前よりも、生活の中のささやかなこと、素朴なことに感謝の念を抱くようになったことです。私たち夫婦の場合は、メイソンが生まれて病院で多くの処置を経験する中で、哺乳瓶を吸えただとか、ほんのわずかな成長にも感謝してきました。でも、この状況下で、多くの人が自分の周囲の自然や家族に感謝するようになったと思います。マルタは小さな島国で、毎朝の交通渋滞もひどかったのが、通勤する人が極端に減って、大気汚染が改善されました。クルーズ船や漁船の行き来のない港には、野生のイルカも戻ってきました。

私たちマルタ人は家族思いで、私たちにとって家族はすべてです。英国の方が、CCHS患者の治療例の蓄積もあって、医療上の選択肢は多いかもしれません。でも、すべてをてんびんにかけて帰国を決めました。ここには家族がいます。夏の日差しもあります。ゆったりとした島の暮らしがあります。今は自分たちの両親にも会えていません。会って抱きしめてキスすることはできませんが、実家の前を車で通ると窓から手を振ったりしています。