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「フェミニスト・ファイト・クラブ」著者が闘ってきた、米メディアの男女格差

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ニューヨーク・タイムズ(NYT)で初代ジェンダー・エディターを務めたジェシカ・ベネットさん=NYT提供

――ジェンダー格差を意識するようになったのは、いつごろからですか?

大学を出てニューズウィーク誌で働き始めた07年ごろです。数年して同じ時期に入社した同年代の男性記者たちが、私よりも早く昇進していると感じ始めました。自分の仕事ぶりのせいかも、と思っていたある日、給料も彼らの方が高いと知り「もっと大きな問題かも」と考え始めたんです。

――『フェミニスト・ファイト・クラブ』の中で、「記事を書くのは、やっぱり『男の』仕事だった」とつづっていますね。

ニューズウィークはかつて女性差別がひどく、1970年に女性従業員たちが会社を訴えたことは有名でドラマにもなっています。60年代までは女性が記事を書くことは許されていないと公然と告げられていました。取材をしても、記事に女性の署名はでなかったそうです。

私が勤めた7年ほどの間に明白な女性差別はありませんでしたが、記事の署名の数を調べてみると、男性記者の方が女性のよりも多かったんです(※FFCによれば、ある年の巻頭特集記事49本のうち男性が書いていなかったのは6本だけだった)。実際、私が提案した記事について、編集者に「ボツ」と言われた後、同じような男性記者の記事が掲載された、ということが何度もありました。

多くは素晴らしい編集者で、「これは男性に書いてもらう」と明言していたわけではありません。思うに、長年にわたって染みこんだ「男性優位」のバイアス(偏見)が、男性記者の記事の方が良いと考えさせてしまったのでしょう。

相場郁朗撮影

――そんな職場環境でどんな行動をとったのですか。

記事が採用されない理由について、ずっと自分のせいだと考えていました。でも、女性差別の問題が職場に根強く残っていると気づいたとき、「私のせいじゃない」と、自分を責めるのをやめられて、心が落ち着きました。

1970年の訴訟から40年にあたる2010年には、ニューズウィークで何が変わり、何が変わっていないかをまとめた長文の記事「若い女性、ニューズウィーク、性差別」を同誌に書きました。批判的なことも書くため、編集幹部をかなり説得し、当時のメディア状況や歴史も振り返りました。この記事は私の転換点で「これこそが自分にとって大切で書き続けたい問題なんだ」と思いました。編集の過程では緊迫したやりとりもありましたが、出版後の反応はとてもポジティブ。会社は、だれが記事の筆者なのかや、幹部職の女性の割合などに、より目を配るようになりました。

――この10年間で、米国では女性を取り巻く環境が変わったと思いますか?

FFCは、私が加わった10年前、まさに「秘密」の団体でした。職場にばれたら不利益になると思っているメンバーもいたので、その存在も、そこで何を語ったかも口外しないと決めてたんです。

でも、いまはFFCについて公に話せるし、ジェンダー問題について、女性も政治家も経済界のリーダーもよりオープンに語れます。#MeToo運動のおかげで、タブーや性差別もおおっぴらに話せる。最も大きな変化です。

――逆に変わっていないことは何でしょう?

エビデンス(証拠)がないので言いにくいんですが、職場で意見を聞いてもらえない女性は今もいます。職場での女性の地位や賃金について経年変化を検証すると、今も「男性優位」が残っていることがうかがえます。

私たちはいまだに「女性大統領は誕生するだろうか」といった会話をしています。マサチューセッツ工科大の最近の調査によれば、人々は未来の米大統領について語るとき、女性に使う代名詞の「she」をほとんど使わない。「リーダーを描いて」と言うと、白人男性の姿を思い描く人がほとんど、という別の調査結果もあります。「当然、女性大統領候補に投票する」という私のような人でも、「リーダー」と言われたら、白人男性を思い描くほど、文化に浸透しています。

時津剛撮影

――どうして、変わらないんでしょう?

リーダーは常に男性だったという歴史があり人々もそれに慣れている。女性は仕事の世界にいるものじゃないという社会通念も長らくありました。社長や医者、科学者といった職業と女性を結びつける際には、乗り越えるべき文化的な障壁(バリアー)がまだ多いのです。

――2020年は米国で女性の参政権(suffrage)が導入されてちょうど100年。米政界で男女平等が達成されるには何年かかると思いますか?

