【米国NPO訪問ルポ(上)】なぜアメリカはNPO大国なのか 内側から観察して見えたこと
【米国NPO訪問ルポ(中)】住民の声を聞き、政府につなぐ アメリカのNPO、こんなにアクティブ
一言に政治的な活動、といっても非常に多岐にわたる。「こんな政策をしてはどうか」「こういう法律を作ってほしい」という政策提言から、選挙において特定の政治家を支持したり、支援したりするようなことまで様々だ。
そのために、APANOは米国の税法である内国歳入法の規定に合わせて2つの組織を作っている。
寄付控除を広く受けられるが、政治的活動が制限される団体(501条C3)と、議会や政治家へのはたらきかけなどより政治的な活動ができる団体(501条C4)の2つだ。たとえば、米国では議会にはたらきかけを行うには法律で定められた「ロビイスト」の登録をしなければならない。APANOのチ・ウィン事務局長はロビイストとして登録しており、これはC4団体としての活動にあたる。ちなみに、日本のNPO法でもNPOとは「政治上の主義を推進し、支持し、またはこれに反対することを主たる目的とするものでないこと」と定められている。
APANOが他の団体と共に後押ししてきた政策に「スチューデント・サービス・アクト」がある。2019年にオレゴン州議会で可決されたのだが、これから毎年州内の学生に10億ドル(約1086億円)の「投資」を行うのだという。APANOはこの政策の起案段階からずっと支援してきたのだが、成立して良かった良かった、これで終わり、ではない。今後の実施にあたっても、たとえばAPANOが支援しているような移民の子供たちにもきちんと配分されるのか、チェックや提言を続けて行くそうだ。
「日本では多くの人が、政治は自分の生活から遠いものだと思っていて」と、APANOの政治ディレクター、ロビン・イーに言うと「それは、ここでも同じ」と答えてくれた。
「だからこそ、自分たちの活動は、人々になぜ政治が重要で、自分たちの生活にかかわってくるのかを理解するのを助けること。あなたの声が大事なんです、というのを繰り返し地域で話す。逆に、政治家や政策を作る人たちが現場の声を聞くための橋渡しもするんだ」
政治家の支持や支援は、地元の市議から大統領選まで行う。政治家を支持するかどうかを決める時は、政策をチェックし、質問状を送り、対話をしてから最終的に判断するのだという。
APANOの政治家支持の影響力をうかがわせる出来事があった。
前述の「スチューデント・サービス・アクト」について、地域の高校で説明会が行われていた時のことだ。事務局長のチ・ウェンと共に見学し、帰ろうとしたところ、女性が話しかけてきた。二言三言話して、「ぜひ今度ゆっくり話す時間をもってください」と先方が言って別れたのだが、その女性は地域の学区の教育委員会のメンバーだという。教育委員は選挙で選ばれているが、APANOは彼女を支持しなかった。そのことで、ぜひ話し合いたいというのだった。
今APANOが政治活動で非常に力を入れているのが「センサス」、米国で10年に一度行われる国勢調査だ。居住者数を把握し、全米各州の議員数や大統領の選挙人数の算定基礎、そして各種の政策作りの土台ともなる。その国勢調査に、彼らが支援する移民の人たちもきちんと答えましょう、というキャンペーンを大々的に行っている。
「知っての通り、トランプ政権は移民に対して非常に厳しい政策を取っている。だから、調査の結果によってはトランプ政権の政治の武器になりかねない」と、APANOの政治ディレクター・ロビン。
「移民は調査に正直に答えることで何か不利益を被るのではないかと警戒して答えないこともあるし、そもそも英語がしゃべれない人も多い。彼らがきちんと答えなければ住民としてカウントされず、透明な存在というか、いなくなってしまうことになる。だから彼らに、心配しなくても大丈夫、これは政策を作る目的で使われるんです、ときちんと説明する。政府がもっとも正確なデータを得ることが重要だから、自分たちはそのためのメッセンジャーだと思っている」
「政治は他人がやってくれるのではなく、自分たちのこと」。APANOの政治活動を貫く考えだが、それを実感するイベントが滞在中の週末にあったので参加した。
「キャンバシング(canvassing)」。地域の戸別訪問のことだ。訪問販売などでも使われる用語だ。今回は自然保護政策の是非を問う住民投票に賛成を呼びかけるために行われた。ポートランドを含むマルトノマ郡、ワシントン郡、クラックマス郡が、不動産関連の税から自然保護に振り向ける基金を作ることを検討しているのだという。自然保護のNPO「ネイチャー・フォー・オール」が中心となりこの基金作りを推進、APANOもパートナー団体として賛同しているのだ。
晴れた日曜日の午前、APANO本部に隣接するコミュニティセンターに集まったのは20人弱。まずは簡単な自己紹介と、政策の説明とキャンバシングのやり方について説明を受ける。「訪問したら、まずは自己紹介をしましょう」「チラシを渡すのはいいですが、説明するときに自分の顔の前に紙をかざすのはダメ。相手に自分の顔が見えるように」「優しく、ソフトにお願いしましょう。ハードに詰め寄るのはよくありません」「目の前でぴしゃっとドアを閉められることもあるかもしれません。それでもくじけないで」
