「第2のシリア」懸念強まるリビア 介入するトルコが込める「リベンジ」の思惑
約2000キロ離れ、隣国でもないリビアに、なぜトルコが関与しているのか、トルコにとっての利益は何か、停戦は実現するのか――。コロナの陰に隠れ、見えにくいリビア情勢を、トルコを中心に整理したい。(近内みゆき)
アラブの春がリビアに波及したのは2011年2月。カダフィ政権打倒を目指す大規模デモが発生し、カダフィ派と反カダフィ派で対立が激化した。NATOによる空爆もあり、同年10月、40年以上続いた独裁政治は、カダフィ氏殺害で幕を引いた。
しかし、その後の国家再建への国際的関心は薄く、圧政下で抑えられてきた地方の有力集団や部族勢力が各地に割拠し、国土は分裂状態に陥った。
14年6月の暫定議会選で、東部トブルクで招集された議会をリビア西部にある首都トリポリ側は認めず、その後トリポリとトブルクを拠点とする2つの政治勢力の対立構造が生まれた。国連の仲介で15年12月に統一政府の樹立が合意され、トリポリに暫定政府が発足したが、東部トブルク議会はこれを拒否。現在に至るまで二大勢力の抗争が続いている。
国連は2011年に武器禁輸措置を課したが、リビアの豊富な埋蔵量を誇る石油・天然ガスの魅力も相まって、政府軍、反政府軍双方への軍事支援は継続、措置は有名無実と化している。トルコが支援しているのは、国連が承認する暫定政府側だ。湾岸諸国との断交で孤立しているカタールもトルコと足並みを揃える。
一方、東部を拠点とする反政府軍を支援するのは、反トルコ・カタールを鮮明にしているエジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)のほか、ロシア、フランス、ギリシャなどだ。反政府側の軍事的支援は主にロシアの民間軍事会社「ワグナー」とUAEが担っているが、ロシアはワグナー社との関係を否定している。
ワグナー社はシリアにも展開し、アサド政権軍を支えているが、シリアからリビアへ、戦闘員の増強が行われ、リビアには1000人前後がいると言われている。一方で、トルコもシリアの反対体制派をリビアに送り込み、政府軍に加勢させているといい、代理戦争によるリビアの「シリア化」が懸念されている。
2019年4月からの反政府軍の攻勢で、年末には首都トリポリが陥落間近となったが、今年に入りトルコが、暫定政府との間の軍事協定に基づき支援を強化。ドローンやミサイルシステムを導入し、政府軍を立て直し、形勢を逆転させた。5月にはトリポリ近郊にある反政府軍の空軍基地も奪還。さら反政府側のロシア製防空システムを破壊するなどした。こうした攻勢を受け、ワグナー社戦闘員は、5月下旬に内陸部や東部に退避したと伝えられている。
暫定政府側はその後、少なくとも8機のロシア軍戦闘機がシリアからリビア東部に配備されたと発表。反政府側による巻き返しの意図が公にされた。
トルコは、こうしたロシアの動きを注視しつつ、リビアへの戦闘機配備も検討し始めた。元トルコ軍で非正規戦争を専門とする軍事アナリストのネジデット・オズチェリッキ氏は、「これまでの両国のドローンを中心とした戦いは、戦闘機配備で通常空軍力の対峙にシフトする可能性がある」と指摘する。
トルコ、ロシア双方の狙いは、制空権を確保し有利に立つことだ。トルコはいまだ地上軍の配備には至っていないが、政府軍の軍事訓練などでトルコ軍から数百人規模が派遣されている。6月にはトリポリ国際空港も奪還した。リビア国内に様々なトルコ軍の拠点を持つトルコの強みは、「空軍力の配備と戦闘、兵站を、トルコ一国で賄えること」(オズチェリッキ氏)。トルコ国内に地中海、エーゲ海に面した複数の空軍基地を持ち、万一の際にはすぐに援軍が駆け付けられる態勢を整えており、すでにこれらの海上でのパトロールも頻繁に行われているという。
