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なぜアメリカはNPO大国なのか 内側から観察して見えたこと

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米ポートランドのNPO「APANO」の事務所には多くの人たちがやってくる。太平洋の島々にルーツを持つ学生たちがミーティングをしていた

「ここが私たちのコミュニティ・センター。ここでいろんなイベントを開いているんだけど、人気で予約でいっぱい」。米国西海岸、ポートランドのNPO「APANO」の事務局長、チ・ウィンは誇らしげだ。

150人は入れるという小ぎれいなスペースに、キッチンもついている。隣にはAPANOのオフィスがあり、上階には彼らが管理するアパートがある。APANOは、「Asian Pacific American Network Oregon」の略で、その名の通り、アジアや太平洋の島々出身の米国人を支援している。

コミュニティセンターでは、日々さまざまな催しが行われている

2013年のシンクタンクのアーバン・インスティテュートの調査によれば、同年に内国歳入庁(日本の国税庁にあたる)に登録したNPOは計約141万団体。もっとも、米国のNPOには大学や病院も含まれる。日本でのNPOに近い「パブリック・チャリティー」はこのうち95万団体以上あり、寄付した人は税控除を受けられる。

そんな米国のNPOをこれまで散発的に取材をすることはあったが、じっくり取材したいとずっと思っていた。特に、筆者は政治取材が長いこともあり、政策提言に関わるNPOに関心があった。といっても、政策提言のみではなくて、何らかの活動現場を持ち(たとえば、まちづくりや教育など)、そのうえで政策提言をしているような団体を取材できないかと思っていた。現場での実践的な活動が政策提言に生かされて、説得力のあるものになるように思えたからだ。ようやくその機会を得ることができたのが「APANO」だった。地域やまちづくりの活動から、地方議会や自治体に政策提言なども行う。30人ほどのスタッフが働いている。

活動現場を見て、10人以上のスタッフに話を聞いた。

ポートランドといえば都市計画に基づいて整備された美しい街並みで有名だが、APANOの事務所はそういったダウンタウンの中心部から車で10分以上かかり、かなり郊外色の強いところにある。ダウンタウンの周辺には素敵なカフェがところどころにあるような住宅街も多いのだが、そういったところとも違い、日本でいえば郊外の国道沿い、中古車ディーラーやファミレスが点在しているようなイメージだ。

ダウンタウンにも中華街はあるが、あまりに地価が高くなってしまったため、移民の人々がどんどん郊外地域に移るようになった。APANOがある地区は「ジェイド・ディストリクト」(ジェイド=翡翠)と呼ばれ、アジア系を中心に移民が多く住んでいる。

ポートランドのジェイド・ディストリクトは漢字の看板も目立つ

APANOでは実に多様な人たちが働いている。もちろん、支援先であるアジア太平洋にルーツを持つ人たちが多いのだが、一口にアジア太平洋、といってもいろいろなバリエーションがある。スタッフに会うだけでAPANOのような活動がなぜ必要なのかを感じることができる。代表的な例が、事務局長のチ・ウィンと、コミュニティ・ディベロップメント・ディレクターを務めるトッド・ストルーブルだ。

事務局長のチ(左)と、スタッフのシメオン

事務局長のチ・ウィンは人種という意味だけではなくて、今の米国を象徴するような存在だ。

9歳の時に難民としてベトナムからやってきた。ベトナムで父は軍人、母は仕事をしていなかった(チの母に私も会ったが、物腰が非常に上品で雅やかであり、この人は高貴な生まれ育ちだったのだろうと感じさせた)が、米国に来て英語を勉強し、ベーカリーや裁縫の仕事などをして家族を養ってきた。

チは起業をしてうまくいっていたが、オレゴン州のキングシティー市の市議になった。「世の中を変えるには政治が一番だと思ったから」。在任中に同性パートナーとの間に精子提供により男児を出産。パートナーの仕事のために転居することになり、市議は辞任したが、いつかまた政治の世界に戻りたいのだという。その後、パートナーとは別れたが、自分が産んだ長男、元パートナーが産んだ第2子の長女、子供たちの面倒を見てくれている父母と共に暮らしている。

トッド・ストルーブルは日系4世。母方の曽祖父が日本からの移民だ。カリフォルニア出身で、日本語を話すことはできない。ただ、彼の生き方には、移民のルーツが大きく影響している。日系2世だった母方の祖母は農民として一生懸命働き、トッドのこともかわいがってくれたが、亡くなるまで、「私は二級市民(セカンドクラス・シチズン)だと感じている」と言っていたのだという。

日系四世、弁護士の資格を持つスタッフ、トッド

トッドはまだ幼かったが、この記憶は鮮烈だ。「世界一の豊かな国で、なぜこんな思いをする人たちがいるのか。こういう人たちを二度と出さないようにしたい」。そこで弁護士となり、主に移民問題を専門にし、ボランティアとして経済的に恵まれない人たちの相談に乗るなどしていた。だが、「目の前の人々を救うだけでなく、その根底にある問題を解決したい」と思い、APANOに加わった。

