「PayPay(ペイペイ)」や「LINEPay(ラインペイ)」など、「現金信仰」が強い日本にも、キャッシュレス化の波が押し寄せている。政府も10月の消費増税に合わせ、キャッシュレス決済へのポイント還元を始めた。
いま話題のQRコード決済で、日本での先駆けは、岐阜県高山市の飛驒信用組合だ。発行する地域通貨「さるぼぼコイン」を2017年12月にスマホアプリ化した。店に貼ってあるQRコードを読み取り、金額を打ち込んで店の人に確認してもらってから支払いボタンを押す。支払いが完了すると、「あんと(ありがとう)」と飛驒弁の音声が流れる。「さるぼぼ」は、地元民芸品で有名なサルの赤ん坊の人形だ。
「スマホで金額を確認しあうなど、ちょっとしたコミュニケーションが地域のつながりを深める」。開発した飛驒信用組合総務部長の古里圭史(40)は手応えを感じている。
増加する外国人観光客に対応するため、以前からキャッシュレス化の必要性は感じていたが、小さな店にはクレジットカード用のカードリーダーなどのコストが負担だった。いまでは商店だけでなく、神社のさい銭などコインが使える場面が広がった。信用組合の口座にひもづけし、利用者同士が送金し合える機能も追加した。家族に感謝の気持ちを伝えるため39円(サンキュー)を送る人もいるという。並行して中国の「アリペイ」の導入も進んできた。
いまでは日本でも、世界と同じようにペイアプリを使った支払いや送金は可能になった。しかし、まだ日本の「現金信仰」は根強いようだ。経済産業省によると、キャッシュレスの決済比率は2割に届かず、9割近くの韓国や6割の中国との差は大きい。日本は偽札が少なく、現金への信頼があついうえ、銀行やATMが多いので現金を引き出すのも容易だ。比較的治安が良いので、盗まれる心配も少ない。キャッシュレスだと「浪費してしまう」というイメージもある。
元日本銀行フィンテックセンター長で京大大学院教授の岩下直行(57)は「この数年でキャッシュレス化は新興国が先行し、日本などの先進国は周回遅れになった」と説明する。
もっとも、「お金を好む」という傾向は、比較的最近のものとも言える。1970年代の石油ショック後の狂乱物価や、80年代のバブル期の土地・株の異常な高騰など、お金のまま持つのが損になる時代もあった。バブル崩壊後に資産価格が「崩壊」し、長引くデフレで物価が上がらない。そんな時代が現金志向を強めた。最近もコンビニ最大手セブン-イレブンのスマホ決済「7pay(セブンペイ)」で不正アクセス問題が発生するなど、キャッシュレス化には危険なイメージもつきまとう。
一方で、交通系ICカード「Suica(スイカ)」の発行枚数が7000万枚を超えるなど、電子マネーの普及も着実に進む。政府も25年までにキャッシュレス決済比率を4割に引き上げる目標を掲げる。日本でも通貨のデジタル化は加速するのだろうか。(星野眞三雄)
■日本の「ソラミツ」が作った、オープンソースのブロックチェーン
キャッシュレス化で後れをとった日本だが、仮想通貨の基幹技術を開発し、世界標準にしようと意気込むベンチャー企業も現れている。独自のブロックチェーン技術「ハイパーレジャーいろは」をつくったソラミツ(東京都渋谷区)だ。
フェイスブックのリブラ構想を、「営利企業が主導権を握る通貨はおかしい」と批判。各国政府や金融機関と連携した決済システムの導入を目指し、すでにロシアやスロベニア、スイスやインドネシアなどで共同開発を進めている。10月にカンボジアが導入した決済システムもソラミツとの共同開発だ。
一方で、ソラミツは「いろは」の技術を非営利組織リナックス財団に寄付し、米IBMやインテルのブロックチェーン技術とともにオープンソースの技術として世界中の技術者が共同開発できるようにもしている。このプロジェクトには、中国・アリババ集団系の金融会社アント・フィナンシャルなど世界から260社以上が参加。世界中で採用が進む大きな要因となっており、仮想通貨のビットコインやイーサリアムなどと並ぶ世界的なブロックチェーンとして認知されつつあるという。
日本では会津大学などと日本初の学内通貨「白虎」を開発。そこに東京大学なども加わり、地域通貨「萌貨」の実証実験もした。ソラミツ特別顧問の宮沢和正(63)は電子マネー「Edy(エディ)」(現・楽天Edy)立ち上げの中心人物。「我々の技術が世界標準に近づいていると感じている。今の取り組みが成功すれば、他の国もどんどん後に続くだろう」と強調する。(山本大輔)