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ヒラリーとチェルシー母娘がつづった闘う女たちの記録、ベストセラー入り

Bestsellers 世界の書店から
田辺拓也撮影

『The Book of Gutsy Women』は、ヒラリー・クリントンと娘チェルシーの共著。困難な状況に勇気をもって立ち向かい、偉業を成し遂げた女性たちの物語を集めた伝記集。母娘が感銘を受けた100人以上のGutsy(勇敢)な女性を取り上げる。

例えば、キュリー夫人やヘレン・ケラーといった歴史上の人物から、テニスのウィリアムズ姉妹などの米スポーツ選手やスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリまで幅広い。日本人では、女性として世界で初めて7大陸最高峰への登頂に成功した登山家、故田部井淳子も登場する。

ひとり数ページずつ、ヒラリーとチェルシーの会話形式で物語が進む。女性の社会進出の道を切り開いてきたヒラリーと、すでにある程度道が開かれた時代に育ったチェルシー。世代の違う母娘の異なる視点が、伝記集にありがちな単調さを防いでいる。ヒラリーと実際に面識のある女性も多い。

本書の一番の魅力は、自分の知らない女性たちの物語が読めることだ。例えば米写真家のマーガレット・バークホワイトは、第2次世界大戦時に報道写真家として空軍に従軍。女性戦場カメラマンの草分けとなった。ハワイ州初の女性弁護士で日系3世のパツィー・ミンク(日本名:竹本まつ)は1964年、白人以外の女性で初めて米下院議員に当選した。共通するのは、不屈の精神とたゆまぬ努力、そして自分は必ず成し遂げられると信じる楽観性だ。

この本に対する評価は、ヒラリー嫌いの人やフェミニズムを敬遠する人の間では高くない。一方、特に娘を持つ母親からは読ませたい本として絶賛されている。

彼女たちの物語を読むことは、女性差別だけでなく、黒人差別やユダヤ人迫害など、世界の差別との闘いの歴史を知ることでもあった。そしてそれらの差別はどれも終わってはいない。トランプ政権が発足後、#MeToo運動や多くの女性議員の台頭など、現在も女性たちは闘っている。本書を執筆したのは、女性の地位向上について話をするきっかけになればとの思いからだ。「私たちは本書に登場する女性たちから力をもらった。皆さんにも受け取って欲しい」と、著者たちは読者にエールを送っている。

■ビル・ブライソン『The Body』

著者は、2003年に発行されるや世界中でベストセラーとなった『人類が知っていることすべての短い歴史』(新潮文庫)で、宇宙の始まりや原子の成り立ち、人間の誕生、DNA、時間など、人間をとりまくすべての科学的事柄について、楽しく明快に説明してくれたビル・ブライソン。米アイオワ州生まれで英国在住。旅行記などでも知られる作家だ。

新作となる本書『The Body』では、人間の身体について、前作までと同様に面白く、わかりやすく説明してくれている。目次を見ると、「人間の作り方」に始まり、「肌と髪」「体内微生物」「脳」「頭」「口と喉(のど)」「心臓と血液」「骨格」「免疫」「内臓」「睡眠」といった、まるで高校生の生物の教科書のような堅苦しい項目が並んでいる。

では、本書はどう面白いのか。序章「人間の作り方」から少し紹介しよう。著者は中学生の頃、生物の教師から、人間の身体を作っているすべての化学物質は、金物屋で15ドル(約1650円)以下くらいの値段で手に入ると教えられて驚き、以来、ずっと気になっていたという。著者が英国王立化学会の発表を調べたところ、人間を作るには59の元素が必要で、そのうち炭素、酸素、水素、窒素、カルシウム、リンの六つが99.1%を占める。残りの詳細は不明だが、その多くはモリブデンやバナジウムといった様々な微量元素で、それらがなければ人体は成り立たない。そして人間を作るのには総額15万1578ドル46セント(約1670万円)かかるという。中学の先生が言っていた額とはだいぶ違う。

