2020年3月18日現在のベルリン。新型コロナウイルスを巡り、連日新たな措置が取られ、当たり前だったことが当たり前でなくなっていく。ジェットコースターのようなスピードで変わり続ける毎日に「明日のことはわからない」と、ここ4〜5日で痛感している。ベルリンでは新型コロナウイルスをめぐって日常がどう変わっていったのだろうかと振り返ってみた。なお、ドイツでは各州によって対応が多少異なる。ここに綴るのはベルリンの出来事である。
1月末――ウイルスそのものよりも人種差別が問題に
今年1月の時点で、ドイツではコロナウイルスはまだ対岸の火事だった。中国の武漢で発生したことから、ヨーロッパ在住アジア人が差別を受けているという話題が日本で最初に報道されたのが1月だったと思う。ちょうどそのころヨーロッパに旅行に来るという知人から、差別について質問された記憶がある。
差別的行為を受けたというドイツ在住日本人の話も実際に聞いた。暴言を吐かれた、いきなり目の前で手を消毒し始めた、という内容だった。
ただし、こんなときは疑心暗鬼になりがちでもある。たとえば電車内で自分の前にいる人が下車すると「アジア人なので避けられたのでは、差別なのでは」と勘ぐってしまうが、実際のところはわからない。私はコロナウイルスに関して差別的行為をされてはいないが、いらぬ気を使っていたことは確かだ。
3月上旬――トイレットペーパーが売り切れている
日本でトイレットペーパーの買いだめが起きていると知ったのが3月上旬ごろ。SNSでは空っぽの商品棚の写真がいくつも投稿されていた。「コロナウイルスでなぜトイレットペーパーが?」などと、それを見てのんきに思っていた。
しかしほどなく同じ光景をベルリンで見ることになった。スーパーマーケットやドラッグストアで、トイレットペーパーの棚が空になっている。それだけではない。消毒液も売り切れ。石けんも品薄だ。商品の補充はされているそうなので空の状態が続くわけではないが、入るそばから売れてしまうようだ。買いだめを意味する「ハムスター買い(Hamsterkäufe)」というドイツ語が、突如ニュース上での頻出単語となった。
食品も品薄になり始めた。最初はパスタやトマトソースなど保存できるもの。そして、ドイツ料理に欠かせないジャガイモが続いた。
意外なのは小麦粉だった。いつもは山と積まれているコーナーに、一袋も見当たらない。「小麦粉が売り切れているなんて、初めて見たわ」とドイツ人も驚いていた。どうやら保存が効いてパンもお菓子も焼けるので、こういう事態には最適らしい。そして私は米を買った。
ジェットコースターの日々のはじまり
それまでにも学校の休校や美術館の閉鎖、メッセの中止などコロナウイルスによる影響はあったが、まだ日常生活にそこまで大きな支障は出ていなかったと思う。事態が一変したのは3月12日からではないか。イベントは中止、宮殿、劇場、美術館などの休館の知らせが数時間ごとに入ってくる。「これはただごとではない」とニュースを追いはじめた。
3月13日に入り、変化はさらに加速した。学校・保育園はイースター休暇明けまで休校に、スポーツ施設やプールの閉鎖、自治体の施設も閉まっていく。これまでの日常生活は、しばらくは戻ってこないだろう……そう覚悟した。
数時間後のこともわからない
私にとって最も衝撃的だったのは、13日の夕刻に出された「ベルリンのすべてのバーと飲み屋は翌週火曜日(17日)から営業停止」というニュースだった。ビールが好きで、見知らぬ飲み屋を訪れることを趣味にしていた私は、日々の楽しみが奪われることがショックだった。
せめて大好きな飲み屋にはその前にあいさつに行こう、と出かけたのが翌日14日の午後。店内にはお客はほかに誰もおらず貸し切り状態だった。いつもならハグや握手であいさつをするところだが、それはご法度とさんざん聞かされているので、手を振るだけ。他愛もない会話をしたいと思っても、どうしても重苦しい話題になってしまう。それでも「春はまた来るさ」と前向きな店主に、こちらが逆に励まされた。
帰宅すると、翌週火曜から営業停止のはずが、なぜかただちに営業停止せよとの通達があった。図らずも滑り込みで行けたわけだ。「数時間後のこともわからない。やれることはいますぐにやらないと」と危機感が募った。
一般店舗も閉鎖
3月15日以降もさらに厳しい要請が次から次へと出されている。中止すべきイベントの規模は1000人以上から50人以上へ。それ以下の場合も参加者のリストが必須となる。スポーツジムも映画館も営業停止に。あまりに急速に失われていく日常に、一瞬現実とは思えなくなる。しかしこれは紛れもなく現実なのだ。
今日18日からはスーパーマーケットや銀行、郵便局、レストラン、薬局など日常生活に必須の店舗や機関を除き、一般店舗は閉鎖となる。
前日に街を歩いた際には、すでにクローズしていた店舗をちらほらと見かけた。いつもはにぎやかなメインストリートも人影はまばらだったので、どのみち営業してもあまり意味はないのかもしれない。
突然の展開に、仕事を失った人も数知れない。旅行業界関係者、音楽家、飲食店経営者、フリーランス。感染や経済の不安を抱えながら、耐える時期がしばらくは続く。果たしてひと月後にどうなっているか、もしこれが小説だったならば、いますぐ結末を読みたいところだ。
久保田由希(文・写真)
ベルリン在住フリーランスライター。東京都出身。日本女子大学卒業。出版社勤務の後、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいという気持ちから、2002年にベルリンへ渡りそのまま在住。著書や雑誌への寄稿を通して、ベルリン・ドイツのライフスタイルを中心とした情報を発信している。散歩をしながらスナップ写真を撮ることと、ビールが大好き。著書に『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか多数。近著は『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。Kubota Magazin