キャンバシング用のアプリ(というものがあるのだと初めて知った)を携帯にダウンロードして、グループそれぞれに45軒が割り当てられた。地図と名簿があり、「強い賛成(strong yes)」から「強い反対(strong no)」まで5段階のスコアをつけていく。片っ端から訪問していく、のではなくて、これまでの活動からすでに接触し、民主党を支持したことがある人たち、つまり投票に賛成の可能性が高いと思われる人たちをターゲットに回っていくのだという。
私は、家族3人で来ていたロケットさん一家と一緒に回らせてもらうことにした。お母さんのリリスさん、お父さんのエリオットさん、娘の中学2年生オパールさんの3人だ。APANOのスタッフの一人と住まいが近所で活動を知り、来たのだという。「2018年の大統領選で、電話作戦に参加しました。それがとても良い経験で面白かったんです。それで、もっとアクティブなこと、社会をつくるような活動に参加してみたいと思って今日は来ました」とリリスさん。
出発する前にまずは予行演習。「怖いな、緊張する。留守だといいな」とお父さんのエリオットさん。「怖いけどワクワクするわ。でも楽しみましょうよ。私たちのコミュニティーだもの」とノリノリのお母さん、リリスさん。そんな父母をオパールさんが見守っている。
APANOの事務所から歩いて10分ほどの地域が割り当てられた場所だ。
まずは1軒目。呼び鈴を押す前に、家族全員で深呼吸。「相手の名前チェックした?名前で呼びかけないと」とエリオットさん。こちらまでドキドキしてきた。ブザーを何回か押すが出ない。不在だ。何となくほっとした雰囲気が漂う。
2軒目。在宅だ! ドアが半分くらい開く。「こんにちは、私たちはロケット一家です。私はリリスといいます。APANOのボランティアで、自然保護の住民投票に賛成してもらいたくて…」「ああ、住民投票ね、知ってるわよ」。一生懸命政策について説明するリリスさん。夫のエリオットさんも後ろから「これは市よりも大きな郡の政策で…」と加勢。5分くらい話して終わった。緊張がかなりほどけたようだ。
3軒目、4軒目、いない。チラシを玄関にはさんで去る。5軒目、いた。出てきた中年の女性に「私たちはAPANOのボランティアで…」というと「APANO、知ってるわ、グレート!」一気に空気が明るくなり、話が弾む。「私は早めにもう投票したの。もちろん賛成よ。がんばってくださいね」と言われて終了。ロケット一家の表情もゆるみ、笑顔になっている。
これで調子が出てきてペースもつかめてきたようで、次々に回っていく。もちろん、良い反応ばかりではなく「もう反対で投票しました」と言われたことや、アジア系と思われる住民で英語が通じないこともあった。
自転車で通りかかった男性に「こんにちは、良いお天気ですね。どちらに行かれるんですか?」とリリスさんが話しかけると、近所に住む訪問するはずだった人だった。話を聞いてくれて、「わかりました。賛成に投票します」。思わず「やった!」とガッツポーズのリリスさん。
20軒目を過ぎたあたりで、リリスさんが「まだ毎回緊張するけど、もう怖くない」。家の中に招き入れ、ソファにみんなで座って話を聞いてくれた高齢の男性もいた。ある家の女性は「賛成しようと思っていたけど、投票日を忘れていた、ありがとう。私はAPANOのサポーターなの、来てくれて感謝します」。逆に「APANOって何?」と聞かれたことも。
結局3時間あまり、45軒まわって「目の前でぴしゃっとドアを閉められた」ことは1回もなかった。賛成の傾向が強いと思われる人たちをターゲットに回っていたからかもしれないが。
どうでした?とロケットさん一家に聞くと、リリスさんは「またやりたい!これは本当に良い活動。地域の人たちもいい人たちばかりで、電話作戦よりずっと楽しい」。「最初は怖かったけど、だんだん楽しくなっていきました。挑戦するのは勇気がいったけど、天気も良くて気持ちが良かった」とエリオットさん。オパールさんも「楽しかった。またやりたい」。キャンバシングは、地域や社会を文字どおり足と肌で実感する活動だ。
住民投票の結果は……。約22万票対11万票で賛成が多数、可決され、基金は作られることになった。
あっという間の2週間だったが、日々、地に足のついた「政治は暮らしとつながっている」を実感することができた。そして、米国ではNPOがきちんと職業として認知され、根付いているのだとも。政府とNPOがお互いの強みを生かそうという姿勢ができているのだ。日本でも少しずつそうなってきているが、現場を知りつつ専門性のある政策提言もできるNPOが増えれば、社会ももっとしなやかに、生きやすくなるのではないかなと感じた。もちろんアメリカも問題はいっぱいある。でもそこであきらめない人々もたくさんいるのだ。(おわり)