一方、米公共放送サービスPBSの人気科学テレビシリーズ「NOVA」で同様の検証をしたところ、168ドル(約1万8500円)という結果となったが、やはり微量元素の詳細は不明とされた。いずれにせよ、すべての構成元素をそろえたところで、新しい人間を作り出すことはできない。「人間は、土砂の山で見つけられるのと同じ、単純に自力では動けない構成要素の集まりにすぎない」と著者は言う。そして「人間を作りだす構成要素に関して唯一、特別なこととは、その構成要素が人間を作り出したという事実にある。それが生命の奇跡だ」と語る。

このほか「人間は1日に1万4000回もまばたきをする。1日のうち目覚めている時間の23分間は目を閉じている計算になる」「人間の身体は、本人がまったく意識することなく、毎分毎秒、文字通り計り知れないほどの仕事をこなしている」など、読者を飽きさせることなく話は続く。DNAの説明の後には、「あなたは300億年かけた進化の微調整の産物なのだ」と教えてくれる。

第2章以降は、人体の各器官の構造と機能について、そしてそれが機能しなくなった時どうなるかについて説明されていく。どの章も序章と同様、流れるように読まされてしまう。

最終章は人間の死についてだ。医学の進歩により人間の寿命は延びたが、逆に何らかの疾患を抱えながら生きている人間が増えた。つまり人生の質が伸びたわけではない。すべての人間は死ぬ。細胞は、ある一定回数の分裂を繰り返すと死ぬようにあらかじめプログラムされているのだ。なぜ人は年をとるのか。認知症の問題や老化防止サプリメントの危険性。女性の閉経。どれだけ医療技術が進歩しようとも、どうやら人間は115歳以上は生きられそうもないこと――。最新の医学論文も交え、老いと死に関する様々の興味深い考察を読むことができる。

人体について客観的な事実を知るうちに、素直に自分の身体を大切にしようと思うようになる。生命の神秘に感謝するような気持ちにもさせられる。進化論を否定している人には受け入れられない内容もあるだろうが、すべての人間におすすめしたい本だ。

■チャールズ・ブラント『I Heard You Paint Houses』

マーティン・スコセッシ監督の映画「アイリッシュマン」(2019)の原作となったノンフィクション。1975年に起きた全米トラック運転手組合「チームスター」の委員長ジミー・ホッファの失踪と殺害事件の真相とされる話だ。中心となる人物は、フランク・「アイリッシュマン」・シーラン。事件の有力容疑者の一人で、03年まで生きた彼の伝記ともなっている。

弁護士で元検察官の著者チャールズ・ブラントは、死を目前に控えたシーランから話を聞き、当時の状況と照合させる作業を数年にわたっておこない、本書にまとめた。会話の録音テープは数百時間にもおよぶという。初刊は04年だが、19年末の映画公開に合わせ、新たな章を加えて再発刊された。

表題の『I Heard You Paint Houses』を日本語にすると「君は家のペンキを塗ると聞いたが」となる。「ペンキを塗る」というのは、マフィアの間では「請負殺人をする」という隠語だ。それは、シーランが初めてホッファと電話で話した際に彼から言われた言葉だった。

米東部フィラデルフィア郊外の貧しい家庭に生まれたアイルランド系カトリック教徒のシーランは、第2次世界大戦中、米陸軍兵士として連合軍によるイタリア侵攻に参加。計411日にもおよぶ壮絶な戦いの間に、人を殺すことに無感覚になった。戦後、故郷に戻りトラック運転手をしている時、イタリア系マフィアの陰の大ボスであるラッセル・ブファリーノと出会い、彼から殺人の仕事を請け負うようになる。ブファリーノの信頼を得たシーランは、労働組合「チームスター」で当時、強大な権力をもっていたホッファを紹介され、彼のボディーガードの仕事をするようになる。

やがてホッファは、マフィアとのつながりや労働組合でのさまざまな不正について、司法長官となったロバート・ケネディやFBIから厳しい追及を受ける。結局、労組の不正年金使用や陪審員買収の罪などで訴追され、67年に収監された。71年、ニクソン大統領の恩赦によって出所。委員長職への復帰に意欲的だった75年に突然、行方不明となり、現在も彼の遺体は発見されていない(82年に死亡宣告)。