分かりません。そんなに長くかからないことを望んでいますが、いまのところ、よい方向に進んでいるとは思えません。18年の米議会の中間選挙は女性の当選者が歴史的な数になり、実に大きな前進でした。同時に私たちの大統領(トランプ)は、女性についてとても悪いことを語る人物です。

歴史を振り返ると、女性が参政権を得た後も、投票を禁じられた女性は大勢いたし、アフリカ系、先住民、ヒスパニックの女性たちにいたっては、投票できるまでにその後何年もかかりました。私自身、女性参政権の歴史を学校では教わりませんでした。ニューヨーク・タイムズでの仕事は、再教育の役割も担っていると思っています。米国で女性の投票権獲得にどれだけ長い時間がかかり、困難であったか。その全体像を、かかわった人を網羅して描きたい。人々の欠落を埋める物語を描きたいと考えています。

そして、当時起こっていたことと、現在起きていることを関連づけることも試みたい。女性議員をいかにふやすか、女性がいかに効果的な一票を投じるか、ある地域で有権者がいかに抑圧されているか……私たちはそんな話をいまだにしています。だからこそ、過去と現在を結びつけることが大切なんです。

Jessica Bennett 米西海岸シアトル生まれ。ニューズウィーク誌などを経て2017年にNYTの初代ジェンダー・エディター就任。「生まれ育った街は進歩的で就職するまでジェンダー格差を感じたことはなかった」。『フェミニスト・ファイト・クラブ』(日本版・海と月社刊)は初の著書。

■報道にも男女格差、まず自覚を

ジェシカ・ベネットさんがNYT初のジェンダー・エディターとしてコンテンツを担当した際、「ジェンダー・ディレクター」として戦略的な役割を担ったのが、フランチェスカ・ドナーさんです。ジェンダー格差改善に向けたNYTの取り組みを聞きました。(聞き手・望月洋嗣)

ニューヨーク・タイムズ(NYT)でジェンダー・ディレクターを務めるフランチェスカ・ドナーさん=NYT提供

NYTが報道に関わる男女格差の問題に取り組む「ジェンダー・イニシアチブ」を始めたのは、2017年10月のことです。米国の大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行やレイプについて、NYTの女性記者たちがスクープをした直後だったので、すぐに著名人が起こした一連の性被害を読者に届けるニュースレターの配信に取り組みました。

報道のあり方を批判的に検証したところ、記事で発言を引用された5人がいずれも男性だとか、女性の健康に関する記事に出てくる識者がすべて男性だったといった事例がみつかりました。記者たちは無自覚にそうしたものだと思っていたんです。記者たちに「こう書け」とは絶対に言えないなかで、この問題をどう伝え、どう変えていったらいいか。編集局のデスク(編集者)たちに「もっと女性の興味をひくにはどうしたらいい? 何ができるだろう?」と投げかけました。

取り組みの一つとして、「見出しを決めるのは女性」がキャッチコピーのニュースレター「In Her Words」を開始。党派を超えて女性が政治を語るフェイスブック(FB)のグループをつくりました。「意見の違う女性とやりとりをしたかった」など、大きな反響があり、女性が女性だけで政治を語れる場が求められていたと分かりました。

ジェシカが主導した企画「This is 18」では、ふだんはスポットライトを浴びない18歳の女性たちに、心配や興味、将来の夢を語ってもらい、写真とともに紙面やウェブで報じました。米国内外で写真展も開催し、書籍化もされました。ふだんは紹介されない女性の話に耳を傾けることで、報道に、新たな物の見方をもたらしたよい事例だと思います。

男女平等が実現していない職場での女性の対処法を紹介した「The Working Woman’s Handbook(働く女性の手引き)」にも取り組みました。「自分が職場で唯一の女性だったら」「セクハラをされたら」「燃え尽きないでがんばるには」といった内容を冊子とウェブでまとめました。

ジェンダー格差解消には英国のBBCやフィナンシャル・タイムズ、米国のブルームバーグなども取り組み、メディア界でも広がっています。

NYTの社内でも浸透し、いまは、国際や経済のニュースでも、「ジェンダー的な角度が必要」というときは担当のデスクと協力しています。おおげさではなく、ニュースルームのみんながジェンダー・イニシアチブのチームの一員で、私たちと働くことを喜んでくれています。

Francesca Donner シンガポールで生まれ、高校まで英国で過ごす。ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、フォーブスなどを経て2017年からNYTのジェンダー・ディレクター。WSJ時代に、「女性のための特別なページはいらない」と女性読者に言われたことが忘れられない。