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もう沈黙はやめた 中国のLGBTを発信し続けた作家、遺志を継ぐ妻

Bestsellers 世界の書店から
田辺拓也撮影

「男子学生は王小波を、女子学生は周国平を読まずにはいられない」という言葉が中国の大学生の間に流布して久しい。

周は今回の1位をはじめとする多くの作品がロングセラー(本欄でも過去に紹介済み)の哲学者。王(1952~97)はリストに3冊がランクイン。既に亡くなっているが、王道中の王道ともいえる中国の人気作家だ。

『愛你就像愛生命』はその王と妻の李銀河夫妻の結婚前の私信、李による王の追悼文、2人を結び付けた王の短編小説などを収録した一冊。王の最初の手紙は五線譜に書かれていた。「僕は君と、終わらない歌でありたい」。そんなふうにロマンチックに始まり、言葉をつくして思いを語り合い、子供は持たずに2人の人生を楽しもうと誓う。充実したアメリカ留学を終えたのち、中国社会に対する飽くなき探究と精神的な豊かさを求めて決意した帰国など、何事も真剣に話し合う仲むつまじい夫婦関係がわかる。

王の代表作は『黄金時代』。同名の邦訳(勉誠出版)の訳者・桜庭ゆみ子慶応大学教授のあとがきによれば、「性の問題を中心にすえて文化大革命時期の社会をパロディ化するその角度、表現方法、特に詳細なセックス描写等が青少年に良くない影響を及ぼす」として、中国での刊行までには複雑な経過があったという。また自らの短編を改編し、脚本を担当した『東宮西宮』(96年)は中国初ともいわれる伝説的ゲイ映画だ。李とともに早くから中国の同性愛者について著し、発信してきた王は、10位の『沈黙的大多数』でも、「マイノリティーとは言いたいことを口にしない人たちなのだ。(中略)多くの人々にとって彼らは存在しない、あるいははるか遠い存在である」として中国における同性愛者の立場を例に挙げ、自分もまた「言いたいことを口にしない人たち」の一人であったが、責任感から「沈黙していることをやめた」と書き続けた。

李は追悼文で、冒頭、王の人生を「日本人が桜にたとえるようなはかない人生」だったと、三島由紀夫の絶筆『豊饒(ほうじょう)の海』に描かれる「老いて衰える前に夭逝(ようせい)する美しい輪廻(りんね)転生」に重ねる。「小波も同じ、彼の精神的美のピークにこの世に別れを告げた。そう思うことでようやく私は彼を失った悲しみをこらえられる」と記している。

■「中国の上野千鶴子」

王の作家としての評価が決定的に高まったのは、残念ながら97年に亡くなった後のこと。むしろ妻の李のほうが大手新聞の編集者から社会学者となり、中国のジェンダー研究者として第一線を走り続けてきた。たとえば上野千鶴子東京大学名誉教授の名前は、昨年の東大入学式のスピーチや著書の中国語版刊行などが中国で話題になるとき、「日本の李銀河」と紹介されてきた。確かに、李はいわば「中国の上野千鶴子」ともいうべき発信力、影響力ある存在である。

王逝去から23年。『愛你就像愛生命』が2004年の刊行以来、多くの人に読まれているのは、変わりゆく中国社会の女性、家族、ジェンダーなどの問題に対し、常に一歩先を行く李の大胆な言葉と行動が注目され続けているからだろう。たとえば王が亡くなって数カ月後、女性として生まれた「男性」と同居を始め、その後、発達障害がある養子を引き取って3人で暮らしていることを表明。自身が同性愛者であることは否定しつつ、出会いから互いに支え合う生活までを赤裸々に語り、中国における「トランスジェンダー」という存在の認識が大きく前進したという。

先日、東京ドキュメンタリー映画祭で短編部門のグランプリを受賞した房満満監督の『出櫃(カミングアウト)~中国・LGBTの叫び~』を見た。中国のLGBTの若者たちが、「社会に受け入れられなくても自分の一番大切な人にだけは受けとめてほしい」と親の理解を得たくて悩み、苦しむ姿に、「出櫃」がただただ重く、涙がこぼれた。グローバル化、IT化がいかに進もうと、表現の自由も言論の自由も逆行しているようにさえ感じられる中国では、「言いたいことを口にしないマイノリティー」はもはや少数ではなく、「サイレント・マジョリティー」となっているが、「出櫃」したその先の道はまだ険しい。

それでも、李が長年、常に過激な確信犯として、中国人の固定化された価値観に疑問を投げかけ、打ち壊してきたことは間違いない。もはや「文学のゴッドファーザー」とまでいわれるようになった、中国文学において独特な存在感を放つ王は、李の存在抜きには語れない。それぞれが単独でも、現代中国人に少なからぬ影響をもたらした2人の人生。中国人なら読まずにはいられない。

中国のベストセラー(文学部門)

『当当網』2019年11月15日~22日 ベストセラーリストより

『』内の書名は邦題(出版社)

1 我喜歓生命本来的様子

周国平   

中国を代表する哲学者が説く、「生命本来のありさまを尊重すること」の意味。

2 万般滋味,都是生活

豊子愷

中国における「漫画の父」、翻訳家、随筆家による「漫画エッセイ」。

3 皮囊

蔡崇達

刊行から5年で350万部を突破した若者のバイブル的短編集。

4 笑場 

李誕

米「コメディ・セントラル・ロースト」の中国版「吐槽大会」仕掛け人の本。

5 浮生六記

『浮生六記―浮生夢のごとし』 (岩波文庫)

沈復・著、張佳瑋・訳

妻への思い、仲睦まじい夫婦生活をつづった清代の傑作を新たに現代語訳。

6 一只特立独行的猪

王小波

死後も人気の衰えぬ国民的作家によるブラックユーモア満載の傑作随筆集。

7 汪曽祺散文精選集:万事有心,人間有味

汪曽祺

純朴な文章で愛される作家、劇作家の高校の教科書にも使われる名文集。

8 看見

『中国メディアの現場は何を伝えようとしているか』(平凡社)

柴静

元 CCTVキャスターの取材現場所感。

9 愛你就像愛生命

王小波 李銀河

社会学者・李銀河と1997年に逝去した作家・王小波の書簡ほか愛の軌跡。

10 沈黙的大多数

王小波

「文学のゴッドファーザー」が語る「サイレントマジョリティー」。