手頃な価格で住める賃貸住宅の運営やに向けての政策提言などを担当しているが、とてもやりがいがあり、手応えを感じているのだという。

さて、APANOに2週間通ってみて実感したのが、「生活や暮らしのすべてが政治と結びついている」ということだ。私はふだん政治担当の記者として「政治は国会や日米関係だけじゃない、私たちの日常が政治と関係ある」だと感じてきたが、このAPANOの活動こそ、その実践だと思えた。人々の日々の暮らしに密着した支援を、「政治と直結している」ことを自覚しながら行っている。

たとえば、コミュニティセンターの運営だ。APANOは2箇所のコミュニティセンターを持ち、ズンバや卓球といったスポーツプログラムからアート関係の催し、各種NPOの研修、会議までさまざまなイベントを運営している。私がいる間にも、NPOの会議やパーティーなどが開かれ、日々賑わっていた。単なるイベントか…と思ってしまいそうだが、日々センターの様子を見て、担当者から話を聞いて、「場の可能性」や「イベントや催しが人々に政治的な自覚をもたらして、力をつけていく」ことに気がついた。

担当者はベー・オジェン。ベーの母は中国出身、父はスイス出身だ。家では母とは中国語で、父とはフランス語交じりの英語で会話していたそうだ。生まれてから10年、NYで育った。「ヨーロッパやロシアの友達がいっぱいいた」。それからサンフランシスコに移る。「一番の親友はハーフの日本人だった。私は本当に国際的でさまざまな言語のなかで、多様性のど真ん中で育ってきた」

ちょうどハロウィンがあり、コスチュームで働いていたスタッフも。左端がベー、右から2番目がハバニ

ベーは大学や大学院でアートを専攻し、美術館などでイベントディレクターの仕事をしてきて、2019年にAPANOが2カ所目のコミュニティセンターをオープンさせるのに合わせてスタッフに加わった。「アートとサイエンスと政治の境界をまたぐことを、イベントを通じて実現したい」という。

「アートは人の心の奥底に届き、人々を動かす。政治的な力も持っていると思う。これまでの仕事でさまざまなネットワークも持っているから、それを生かしてここで縦割りを超えた地域の核となる場を作りたいと思っています。人々が集まってつながり、話すことでいろんなことを知り、社会とかかわり、さらには変えていこうとする。オーガニックなレストランの料理をケータリングして、美味しい料理を食べながら、生産地や環境について考える。地元のクラフトビールをのみながら、地域密着の素晴らしさを知ることもできる。それこそが政治の始まりだと思うし、こういう場の持つ力だと思う」

「アート」は、APANOの活動のもう一つの特徴でもある。コミュニティセンターもそうだが、そのほかにもさまざまなアートのイベントを開催して、まちづくりに役立てている。APANOのオフィスにも、さまざまなイラストが飾ってあった。スタッフやイベントに来た人たちの似顔絵、差別される人々の苦悩を描いたものなど……。キャンディス・キタはアート活動のディレクターだ。ちなみに彼女も日系4世なのだという。

キャンディスは、APANOのアートの活動を「アートで社会正義の役目を果たすこと」と表現する。「私はアートが好きで、ずっとアートにまつわる仕事をしてきたけど、アートにこんな可能性があるというのはここで気づいた。アートはよりよい未来に向けて人々の可能性やビジョンを開拓できる。人々の感情的なつながりを作り、共感を広げる」。

毎年秋に大がかりなアートフェスティバルを催し、2019人には600人が集まったという。そのほかにも、詩の朗読会や絵のワークショップ、自分や家族のルーツについて物語をつづる本を作るなど多くのイベントを行っている。「そういったイベントに参加して、何か作品を作るとみんな自信がついて、積極的に声をあげたり社会にかかわっていこうとしたりするようになる」とキャンディスは強調する。「多くの人にとって政治は遠いことが多いけど、アートによって政治が近くなり、政治のことを考えるようになる。なぜならアートで自分や社会のことについて考えるきっかけになるから」という。

日本ではアートは政治的に中立であることを求められることも多いが、彼女の話を聞いているとアートと社会や政治を切り離して考えようとすること自体、無理があるように思えてくる。

政治は制度や政策ばかりではない。人々の感情、思いを動かしてこそ社会は変わっていく。それゆえ危うい面ももちろんあるが、しかし、政治は人の営みなのだから、そこを自覚して活動するのは大事なことだろう。事務局長のチは「APANOはコミュニティセンターとアートの活動を非常に大切にしている。それは普通の人々との接点であり、私たち支援の原点ともなるものだから」という。

APANOでは様々なルーツのスタッフが働いている。アリー・イー(右)は中国人の父と日本人の母を持ち、スー・デイ(左)は、いわゆる「白人」だ

APANOは若者支援にも力を入れている。私の滞在中にも、太平洋の島々出身の高校生が集まって、自分たちの実現したい未来について話し合い、それを絵で表現していた。若者のプロジェクトに取り組むシメオン・ジェイコブは父がミクロネシア、母がベトナム出身だ。家庭の問題で不登校になってしまう生徒を支援したり、イベントを通じて若者にアドバイスをしたりしている。「いってみれば、若者に自信をつけさせる役割かな」

次回は、やはりAPANOの活動の中核である「まちづくり」について。地元のまちづくりにNPOがどう関わっているのかの具体的な姿を紹介したい。