著者とのインタビューにおいて、シーランは、ホッファを銃で殺したのは自分だと打ち明けている。デトロイトの犯行現場に著者と同行し、検証もしたが、遺体処理については知らないという。マフィアの仕事は分業制の「流れ作業」であり、シーランの仕事は、指定された時間に指定された場所でホッファを銃で殺し、時間までに戻って報告をすることだけだった。長年、ホッファと家族ぐるみの付き合いをしていたシーランの良心の呵責(かしゃく)は大きかった。事前に警告もしたが、ホッファは聞き入れなかった。

シーランはブファリーノの指示ならばどんな「雑用」もやった。ホッファ以外にも、敵対するマフィアのメンバーなど、ブファリーノの指示で手を染めた多くの殺しについても告白している。運転手として闇取引の現場も頻繁に訪れた。運び屋の仕事も多かった。キューバのカストロ政権打倒を目的にした61年の米国によるキューバ侵攻(ピッグス湾事件)で使うための武器や、ニクソン政権時代には司法長官への賄賂、また、63年のケネディ大統領暗殺に使われた銃もシーランが運んだという。

著者は、マフィアの一味のような人と会ったり、一緒に事件現場を訪れたり、シーランの弁護士や友人や家族と会ったりしながら、シーランという人物をよく知るようになっていった。話を聴く際、鉄則としていたことが二つあったという。まず、シーランが否定したりうそを言ったりしても、心の底から告白をしたいと思っていると信じること。もう一つは、話し続けさせること。そうすれば真実はおのずと現れるという。シーランの告白はすべてが真実とは限らないと批判する人々もいる。だが、著者と多くの当時の捜査関係者たちは、綿密な検証の結果、ホッファ事件はおおむね解決したとしている。

映画はシーランを主人公とした物語なので、著者は登場しない。本書の面白さは、まず、著者が過去の捜査記録を調べ、シーランの話を検証するその詳細な過程を読めるところにある。また、第2次世界大戦以降のアメリカの政治とイタリア系マフィアを中心とした裏社会の関係について詳しく知ることができる。ケネディ大統領からニクソン大統領にかけての時代の米国史が肌で感じられる。私は本書を読み終えてから映画を見たが、順番が逆であっても問題なく楽しめるだろう。

筆者(宮家)が暮らすニューヨークには、イタリア系マフィア全盛期の面影を残す老舗のレストランが多く残っている。今も街に色濃く残る歴史の一幕を垣間見せてくれる本だった。

米国のベストセラー(電子書籍を含むノンフィクション部門)
2019年12月22日付The New York Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)

1  Educated

Tara Westover タラ・ウェストオーバー

宗教上の理由で学校に通ったことのなかった女性が、博士号を取得するまで。

2 Me

Elton John エルトン・ジョン

英国の大御所ミュージシャンの自伝。

3 Sam Houston and the Alamo Avengers

Brian Kilmeade ブライアン・キルミード

Foxニュースの番組ホストがアラモのとりででのテキサス軍とメキシコ軍の戦いを描く。

4 A Warning

Anonymous アノニマス(著者非公表)

トランプ政権の政府高官が匿名で発表。政権内部の人間のみが知る真実を語る告発書。

5 Becoming

『マイ・ストーリー』(集英社)

Michelle Obama ミシェル・オバマ

オバマ前大統領夫人が半生を語る回想録。

6 Talking to Strangers

Malcolm Gladwell マルコム・グラッドウェル

コミュニケーション不足が、いかにして争いや誤解を招くのかについて。

7 The Body

Bill Bryson ビル・ブライソン

人間の身体の個々の機能を、ユーモアを交えてわかりやすく説明。

8 The Book of Gutsy Women

Hillary Rodham Clinton and Chelsea Clinton  ヒラリー・クリントン、チェルシー・クリントン

困難を乗り越え、偉業を成し遂げた勇気ある100人以上の女性をヒラリー母娘が紹介。

9 I Heard You Paint Houses

『アイリッシュマン(上・下)』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

Charles Brandt チャールズ・ブラント

マーティン・スコセッシ監督の映画「アイリッシュマン」の原作。

10 Blowout

Rachel Maddow レイチェル・マドー

米ニュース局MSNBCの番組ホストがエネルギー業界を巡る米露の陰謀を暴く。