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脳科学者・藤井直敬「正義を掲げる人は危険だ その危うさに気づけるか」

World Now
「ハコスコ」CEOの藤井直敬さん。マサチューセッツ工科大学や理化学研究所脳科学総合研究センターでも研究した脳科学者だ=東京都渋谷区、大室一也撮影

■「正義」を持ち出すと疑わない

――なぜ人間は集団を作り、帰属意識を持つのでしょう。

人間は昔から、他の動物と比べたら弱く、子どもを安全に育てるために群れを作らざるを得なかった。農耕社会になって格差が生まれると、誰かにモノを持って行かれないよう境界を作る必要が出てきた。その後は今の社会とほぼ同じ問題が何千年も続いた。共同体ごとの関係があり、恨みや憎しみが継続してきた。

ナショナリズムの話になると、人は意味付けを欲しがる。正義というキーワードを大義に掲げれば、人は乗りやすい。でも、視点が違うと、正義も違って見える。どちらから見た正義で踊らされるか、ということだと思う。だが、正義を掲げる人は危険だ。正義を出しちゃうと、誰も疑わない。昔から宗教がそれを上手に使い、今でも政治家はそういう視点で話すことが多い。

――どのように人間の脳内で「同じ国民」という意識が芽生えるのですか。

脳科学とは関係なく、単なる教育じゃないですか。先生が言うことはたいてい正しいと教わってきているから、疑うことはすごく難しい。

脳は前頭葉の前頭前野で、新規の物事への意味付けや既存の意味の付け替えを考えるが、脳への負荷が非常に高い。いったんできあがった思考の枠組みをもう一度組み直すことほど、脳に負担になることはない。

人間は高次な認知機能があり、自分たちは自由に物を考えているつもりだが、実際は違う。「僕らは日本人だから、こうあるべきだ」みたいな変なバイアスがかかる中で暮らしている。しかもそのバイアスは実は全員異なる。みんな違う行動規範を持っているが、幻想として「同じ日本人だから同じように考えている」と勝手に思い込む。思考の枠を作ると、考えなくていいから楽だ。

2001年の同時多発テロの時に米国にいてびっくりしたのが、人種を問わずにみんな同じように怒っていたこと。みんな、赤と青と白の星条旗の色の服を着よう! みたいなことを言って、実際に着ていた。あのときのナショナリズムの発露はすごいと思った。 

■新型コロナと従来の感染症の違い

――新型コロナウイルスがパンデミックに至りました。各国の「国民」意識やナショナリズムにどのような影響を及ぼしますか。

今回ほど世界保健機関(WHO)が言っていることを、みんなが真に受けることはなかった。重症急性呼吸器症候群(SARS)は気づかないうちに収束していた感じだったし、新型インフルエンザの注意喚起は「インフルエンザは昨年もはやった」程度にしか理解されていなかった。

WHOがどれだけ正確でバイアスがなく、中立的な情報を出しているのか分からないが、各国が統一的に参照するのはWHOしかない。

記者会見する世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長=2020年2月

欧州はそんなに広くない地域に国がたくさんあって、それぞれ一つにまとまらないと生きていけず、ナショナリズムが生まれた。新型コロナウイルスのような全ての人類が直面する見えないリスクと、かつての欧州のような敵が隣にいるというリスクは切実さとしては同じ。自分や家族、所属する共同体なりが何らかの命の危機にさらされるとき、人はまとまらざるをえない。 

■新型コロナとの戦いはナショナリズムを超える「大義」

――陸路や空路の相次ぐ「封鎖」で、世界中でナショナリズムが高まっているように感じられます。

各国が国境を「封鎖」したのは技術的に感染を防ぐためだ。例えば、イタリア人がイタリアの魂を強く感じるとか、ナショナリズムが高揚し、国と国が分断されているわけではない。物流は動いている。

フランスとの国境沿いのドイツの街ケールで、フランスから来る車両を審査する警察官=2020年3月

いま新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中の人間が命の危険を同時に感じている。「自分は明日死ぬかもしれない」という実感が、国家を超える唯一のものだと思う。結局みんな自分事にならないと、国家を超えることは考えられない。新型コロナウイルスに対する戦いには、ナショナリズムを超えた、少なくともそこには全員が「うん」とうなずける大義がある。

 

ふじい・なおたか 1965年、広島市生まれ。医学博士。東北大学大学院医学系研究科を経て、マサチューセッツ工科大学や理化学研究所脳科学総合研究センター(当時)で脳を研究。現在、VRサービスを手掛ける「ハコスコ」CEO、デジタルハリウッド大学教授を務める。