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アレックス・バナヤンが教える、成功への裏道「サードドア」の探し方

Global Outlook 世界を読む
アレックス・バナヤン氏=渡辺志帆撮影

――およそ4年間で、マイクロソフト社を創業したビル・ゲイツや、ハリウッド俳優ジェシカ・アルバら米国の著名人約20人にインタビューを行いました。どうしてこんな挑戦を始めたのですか。

初めはとても単純なアイデアでした。18歳の時、米国の若者らしく「成功したい」という夢を抱いていたけれど、具体的に何をすればいいのか分からなかったんです。図書館で手当たり次第に本を読んでみたけれど、探していた答えは見つかりませんでした。

そこで「誰も書いていないなら、一夏かけて成功した人にインタビューして自分で書けばいいじゃないか」と思いついたのです。「理想の大学を作るなら誰を教授にしたい?」と友人と名前をどんどん挙げました。経営学はビル・ゲイツ、ジャーナリズムと放送はラリー・キング(米国の著名な司会者)、音楽はレディー・ガガという風に。

ゲイツにインタビューすることがどれだけ難しいことか当時は分かっていなかったので、3カ月くらいで書き上げる気でいたら7年もかかってしまいました。

――インタビューするうち、成功者たちのある共通点に気づいたそうですね。

望むものを手に入れる道は必ずあるということ、そしてその考え方。分かりやすくいえば、成功には三つのドアがあるということです。

「第1のドア」は、大多数の人たちがそこから入ろうと長い列を作って順番を待っています。「第2のドア」は大金持ちやセレブだけが入れます。米国や日本の多くの社会では「王族でないなら、みんなと同じ列に並べ」と言われます。でも私が学んだことは、必ず「第3のドア」が存在するということです。行列を飛び出して裏路地を駆け下り、ドアを100回たたき、窓をこじ開け、勝手口から厨房(ちゅうぼう)を通り抜けて中に入る方法が必ずあるのです。

社会は「静かに自分の順番がくるのを待ちなさい」と私たちに教えますが、私たちに「静かに」と諭す成功した人たちこそ、「第3のドア」から入ることをやってのけたという事実に気がついたんです。

――それが書名にもなっている「サード(第3の)ドア」ですね。

そうです。ある時期から、おそるおそるインタビューした相手にこの考え方をどう思うか、尋ねてみると、ことごとく「言い得て妙だ」と賛同してくれましたよ。

――インタビューした中で、特に印象深い著名人は誰ですか。

音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズと、俳優で実業家のジェシカ・アルバです。

ジョーンズはフランク・シナトラや、マイケル・ジャクソンのプロデューサーとして有名ですが、米国の若者の間では必ずしも有名ではありません。それでも印象に残ったのは、彼が自分の過ちを率直に語り、成功と失敗は対極にあるものではないことを人間味を持って語ったからだと思います。

アルバは家族の病や悲しみを率直に語りました。ビジネスやキャリアで成功するための本を書くはずが、彼らに出会ったことで、本の内容は私が失敗して、拒絶されて、時々うまくいって、間違いを犯して、父が病で亡くなってと、私自身の人生を書いた本になりました。

――ご自身でも「サードドア」の精神を実践したそうですね。

インタビューのために(ゲイツが住む)西海岸シアトルや東海岸のニューヨークに行かなくてはいけなかったのですが、旅の資金を得ようと地元で撮影されている観客参加型の人気ゲーム番組への出演を勝ち取り、優勝賞品の小型ヨットを獲得しました。これは、私がその思考を体現した最初の経験かもしれません。

――投資王ウォーレン・バフェットにインタビューしようと苦労する中で、信頼していた人物に裏切られ、挫折もしたそうですね。失敗が怖かったり、途中でやめたりしようとは思いませんでしたか。

やめようと思ったことは何度もありました。でもやめなかった理由は、すべての優秀な人たちが、宣伝や売名のためとかでなく集まって、その英知を次世代のために集結させれば、若者たちができることはもっともっと増えるのではないかと思ったのです。

――著書は全米でベストセラーになり、日本でもヒットしています。どんな点が共感を呼んだのだと思いますか。

私は米国生まれの米国人ですが、私の家族は1979年のイラン革命を逃れて米国にやってきたイラン系ユダヤ人の移民です。

亡き父は、米国で新たに中古車販売関連ビジネスを立ち上げましたが、私が4歳の時に倒産し、弁護士だった母が家計を支えました。移民である両親や祖父母が望んだのは、私が米国で医者になること。私のことを誇りに思ってほしかったし、議論の余地も与えられなかったので素直に従っていました。そして、大学に入学して初めて、それが自分の進むべき道なのか疑問を感じたのです。両親の期待は、まるで牢獄のように感じられました。家族の期待を背負う点で、日本の若者の気持ちもよく分かります。

――子供の頃から医者になることだけ目指してきたのに、あるときから疑いを持つようになったのですね。

そうです。そしてそれは、とても恐ろしいものでした。もし医者にならないなら、何になったらいいのか。どうしたら自分の道を見つけられるのか。家族は受け入れてくれるのか……。現実は甘くないだろうし、痛みを伴うかもしれません。でも最悪なのは、年を取ってから「あのとき自分に正直にい続けられていたら」「夢を見つけて追っていたらどうなっていただろう」と後悔することだと思ったのです。

――インタビューの実現を後押しし、助言をくれた複数の「メンター」の存在も印象に残ります。

彼らに出会えたのは幸運でしたが、それだけでもないと思っています。私自身が多くの人に会う努力をしたからです。数百人の中の数人がチャンスを与えてくれたのです。助けてくれなかった人も、私を毛嫌いしてではない。別のことで忙しかっただけかもしれません。その中で、幸運にも、誰かを助けたいと思っている人に巡り合えたということです。

――最初に挑戦を思い立ってから8年ほどたちましたが、今のあなたは自分らしい道を歩んでいますか。

そう思います。今はこの「サードドア」の考え方を講演などを通じて世界中の若者に伝えたいと思っています。未知の領域に足を踏み出す勇気は、ジムに通って持ち上げるウェートを少しずつ重くすることに似ています。日々、少しずつでも自分の限界を押し広げていくことで身につくのです。

最初は筋肉痛になったり、腕を痛めたりすることもあるけれど、数年後には自分でもびっくりする重さを上げられるようになっているでしょう。あなたの人生はあなたのもの。まずは何が自分をわくわくさせ、生き生きと感じさせるのかを知り、自分らしい夢を見つけてください。そしてあなた自身が決意すれば、誰の許可も待つ必要はないのです。