日本にも上陸「パークラン」 発祥地で本場の盛り上がりを見た

ロンドンはランニング好きに優しい。緑地や公園が点在し、季節ごとの美しい植栽が迎えてくれる。
南西郊外の「ブッシーパーク」(①)は、蛇行して悠々と流れるテムズ川左岸に広がる王立公園だ。すぐ南にはハンプトンコート宮殿(②)がある。大英帝国の礎を築いたエリザベス1世の父で、テューダー朝イングランド王のヘンリー8世(1491~1547年)が、男子の世継ぎほしさに次々とめとった6人の妃と暮らした。広大な公園は445ヘクタールあり、ロンドンに八つある王立公園で2番目の規模を誇る。かつては王のための鹿の狩り場だったが、現代のランニング愛好家の間では「パークラン」の発祥地として知られている。
パークランでは、毎週末の朝、5キロを走ったり歩いたりしたタイムを計測する。16年前、ここブッシーパークを拠点に練習していた1人の市民ランナーの男性がひざを負傷して走れない間に、十数人のランニング仲間のために考案した。
現在の仕組みはこうだ。一斉にスタートし、ゴール地点を通過したタイムを記録する。この時点では誰のタイムかは分からない。そしてゴールした参加者に着順が書かれた「トークン」と呼ばれる小さなプラスチックカードを配る。トークンについているバーコードと、参加者が持参するIDを兼ねたバーコードをいっしょに読み取ることで参加者の順位が登録される。その後、パソコンソフトでタイムと参加者をひもづけて公表する。
もちろん16年前に始まった当初はもっと素朴で、トークンは金物屋で買ってきた「ワッシャー」(ボルトの座金)に数字を手書きしたものだったし、タイムも紙に書いて記録していたそうだ。
シンプルなコンセプトと、予約なしで誰でも無料で参加できる気軽さが受けて各地に広がり、今では英国内だけで720カ所、世界22カ国で約600万人が登録して親しまれている。日本にも昨年上陸し、4月現在、16地点が登録されている。
取材に訪れた3月上旬の土曜の朝、公園中心部の女神ディアナ像の噴水近くに、色とりどりのトレーニングウェアを身につけた老若男女が集まりだした。
午前9時、合図とともに一斉に草地の上を駆け出す。その数、約1500人。いかにも鍛錬を積んだ痩身(そうしん)のランナーの後には、愛犬を連れた人や子供たち、ベビーカーを押す人、歩きの人たちが続く。大木のふもとで方向転換し、ぬかるみを飛び越え、小川の脇を走り抜ける。ブッシーパークほど大規模になると、1分刻みのぺースメーカーまでいる。
「サンキュー!」。駆け抜けるランナーたちが口々にあいさつする相手は、蛍光ジャケットを身につけて沿道に立つ誘導役のボランティアだ。パークランの運営はすべてボランティアが担う。この日は総勢75人に上った。「素晴らしい走りよ!」「それいけ!」。帽子や手袋で防寒しながら、切れ目なく続くランナーの列に力強い拍手と声援を送り続けた。ここでの活動は、青少年の奉仕活動などを活動時間に応じて表彰する英国の「エディンバラ公アワード」にも算入されるため、学生の姿も目立つ。
近くに住むレス・ブラウン(82)は、この日が404回目の参加。49分かけて完走した。妻ジャッキー(74)と長女ルーシー(52)も常連だ。「早朝に新鮮な空気を吸い、パークランを通じて出会った友達に会う。最高だよ。そうでもなきゃ、土曜はサッカーの中継を見てだらだら過ごしてしまうところさ」と笑った。
ブッシーパークのパークランを統括するロブ・フィリップス(47)は、「どんな人でも参加できるのがパークランの良さ。ボランティア自身も積極的に楽しんでいるし、走った後はカフェに寄っておしゃべりを楽しむ。コミュニティー意識が育まれているんだ」と胸を張った。
記者も、日本でランナーとボランティアの両方を経験してみたが、周囲のランナーと切磋琢磨(せっさたくま)して自己ベストを更新するもよし、思い切り声を出して応援し、お返しの笑顔をもらうのもまた、すがすがしかった。
パークランに参加するには、公式サイトから名前や緊急連絡先を無料登録して、名刺サイズのバーコードを印刷して持って行くだけでいい。一度登録すれば、どの開催国でも使える。
世界中、同じ形式で行われるパークランの人気は年々高まり、パークランのために各地を旅する「パークラン・ツーリズム」という言葉さえある。取材している間にも「去年、日本で走ったよ」という声を数人から聞いた。健康増進型保険を扱う企業とのスポンサー契約で、リピーターには一定の条件のもとで保険料が割引かれるサービスもある。
新型コロナウイルスの影響で、世界的に開催が中断されているが、事態が収束した後に英国を訪れる機会があったら、ぜひ荷物にスニーカーを忍ばせて、近くのパークランの機会を探してみてほしい。(渡辺志帆)
ロンドン中心部を走るなら、バッキンガム宮殿周辺と宮殿に続く大通りザ・マル沿いもおすすめだ。ザ・マルは、世界最大級の市民マラソン「ロンドンマラソン」のゴール地点でもある。宮殿の屋根に「王室旗」が掲げられていれば複数ある宮殿の一つに女王が「在宅」している証しだ。
マラソンの公式距離42.195キロは、一説には1908年の第4回五輪ロンドン大会の際、王妃がウィンザー城前のスタート地点を王族の子ども部屋から見下ろせる城の東側の庭にずらすよう、またゴール地点をオリンピックスタジアムの貴賓席前とするよう要望したためとされる。21年以降、正式な距離に採用された。
英国の朝食といえば「イングリッシュ・ブレックファスト」だ。ハンプトンコート宮殿そばのブティックホテルThe Kings Arms Hotel(③)で特注して作ってもらった。
注文から15分。目にもどっしりした一皿が運ばれてきた。イングランド南部ワイト島産の焼きトマトに、美味で知られるハンガリー原産マンガリッツァ豚のベーコン。真っ黒にソテーされたマッシュルーム。ソーセージには英国流に穀物なども詰めてあり、中が白くてふわりと柔らかい。2個が標準らしい目玉焼きは、黄身がとろとろで絶妙な焼き加減だ。
身構えたのが豚の血やスパイスを腸詰めにした真っ黒な「ブラックプディング」。日本ではなかなか出合わない。外側は香ばしくカリカリに焼いてあって、中身はねっとり。臭みもなくぺろりといけた。通常はこれにインゲン豆をトマトソースで甘く煮た「ベイクドビーンズ」も加わる。給仕に「トーストもいかがですか」と勧められたが、正直、満腹でおなかに入らなかった。