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【遠藤乾】支援を渋る豊かな国、募るイタリアの恨み EUの機能不全を避ける道は

World Now 更新日: 公開日:
遠藤乾・北海道大公共政策大学院長=4月3日

――新型コロナの感染拡大で、EU加盟国の中でも入国制限が導入されました。EUの理念に反するのではないですか。

3つのことが言えます。まず感染症を含む公衆衛生はEUでなく加盟国のコンペテンス(権限)。EUにできることは限られています。

EUはその範囲で、域内市場や移動の自由への制限をできる限り少なく、例外的なものにとどめようと努力していますが、危機の時に国家主権が前面に出てしまうのは想定されていることです。

ただ、そうは言っても、加盟国レベルの単独行動が目立ち、ひどかったよねというのが2点目。当初はマスクや医療機器の輸出を規制するなどして、ドイツが他の国を助ける姿勢をまったく見せなかった。その後少しずつ修正し、患者をイタリアから引き受ける形でソリダリティー(連帯)を示すようになりました。3点目は、医療の連帯も大事だけれど、本丸は(統一通貨の)ユーロだということです。

欧州中央銀行本部=和気真也撮影

――どういうことでしょうか。

ユーロの金融政策は欧州中央銀行(ECB)が握っていますが、その前提には、各国の財政に規律をかけ、借金を共有化しない原則があります。今回のコロナ危機後、世界的な大不況と、それにともなう財政出動の末に、債務危機、そして銀行危機が起こる可能性が高いとみています。財政の基盤が弱いイタリアも、多くの銀行にてこ入れせざるを得ないと思います。ただ、ギリシャの財政危機に端を発した2010年のユーロ危機と違い、今回はイタリアのせいにするのは酷な話。すでにユーロ圏で5400億ユーロ(約63兆円)の緊急財政支援策がまとまり、ECBもユーロの流動性を高める努力をしていますが、イタリアなど財政が苦しい国で生じる財政赤字をどうするかという問題が出てくることになるでしょう。

――EU加盟国で分担するということですか。

苦境の加盟国を支援するEU共同債(コロナ債)の構想が出てきていますが、ドイツなど豊かな北部の国々が、イタリアなど南欧の国々に財政面で連帯を示す気配は希薄です。北の世論が強硬な姿勢だからです。例えばドイツは、ユーロ安が続くなかで、強い輸出産業が莫大な利益を得ていますが、一人勝ちの構造だという自覚がありません。一つの国なら単一市場や単一通貨で集積した富を、効率よく分配するのが財政の機能なのですが、ユーロはそこが脆弱です。

EUは、ユーロ危機の際につくった欧州安定メカニズム(ESM)など、すでにある支援の枠組みを今回の危機でも活用する方針ですが、それは国家財政がEUなどの監視下に置かれることを意味します。国家にとっては屈辱的な状況です。イタリアが悪いわけではないのに、北部・ロンバルディアに被害が集中してしまった。すでにこの20年ほどその傾向があったのですが、イタリアでは今、ものすごくルサンチマン(恨み)が高まっています。多くの人が亡くなっており、ユーロ危機の比ではありません。

――南北の溝は、ユーロ危機の時にできたまま、埋まっていないのですか。

埋まらないまま来ています。もともとイタリアはユーロ導入時の為替レートの条件から、不利なところがありました。ユーロの導入以来20年、いいことがないわけです。経済成長はしていないし、実質所得も伸びていません。

ミル(イタリア語で1000)・ユーロ・ジェネレーション、つまり月収1000ユーロ(約12万円)の世代という言葉が使われた時期がありましたが、今はもう1000ユーロも稼げない世代が高齢の両親と同居し、コロナの脅威にさらされたわけです。もともとイタリアは高齢者を大事にする土地柄ではありますが、社会的な構造も今回の危機の背景にあることを理解する必要があります。

