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すべてを失った犯罪者、本当に人生の落後者か 新興出版社から出た受賞作

Bestsellers 世界の書店から
田辺拓也撮影

フランスで最も権威あるゴンクール賞を、ガリマール、スイユ、グラセといった常連の老舗出版社ではなく、創業30年足らずのオリビエ出版の作品が昨年初受賞した。ジャンポール・デュボワ著『Tous les hommes n’habitent pas le monde de la même façon(すべの人が同じやり方でこの世を渡っているわけではない)』。

フランスに2000以上あると言われる文学賞の中でも、販売部数が跳ね上がるのはゴンクールをはじめごく一握りの賞だ。それゆえ毎年、大きな賞が集中する秋になると、第1次、第2次と選考が進むにつれ、候補作の出版社の間にただならぬ緊張感が張りつめる。

デュボワは『ル・ヌーベル・オプセルバトゥール』誌などで活躍した元記者で、長年オリビエ出版で作品を発表。16年前、『フランス的人生』でフェミナ賞を受賞した。まれにしかメディアに出てこない作家だ。

主人公ポールはカナダのモントリオールの刑務所で、いかにも極悪非道だが繊細な面もある男と6平方メートルの房を分かち合っている。彼のそれまでの人生と刑務所での共同生活が、デュボワ独特の深い人間洞察に基づいたユーモアと絶望に近いメランコリーを交えて交互に語られる。

デンマーク出身の牧師の父と、映画館を運営する自由奔放なフランス人の母を持つポールは、離婚してカナダに移住した父を追ってモントリオールに住み着く。高級マンションの管理人兼修理屋として、あらゆる問題の解決に夜昼なく奔走し、住人を助け、時にその魂の救済にも赴く。彼のささやかだが人間性に満ちた世界は、住人代表役員の入れ替わりを機に、徐々に崩壊してゆく。ポールがどんな罪を犯したのかは、最後にならないとわからない。

愛する父も、カナダ原住民の血を引く妻も、苦労多くもやりがいのあった仕事も、妻が拾ってきた愛犬も、持っていたささやかな幸福のすべてを失って刑に服すポールは、どう見ても人生の落後者だ。だが、果たしてそうなのか? 冒頭に語られる、退けても退けても風が運ぶ砂に埋もれる教会のイメージに似て、人生は努力に見合わない徒労の連続にすぎないのか?

つましい人生を送る多くの人の胸にいつまでも余韻を残す、不思議な魅力を放つ作品である。

■高校生が選ぶ文学賞、警視総監が発表する犯罪小説の賞

毎年、ゴンクール賞と並行して、「高校生たちが選ぶゴンクール賞」も話題を呼ぶ賞のひとつだ。昨年に出版された作品の中で最もフランスの高校生たちの心をつかんだのは、カリンヌ・テュイル著『Les Choses humaines(人間的事象)』だった。ジャーナリストたちが選考するアンテラリエ賞も同時受賞している。2015年、スタンフォード大学キャンパス内で起こった強姦(ごうかん)事件に想を得た作品。#MeToo運動に象徴される、セクシュアルハラスメントへの社会意識の変化も描きこまれている。

アレクサンドルは、TV界で活躍する政治キャスターの父に、フェミニストとして著名なエッセイストを母に持つ。メディア界、政界に強い影響力がある、フランスのインテリ層を代表するようなまぶしいカップルの子供だ。優秀で将来を期待され、スタンフォード大学で勉強を続けている。

それがパリ滞在中に、学友たちとのパーティーに母の新しいパートナーの娘を同伴して出かけ、アルコールとドラッグが入った勢いでその娘と性交渉を持つ。誘惑した女の子の下着を取ってくる、という友人にふっかけられたふざけたゲームに加わったのだ。彼にとっては、なんということもない行きがかり上のセックスだった。ところが、後日、強姦容疑で逮捕される。成功を約束されていたはずのアレクサンドルの人生はみごとに挫折する。

本書はその裁判の過程を克明に追う。公判の場では被害者も加害者も、性行為のディテールはもちろん、玉ねぎの皮を芯までむかれるように、私生活の一切が検証される。ひとつの性行為が被害者と加害者の間でどれほど大きなズレをもって受け止められているか、どこに真実があるのか、読者は陪審員のひとりになったかのように、迷い、揺れる。

カリカチュアに陥りぎみだという批判もあるが、性をめぐる男女の駆け引きや、男女関係に潜む虚構が、息子はもちろんその両親の人生も含めて残酷なほどに活写され、その力技には感服せざるを得ない。

数ある文学賞の中には、「ケ・デ・ゾルフェーブル賞」という犯罪小説を対象にした賞もある。賞の名は、パリ警視庁の刑事部のあるセーヌ河畔の道の名で、17年にそのほとんどがパリ北部に移転したが、長いこと刑事部の代名詞として親しまれてきた。

この賞の審査委員は警察官、司法官、弁護士らを中心に構成され、投稿作の中から絞り込まれる。作者名は秘されて審査員たちが回し読みし、文学性はもちろんだが、司法や警察機構の現実を忠実に描写しているかどうかも重要な選考基準となる。賞の発表は警視総監自らが行う。

昨年秋の受賞作は、アレクサンドル・ガリアン著の『Les Cicatrices de la nuit(夜の傷)』。著者自身も警察官で、弱冠30歳、1946年の賞の創設以来、最年少での受賞となる。ガリアンはこれまでも別のペンネームで共作の小説を発表ずみで、受賞をきっかけに執筆活動に専念するため職務を離れている。

売春捜査課で長年活躍した刑事が主人公の物語。刑事がぶつかる事件を通して、パリの夜の世界と、大都会の闇を支配する魑魅魍魎(ちみもうりょう)を描き出している。

フランスのベストセラー

フィクション部門 L'Express誌2019年12月4日号より

1 Tous les hommes n'habitent pas le monde de la même façon

Jean-Paul Dubois  ジャンポール・デュボワ

昨年のゴンクール賞受賞作。ひとりの犯罪者の人生の軌跡をたどる。

2 La Panthère des neiges

Sylvain Tesson シルヴァン・テソン

冒険作家テソンが雪豹を追ってチベットへ。自然と人間の関係性を考察。

3 Les Choses humaines   

Karine Tuil カリンヌ・テュイル

現代社会をえぐるテーマで昨年の「高校生が選ぶゴンクール賞」を受賞。

4 13 à table !

Collectif 共著

市民団体「心のレストラン」支援のために著名作家たちが書いた短編集。

5 Les Cicatrices de la nuit

Alexandre Galien アレクサンドル・ガリアン

パリの夜を舞台にした刑事物。由緒ある探偵小説賞を最年少で受賞。

6 La Tempête qui vient

James Ellroy ジェイムズ・エルロイ

1942年、ロサンゼルス。20世紀アメリカの暗部を描く4部作の2作目。

7 Soif

Amélie Nothomb アメリー・ノートン

十字架に架けられるイエスが一人称で語る小説。身体性を持つ人間存在を問う。

8 Civilizations

Laurent Binet ロラン・ビネ

インカ帝国がヨーロッパを侵略したのだとしたら? 仮説による歴史小説。

9 Le Dernier Hiver du Cid

Jérôme Garcin ジェローム・ガルサン

36歳で早逝した伝説的俳優ジェラール・フィリップの最後の年を追う。

10 Un(e)secte

Maxime Chattam マクシム・チャタム

アメリカを熟知する仏作家がロスやNYを舞台に展開するサスペンス。