パリから電車で約30分のサント・ジュヌビエーブ・デ・ボワ。2019年11月17日、人口約3万5000の町を訪れると、薪をたいたドラム缶を囲んで数人が暖をとっていた。18年、マクロン政権に異を唱えてフランス社会を揺るがせた「ジレジョーヌ(黄色いベスト)運動」の1周年記念集会。パンやピザ、温めた赤ワインを分け合うピクニックのような集会の横を、支持表明のクラクションを鳴らして車が通り過ぎる。パトカーの警官も手を振った。
「マクロン大統領の新自由主義的な経済政策、とくに税制、社会、環境についての不公平さに我慢できなかった」
元中学・高校教師のコリーヌさん(50)は、そう話した。41歳の時に病を患い、早期退職せざるを得なかった。社会とのつながりを断たれた「孤独」の辛苦から救ってくれたのがジレジョーヌだった。「仲間と友愛的でとても団結した関係を育んで、心からの友情になりました。もう知らない人は、一人もいません」
首都パリでも1周年の大規模デモがあり、一部の暴力的な集団と警官が対立。買い物客でにぎわう中心部のショッピングモール脇でも警官が催涙弾を発砲。白煙が立ちこめ、人々が逃げ惑った。
1年前、燃料税の引き上げ方針をきっかけに全土に広がった運動は、規模は小さくなっても各地で今も続く。世論調査でも国民の半数以上が支持している。
「平均年齢は47歳前後、多くは結婚していない」――。仏社会学者らが集めた公表されている人口統計データから、参加者の「特徴」が浮かび上がった。
仏国立社会科学高等研究院の教授で、米仏の独身者の増加と税制問題に関する著作があるロマン・ユレ氏は、「参加者には未婚または離婚した社会的、家庭的に孤独な人が多く、孤独を打ち破る一つの手段として路上に集まっている面がある。ロータリーでの集会は、連帯と出会いの好機だったのです」と読み解く。仕事や予定がなく自宅に閉じこもっていた人々が、週末ごとに行われるジレジョーヌを機に外に出て加わっているケースが散見されるというのだ。さらに、こうした社会運動の枠組みを超え、参加者専用の「マッチングサイト」までできている、とユレ氏は指摘する。
実際、ジレジョーヌで出会って付き合い始めたり、結婚したりするケースが仏紙などで紹介されている。50代のセシルさんとダニエルさんもそんなカップル。サント・ジュヌビエーブ・デ・ボワのロータリーで知り合い、意気投合。セシルさんは夫と別れ、独身だったダニエルさんと暮らし始めた。「でも、こうなるために運動に参加したわけじゃないよ」と、2人は笑う。
ソーシャルワーカーのセシルさんは、孤独や貧困を抱えた「脆弱(ぜいじゃく)な立場」の人と接してきた。「病気や離婚、失業、アル中は人生のアクシデントで、だれにでも起こり得る。ジレジョーヌに集まった孤独な人びとを見て、みんなが団結すれば何かできると思った」
失業して数年になるダニエルさんも、「団結を見いだせた。そして多くの友を得たこことも良いことだった」と振り返る。
セシルさんは言う。「みんなが運動を続けるのは、政治や労働組合の枠を超えてまた会いたいという新しく、シンプルな理由だと思う。そうした人の集まりが、社会を変える一つの可能性になる。私はそう思っています」