一方、ロシアは、現在まで正規軍を配備しておらず、正式にはその存在を認めていないワグナー社頼みであり、援軍の戦闘機はシリアにある空軍基地からとなる。兵站は他国にも頼らざるを得ず不利な状況にある。
ロシアが正規軍を展開し、ロシア優位で進むシリア内戦に比べ、リビアでは現状、トルコが有利とみられている。「国連が承認する」政府軍を支援している、というのがトルコに正当性を与え、アメリカとNATOからの支持表明もトルコを勢いづける。「外交的解決が第一」としつつも、トルコは攻勢を弱める様子はない。攻撃は反政府軍側を標的にしているがオズチェリッキ氏は、「実際には、対ロシアが強く意識されている」と指摘する。トルコにとってはロシアへの「リベンジ」の意図もあるという。
今年2月末、シリア北西部のイドリブ県でトルコ軍兵士がロシア空軍の援護を受けたアサド政権軍による攻撃に遭い、一度に30人以上殺害された。これだけの数が一度の攻撃で死亡したのは、1974年のキプロス紛争以来であり、国民の衝撃も甚大だった。しかし、その後の両国の停戦協議では、軍事的優位を保つロシアに大幅譲歩を迫られ、メンツを大きくつぶされたという苦い思いがトルコにはある。リビアでの事実上の対ロシア攻勢は、その借りを返す意図も見て取れるという。
また、カタールのほかに政府軍を継続的に軍事支援してきた国がなく、多くの国が複雑に関わっている反政府軍側に比べ、思惑のもつれがないことも、トルコに有利に働いている。
東地中海の天然資源開発でトルコと対立する国々は、5月11日、エジプト主導の下でリビアと東地中海におけるトルコの「敵対的な動き」に抗議する共同声明を発表した。ギリシャ、キプロスのほか、UAE、フランスが加わっている。声明では、昨年11月末にトルコとリビア暫定政府が結んだ、東地中海における排他的経済水域(EEZ)設定協定と安全保障協定の2つの覚書について「違法で無効」と訴えるとともに、東地中海で天然ガスの独自探査と掘削を進めるトルコの動きを非難した。(2020年1月2日付本連載「東地中海で今、何が起きているのか 天然ガスがもたらすせめぎ合いを読み解く」)
この二つの協定は、孤立するトルコが、リビアを味方につけ、トルコ包囲網による海底パイプライン計画にくさびを打つべく結んだものだ。トルコによる軍事支援を主とする安全保障協定は、いわばリビアにとっての見返り協定と言える。
だが、5か国の足並みはそろわない。UAEとフランスは東地中海に面しておらず、資源開発の直接的当事者ではない。フランスとギリシャは政治的に反政府側を支援しながらも、EU・NATO加盟国としてロシアとは対峙している。こうした事情を見越してか、トルコは今年も探査、掘削計画を着々と進めている。5月末、トルコのエネルギー相は、「リビアとの協定に基づき、向こう3,4か月の間に再び東地中海で探査を行う計画だ」と公言した。
トルコでの今年1月の大手世論調査会社2社による調査では、リビアへのトルコ軍派遣に賛成する人はいずれも30%台にとどまった。シリアにおける複数の軍事作戦はそれぞれ75%以上の支持があったことと比べると、半分以下の支持だ。
シリアへの軍事作戦では、政府は国内治安にも深刻な影響を及ぼしているクルド武装勢力との戦いであることを訴え、人々の支持を集めてきた。だが、リビアの場合、そうした説得材料がない。人々の最大の関心事項は、トルコの通貨リラ安が進む中でコロナウイルスによる経済への打撃をどう立て直し、乗り切るかに集まっており、「他国の内戦に関与している余裕などない」との声もある。