EU市民に、自国がEUの加盟国であることは利益になるかと聞いた2019年の欧州委員会の世論調査では、加盟国平均で68%が「利益になる」と答えました。英国のEU離脱(ブレグジット)への危機感から、2年連続で1983年以来の最高となったのですが、そのときですらイタリアは「利益になる」と答えた人の割合が41%で、加盟国で唯一、「利益にならない」と答えた人の割合(49%)を下回りました。コロナ危機が始まる前から、イタリアはEUに対してとても否定的なんです。

外出禁止令が出たローマでは、高級ブランド品を扱う店が並ぶ通りの人通りもなくなった=3月17日、河原田慎一撮影

――国内の政治情勢にも影響は表れていますか

サルビーニなどの右派ポピュリストが台頭し、このままでは首相になる可能性も否定できません。今は中道左派の政権で、今のところ支持を集めていますが、今回の危機で効果的に対応できたとは言えません。ドイツやEUに対するルサンチマンが後押しして支持が伸びていけば、次の総選挙は分かりません。

イタリアはEUの前身である欧州経済共同体(EEC)の創立以来のメンバーです。その一角に反移民、EU懐疑主義の首相が誕生すれば、衝撃は大きい。EU内の分断が広がりかねません。

――イタリアがEUを離脱する可能性もあると考えていますか。

サルビーニも、それはしないと言っています。でも世論は半々で割れています。イタリア内部での改革なら、EUが壊れるわけではありませんが、色々と駄々をこねることはできます。EUからイタリアが抜けたら、影響はギリシャの比ではなく、EUの命運に関わる話になります。

――今回の危機でさらに溝が深まる可能性があるのですね。

はい。ESMの救済メカニズムを利用するとEUなどの監視下に置かれ、ユーロ危機の時のギリシャと同じように「この年金を切れ」などと言われることになります。いわば占領軍がやってくるような話です。それではイタリア人はますますルサンチマンを高めてしまうのではないでしょうか。

――ユーロ危機や難民危機など、最近のEUはいつも危機に直面しているように見えます。

危機のときしか、メディアに特集されないからです。そもそもEUは単独で危機を抑え込むことはできません。危機の時には、主権国家が例外的に前面にせり出してきます。EUはその例外を例外にとどめるメカニズムであり、危機のときは、加盟国とともに、その能力が問われることになります。

今回は新型コロナとユーロ、大半のEU加盟国や周辺国の一部で往来を自由化している「シェンゲン協定」という3つの要素が絡む複合危機になるかもしれませんが、どのように、どれぐらいの期間で、どの程度の逸脱に抑えつつEUのノルム(標準)に戻していくかというのが勝負なんです。

いずれ元に戻るとはいえ、時間との勝負になるでしょう。サルビーニのようなEU懐疑主義の首相を誕生させないために、EUが先回りしてどんな施策を打てるかが注目されます。

――メルケル独首相の影響力が低下し、いまEUでリーダーシップを発揮できるのは誰でしょうか。フランスのマクロン大統領が目立っている印象があります。

EUは今回、コロナの感染拡大を防ぐため、EU域外からの入域を制限しました。それを進言したのはマクロンです。コロナ債にも賛成しています。しかし、メルケル首相との関係がよくありません。ドイツとフランスが歩調を合わせなければ、欧州は前に進みません。

一番楽観的なシナリオは、国内の支持が厚いメルケル首相がEUを主導することですが、コロナ債など、ユーロ維持のための抜本的な改革に力を使い始めた途端に、国内の支持を失う可能性が高いでしょう。ほかにもEUの中には、オランダなど、非常に強硬にコロナ債に反対している国があります。

新型コロナは「第2次世界大戦以来最大の挑戦」とドイツ国民に呼びかけるメルケル首相=ドイツ政府HPより

――国民国家がある以上は、地域統合のメカニズムとしてのEUには限界があるのでしょうか。

EUは国民国家の廃絶プロジェクトではありません。加盟国同士がすりあわせをしてやってきたのが実態です。

先ほども申しましたが、戦争やテロ、感染症などの危機の時には主権を持つ国家が前面に出てきます。その時、各国が例外的な、緊急時の施策をとればとるほどEUの原則に衝突しますので、EUはそれを最小限に、一時的に抑える役割を果たします。EUはその枠内では機能していると思います。そこは戦争の反省で国境をなくしたEUの理念とは、少し違う現実があります。

