取材はちょうどランチとディナーの合間で、スタッフが30席あるテーブルのクロスのアイロンがけをしているところに、自身の名前が縫い込まれたエプロン姿で現れた。
――ガイドの発表セレモニーでのあいさつでは、「自分は外国人」と話していました。壁を感じていましたか。
それは壁だらけですよ。そうじゃないですか?そもそもフランスへの入国審査の時点で、(非EU市民は)別の列に並ばなければいけないでしょ。それに、「この店の前に(家庭ごみ回収用の)ゴミ箱を置かないでくれ」て役所に頼んでいますけれど、いまだに置かれたまま。(三つ星シェフの)アラン・デュカスが頼めばすぐどけてくれると思いますよ。
――99年に渡仏してレストランで働き始めます。皿洗いから始まったのでしょうか。
いえ、それまでに日本でみっちり修行していましたし、知り合いの紹介で入った店なので、肉料理の担当をさせてもらいました。最初は魚料理と告げられたのですが、日本でお世話になったシェフから「肉料理はフランスで学べ」といわれていたので代えてもらったんです。
――2003年からアラン・デュカスさんの三つ星店で働きましたが、デュカスさんは「料理は65%が食材だ」と語っています。その考えを引き継いでいますか。
引き継いでいないです(笑)。もちろん食材がないと料理もないですが、それをきちんと加減するスタッフのおかげで料理はできています。デュカスは我々には「80%が食材だ」と言っていましたけどね。我々料理人の割合はどれくらいなのか、怖くて聞けなかったですが(笑)。
――ランチのコースメニューは58ユーロ(約7千円)から。パリの他の三つ星レストランと比べると、低めに抑えられています。
正直、(飲み物の注文もなく)58ユーロだけだったら赤字になります。でも、そこは考えようで、足を運んでもらって「こんなにおいしかったよ」と口コミで広がってもらえればまた来てもらえますから。
――よく、和食は素材を引き立てる引き算、洋食は足し算と言われますが、小林さんはどのようなスタイルですか。
それは文化的な違いがあると思います。確かに和食は引き算をしますが、フランス料理は王様があちこちからいいものを取り寄せることで成り立っていた。そういう意味では(必然的に)足し算なんです。でも、今の時代はソース、ソースと重たくしなくてもいい。和食のように引くことも、洋食のように足すこともしています。
――料理長として完璧を目指すにあたって、労働を苦痛と考えがちなフランスで、苦労もあるのでは。
そうですね。すぐ言い訳をされるので、そこは「ここはこうでしょ」とブロックします。シェフ(料理長)というのは人を使う仕事です。人に任せられないといけません。使われるだけでは使われるままに終わる。そして材料だけではいいものはできない。言うべきことは言う、自己主張の国ですから自分も主張は強くなりました。
――高校1年生の頃、日本のテレビ番組で見た三つ星シェフのアラン・シャペルさんにあこがれて料理の道を目指しました。当時の理想像に近づきましたか。
当時は、三つ星のレベルになればもっと広い景色が見えると思っていました。でも、いま直面しているのは重圧です。期待に応えなければいけないし、1日500皿をミスなく出し、年間1万人訪れるお客さんにきちんと「来てよかったな」と感じて帰っていただくことを一番に考えています。
――アラン・シャペルさんも同じように重圧を感じていたのでは。
そうかもしれないですね。この職業は地味な部分が99%。光が当たるのは1%。好きでないとやれません。
極端なことを言うと、一つ星でも三つ星でも味だけみれば、おいしいものは作れる。そもそも「おいしい」に定義はないですからね。でも、三つ星のすごさはデタイユ(細部)にあります。たとえば、同じ水にしても、コップをこうやってドン、と突き出すのと、こうやってそうっと差し出すのとでは印象が違いますよね。同じ一品でも、きちんと磨いた銀食器とそうでないのとでは違うでしょう。
こうした体験というか、「この人たちなら何かをしてくれる」というトータルな期待感を生み、応えるのが三つ星なんだと思います。
お店は秋に改装する予定なんですが、光をうまく使って、劇場のような内装にしたいと思っています。とにかくお客さんには、いい時間を過ごしていただきたい。それが自分が目指すレストランです。