一方、「支持率が低いからこそ、具体的な『戦利品』を国民に提示する必要がある」と指摘する専門家もいる。そのためには、トルコにとって、暫定政府側の勝利は最重要ミッションとなる。
リビアに対し、あいまいな態度をとってきたアメリカは、アフリカに展開する米軍アフリカ司令部が5月26日に声明を発表し、ロシアの戦闘機配備に言及。戦闘機は、ロシアからシリア北西部空軍基地に到着後、ロシア軍機と判別できないようカモフラージュされてからリビアに配備されたという。さらに、「ロシアは、シリア内戦と同様、ワグナー社を使いリビアでの形勢逆転を狙っている」と指摘。また、「ヨーロッパ南部に深刻な安全保障上の懸念が生じる」とNATOに対しても警戒を促した。
NATOも先月中旬、ストルテンベルグ事務総長が、政府側支持を表明。国連の枠組みで和平協議を始める必要性にも言及した。
EUにとってはリビアは、シリアと同じく難民流出国であり、難民が地中海を渡る際の玄関口の1つとなっている。リビア情勢の不安定化が続けば、難民問題を再燃させる恐れもある。内政問題にも影響するため、各国は事前に手を打ちたい考えだ。
だが、EUは2015年以降、暫定政府側を支持しているものの、実質的な支援には至っていない。フランスは東部の油田地帯に権益を持つことから、反政府軍に肩入れしている。東地中海でトルコと対立しているギリシャ、キプロスも反政府側だ。旧宗主国のイタリアは広範囲にわたり油田利権を持ち、暫定政府側に立つ。ドイツは1月にベルリンで停戦に向けた国際会議を行うなど、和平に向けた動きを後押ししているが、EU内での統一的政策が打ち出せないまま、現在に至っている。
今年1月には、ロシアとトルコが主導し、モスクワで停戦会合が開かれたが、反政府側の合意受け入れ拒否で失敗に終わった。そこから約半年を経て国連は6月1日、両者が和平協議に復帰すると発表した。リビアでもコロナウイルスが徐々に拡大しており、国連はコロナ対策を開始する必要性にも言及。停戦交渉はテレビ会議で行われることとなったが、開催日は未定だ。過去、失敗を繰り返してきた和平協議への期待は高いとは言えない。5月末から、反政府軍は再び攻撃を強め、政府軍も応戦。地中海に面した反政府軍支配下の要衝を巡り、一進一退の攻防が繰り広げられており、政府軍優位も予断を許さない状況だ。
和平交渉が奏功せず、内戦が長期化し、東西に分裂する事態はトルコが最も避けたいシナリオだ。暫定政府とのEEZ設定協定は無効となり、東地中海での勢力バランスが一気に崩れ、反トルコ包囲網の勢いを増すことになるからだ。
一方で、シリア内戦のような長期にわたる膠着状態はトルコもロシアも望んでいない。両国間では頻繁にやり取りがなされており、5月下旬の両国外相電話会談でも、即時停戦と国連の仲介の下での政治交渉開始の必要性で一致した。5月の政府軍攻勢を受け、「反政府側の勝利の見込みが薄いと判断すれば、ロシアは軍事的解決から外交的解決へ大きくシフトするのでは」と見る人もいる。リビアにおいても、シリアの状況と同様、トルコとロシアが和平交渉を実質的にリードしていくとみられるが、ロシア優位のシリアとは逆の状況が生まれている。オズチェリッキ氏は、「リビアにおけるロシアの勢力拡大阻止は、アメリカとNATOにとっても望ましいこと」と指摘した上で、「本格交渉が始まっても、優位に立つトルコは、ロシアに容易には妥協しないだろう」と予想する。
各国の思惑が複雑に絡み合い、軍事力が激しくぶつかる。国連によると、空爆や攻撃で病院施設も破壊され、コロナ対策に深刻な影響が出ているという。国内避難民は昨年だけで約20万人。シリア同様、内戦から9年を経てもなお、解決の糸口は見つからない。リビアの隣国で「アラブの春」の口火が切られてから、あと半年でちょうど10年目を迎える。