僕が心配している最悪のシナリオは、危機対応としてドイツが当初単独行動をしたことに加え、南欧諸国への財政支援を渋るような構図が、イタリアのルサンチマンを増幅させ、2010年のユーロ危機に次ぐEUの機能不全を引き起こすのではないか、ということです。

――世界各地で国境を越える移動が遮断され、「鎖国」とも言える状況が生まれています。EUの「国境なき欧州」という理念は揺らいでいるのですか。

欧州のシェンゲン協定の加盟国内でも、緊急時に国境を閉じることは認められているんです。その現況の中で、例えば輸送トラックの通行は許すとか、越境労働者の手続きは簡略化するなどの枠をはめています。また、イタリアとフランスの国境について言えば、コロナ危機の前からコントロールされていました。アフリカから来た多くの難民、移民がイタリアにおり、放っておくとフランス語を話すアフリカ出身者がフランスに来てしまうからです。イタリアとの連帯を訴えるマクロンですら、その流入を防ぐことには厳格です。

シェンゲン協定には表の顔と裏の顔があり、難民危機の後から、各国は難民の移動を制限していました。そのためイタリアでは、地中海を渡ってくる難民を他国が分かち合おうとしないとしてルサンチマンを強めていました。「EUは偽善的だ」といった批判は、サルビーニだけでなく、中道左派のレンツィ元首相などからも上がっているほどです。

――難民への対応もイタリアのルサンチマンの原因になっているのですね。

はい。イタリアの中道政権は人道的に入国を認めてきましたが、2018年にサルビーニが入閣して内相になると、移民を乗せた船の寄港を認めないと言って、船を放り出したわけです。EUも、加盟国で移民受け入れの割り当てを決めようとしたものの、ハンガリーなどの反対があり、うまくいきませんでした。サルビーニの行動ばかりが目立ちますが、その背後で拍手喝采するイタリア人がいたことを忘れてはいけません。

――EUに限らず、新型コロナの危機を受け、グローバル化の流れが反転する可能性があるのではないですか。

しばらくは元のようには戻らないでしょう。ただ、グローバル化は長い目で見れば近代化そのものです。そんな簡単に止まるプロセスではありません。例えば資本移動の自由化を制限しようという議論は聞こえてきません。一時的な後退と全面的な反転は、分けて考えたほうがいいと思います。

(感染防止のためには)今は鎖国しないと困るんですよね。実際に成功しています。感染症は隔離するのが基本ですから。ただ、それが永続的かというところで違和感があります。

グローバル化の終わりだという議論もありますが、くり返しあるものだと思っています。米国同時多発テロ事件やリーマン・ショックの後にも同様の議論がありました。グローバル化はすぐに悪者にされますが、まったく同じに戻るのではなく、違う形でグローバル化が進むのではないでしょうか。

――コロナ危機でEUのような地域統合の弱さが露呈し、国民国家の強さが再評価されるという見方もありますが、どう考えますか。

確かに国民国家の再勝利だという意見もあります。国家機能の強化が求められる局面ですから。ただ、そこで見落とされているのは、感染症は市民同士が敵になるということです。対面している相手からうつされる可能性があるということは、同じ国民国家内で起こること。同じ国の市民でも敵に見えるということです。鎖国したなかでも分裂、分断があるということを忘れてはいけないと思います。

また、感染症のグローバルな性質を考えると、新薬などの医療品の分配を含め、国際的な協調が求められる側面も見落とすべきではありません。ポスト・コロナ時代が何をどこまで変えるのか、簡単にくくる前に、もう少し注視が必要です。


えんどう・けん 1966年生まれ。オックスフォード大学政治学博士。パリ政治学院客員教授などを経て、現職。専門は国際政治、欧州政治。著書に『統合の終焉』『欧州複合危機』、編著に『グローバル・コモンズ』など。