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死が「永遠の別れ」でなくなる未来、人はどう生きるのか 韓国のSF短編小説集

Bestsellers 世界の書店から
田辺拓也撮影

SF短編小説集『私たちが光の速度で進めないなら』は、26歳の新人女性作家の作品だ。大学院で生化学を学び、公募の締め切りに合わせ、あわてて書いた「館内紛失」で韓国科学文学賞短編部門の大賞を受賞した。

妊娠中のジミンは、仲たがいしたまま死に別れた母を探しに図書館にやってくる。すでに紙の本は消滅して久しい。図書館にあるのは膨大な死者たちの記録と記憶だ。巨大なデータベースに入力され、「マインド」と呼ばれる死者のイメージが構築されているのだ。

ところがいくら検索しても、母の「マインド」が見つからない。図書館の職員は「館内のどこかに必ずあるはず」と言うのだが。何者かが接続できないように、ブロックしたのだろうか。

新たな資料をスキャンして入力すれば、その関連語で探し出せるかもしれないと職員に言われたジミン。連絡の途絶えていた弟や、母よりもっと疎遠だった父を訪ねて、母の記憶や遺品を探す。

ジミンは、ヒステリーを起こす母の姿しか覚えていない。母は自分を産んでから、精神を病んでしまったのか。母を顧みなかった父を憎み、母から逃げたい一心で海外に留学した。母の訃報(ふほう)になんの感慨も湧かなかったのに、なぜ今、母を探すのか。

人間関係や共有した物、他人の脳に刻まれた痕跡まで、個人の生涯情報がすべてデータ化された未来。遺族は望む時に死者を呼び出し、「マインド」と対話もできる。そんな未来は幸せなのか。痕跡を残さず世を去りたいと望む人はどうするのか……。

ほかにも、新たな資源や住空間を求めて宇宙開発に乗り出した結果、宇宙離散家族となってしまう研究者、身体をサイボーグ化する宇宙飛行士など、七つの短編に新たな世界が次々と展開する。

「遠い未来でも、寂しい人は出会いを渇望し、互いを理解することを諦めないだろう。そんな理解の断片や目の前の存在と共に生きていく話を、これからも書いていきたい」と、あとがきにある。

かわいらしい容姿の作家の写真に、思わず目が留まる。きらめく想像力。さわやかな読後感。見事な構成力。できすぎの感すらある。次作が待望される、堂々たる新人の登場だ。

■チャン・リュジン『仕事の喜びと悲しみ』

『仕事の喜びと悲しみ』のチャン・リュジンも、女性新人作家だ。

1986年生まれ。10年間、会社員として働きながら小説を書き続けた。しかしそれを、周囲には決して明かさずにいたという。月給で小説本を買い、文芸誌を購読し、文芸創作講座に通いながら、書いた。書けない時は月給取りの暮らしが慰めになり、仕事のストレスは小説の読み書きで解消した、とあとがきにある。

八つの短編で、様々な場所で仕事をする人の日常や心の機微を、巧みに描いている。どの主人公も、勤務時間が終われば、仕事のことなど考えない。少なく働き、たくさん稼ぐことがモットーだ。

そのうちの一編、「若干低め」に登場するミュージシャン志望のジャンウは、遊びで作った歌がユーチューブで大ヒットし、芸能プロダクションからデビューの話を持ちかけられる。しかしジャンウは、デジタルシングルを出そうという申し出に応じない。「本の中の好きなページだけ、破って持っているようなものだから」と。かと言ってジャンウは、CDを作るほど曲を書きためているわけでもない。狭い部屋で、電気代も滞納したままだ。愛想を尽かした恋人は、「もっと人生を効率的に生きてよ」と、捨てぜりふを残し去ってゆく。

子どもを持たないのは、狭い家にグランドピアノを置かないのと同じ、という「助けの手」の主人公の女。自分はもてるとうぬぼれながら、思いを寄せた女にぎゃふんと言わされる「私の福岡ガイド」の30代の男。それぞれに自分なりの主義主張がある。それは、他人の価値観とは明らかにずれている。まさにそれが、いまどきの人々の生き様なのだろう。

この作品で本格的に小説家としてデビューした作家は、5年後、10年後にどんな作品を書くのだろう。見守っていきたい。

■リュ・シファ『神が読点をつけた所に句点をつけるな』

詩人として多くのファンを持つリュ・シファは、以前にもユダヤ人の寓話(ぐうわ)を集めた『人生寓話』がヒットした。今度はインドの寓話を集めて、『神が読点をつけた所に句点をつけるな』を編んだ。

「私は物語を作る作家ではなく、物語を集める作家でありたい。素朴な文体で、人間の暮らしに対する洞察を伝える物語を」と書く。古代インドの寓話は、アラブやギリシャなどの翻訳家によって西方へと伝わり、イソップ寓話の母体ともなったことを知った。

古き賢者の言葉を拾い集めて、現代人の心に届けと祈る詩人の顔は、きっと喜びに輝いていることだろう。まるで荒れ地に花を咲かせながら、痕跡も残さない賢者のように。読者としてはそろそろ、詩人の新しい創作詩の方も読みたくなってくるころなのだが。


韓国のベストセラー(文学)
2020年1月第1週 インターネット書店アラジン集計

1 우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면 私たちが光の速度で進めないなら

김초엽 キム・チョヨプ

科学を学んだ26歳の小説家のデビュー作。「2019今日の作家賞」を受賞。

2 너와 함께라면 인생도 여행이다  おまえと一緒なら人生は旅だ

나태주  ナ・テジュ

広く愛され続ける詩。登壇50年を記念して昨年末に出た41冊目の詩集。

3 천일야화 『ガラン版千一夜物語』(岩波書店)

앙투안 갈랑 アントワーヌ・ガラン

フランス東洋学者が翻訳した『千一夜物語』の完訳本。2冊セットの特別版。

4 목소리를 드릴게요 声を差し上げます

정세랑 チョン・セラン

デビュー10年目の小説家の8編のSF短編集。おごれる人類への警告。

5 일의 기쁨과 슬픔 仕事の喜びと悲しみ

장류진 チャン・リュジン

10年の会社勤めを経てデビューした小説家。働く女性を描いた短編集。

6 파인드 미 ファインド・ミー

안드레 매치먼 アンドレ・アシマン

映画化もされた『君の名前で僕を呼んで』の続編となる小説。

7 데미언 『デミアン』(新潮文庫)

헬르만 헤세 ヘルマン・ヘッセ

読書感想文の定番として、夏休みと冬休みに必ず売れる名作。

8 작기들의 비밀스러운 삶 作家たちの秘密の暮らし

기욤 뮈소 ギヨーム・ミュッソ

迷宮入りしそうだった20年前の殺人事件のベールが剝がされていく。

9 신이 쉼표를 넣은 곳에 마침표를 찍지 말라 神が読点をつけた所に句点をつけるな

류시화 リュ・シファ

善き言葉を集める吟遊詩人が、古代インドの賢者の寓話(ぐうわ)をひもとく。

10 디디의 우산 ddの雨傘

황정은 ファン・ジョンウン

社会の転換期に生きる孤独な都会人の暮らしを、骨太な作家が描いた短編集。