人はどうすれば「虫を食べよう」と考えるようになるか

「entomophagy(食虫性)」という言葉をご存じ?
古代ギリシャ語とラテン語の合成語で、「entomon」は「昆虫」を、「phagus」は「常食にしている」を意味する。
これが、未来の「食」の姿だと見る人もいる。
国連食糧農業機関(FAO)は2013年、持続可能な未来に向けて、これまでのたんぱく源を昆虫に切り替えていく必要があるという報告書を出した。すると、ミールワーム(ゴミムシダマシの幼虫)をあなたのこれからの食事にしようとするさまざまな試みが、爆発的に広がった。
科学の世界も例外ではない。昆虫の研究者は、どうすれば食べられるかということにもっと時間を割くようになった。米昆虫学会が19年9月に出した紀要の特別号を見れば、それがよく分かる。米ジョージア州アセンズで前年に開かれた関連会議「イーティング・インセクツ・アセンズ(Eating Insects Athens)」に登場した報告者たちが、いくつもの論文を発表しているからだ。 その主なポイントをまとめてみた。
新大陸を発見し、スペインに帰還したコロンブスは、先住民を人間として扱おうとはしなかった。探検隊の一行は、昆虫を食べる習慣をあげて、それを正当化した。野蛮さを示すよい一例とし、先住民を奴隷にする根拠にもした――ミシガン州にあるウェイン州立大学の人類学者ジュリー・レスニクはこう述べる。「Edible Insects and Human Evolution(食べられる昆虫と人類の進化)」の著者でもある。
その後の植民地時代には、欧州大陸では昆虫を食べることへの嫌悪感がさらに強まり、南北アメリカに入植した欧州人にもその心情は受け継がれた。しかも、奴隷制度や工業化とともに盛んになった単一栽培の大規模農業を脅かす害虫としてのイメージも加わり、虫は忌み嫌われるようになった。
しかし、欧州の歴史をひもとくと、常にそうだったわけではない。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、セミが好物だった。古代ローマの軍人で博物学者の大プリニウスは甲虫の幼虫を好んだ。他の大陸で昆虫を食べていた人々と、さして変わりはなかった。
人類がもう何千年も昆虫を貴重な食物としてきたことには、さまざまな裏付けがある。文書の記録があれば、排泄(はいせつ)物の化石もある。北米大陸のあちこちの洞窟で見つかったミイラもそれを示し、ほぼどの大陸でも同じようなことが実証されている。
現在では、世界中で数十億人の人々が2100種を超える昆虫を食べている。
米国でも、カリフォルニア州のモノ湖(訳注=塩湖)には塩気の強いさなぎを珍重する先住民族がおり、「ハエを食べる人たち」とも呼ばれている。
今日ではこれに続こうという動きが、買い物をする人々の間で広がろうとしている。専門店やアマゾンで買い求める人気の商品は、Chapulなどのメーカーが製造したコオロギ粉やコオロギ・プロテインバーだ。
ちなみに、Chapulとはアステカ語(訳注=メキシコに栄え、16世紀にスペイン人に滅ぼされたアステカ帝国の言語)でコオロギを意味する。同社は、米西部での水資源保護や先住民の食材知識について関心を持つ人にアピールしながら成果をあげてきた。
私たちの多くは、幼いときから昆虫を嫌いになるようにすり込まれている。だから、昆虫食に食欲がわくようにするのは、容易なことではない。
「気持ち悪いと思うことには、何の問題もない」と先の人類学者レスニクは話す。「だって、自ら望んでそうなったのではないから」
それでも、このすり込みを正せば、昆虫に対する姿勢も大きく変わるのではないかと食虫派は考えている。野菜のケールやすし、ロブスターは、かつては食文化の違いからあざけりの対象にされた。オリーブ油やトマトですら、なじみのない地域もあった。
でも、考え方は変わるものだ。一つには、啓発。さらには、昆虫食への悪感情を自覚すること。そうすれば、次の世代にそれが受け継がれないように試みることもできる。
「虫を気持ち悪く思わないことが、どれだけ恩恵をもたらすことか」とレスニクは続ける。「この問題を解決せねばならなくなるのは、私たちの子供の世代なのだから」
生ゴミなどをたんぱく質に変える効率に優れるアメリカミズアブは、米国では長らく家禽(かきん)や養殖魚のエサとして使われてきた。
では、昆虫食としてこれをいかに増産すればよいのか。科学は、まだその入り口に立ったに過ぎない。器官の形から、精子尾部の長さまで、生殖の仕組みをようやく解いたばかりだ。さらに、幼虫は飼育密度が比較的薄い方が生存率が高く、早く、大きく育つことも分かってきた。
こうした研究は、他の昆虫を食材として大量生産するための先行モデルにもなるだろう。ミールワームやコオロギの飼育は、まだ大量消費をまかなえるようになるはるか手前の段階にある。
畜産分野の研究が、実際に生かされるようになるまで、どれだけ時間がかかったのかを思い起こしてほしい。より健康で安全な食肉をどう生産し、エサのむだをどう減らすのか――研究成果は一夜にして業界の規則になったわけではない。昆虫食とて、例外であることはまずないだろう。
こんな難問も、横たわっている。
食べ物に虫が入っていれば、米食品医薬品局(FDA)は「不潔なもの」と見なすことになる。
しかし、生産された虫に不潔なものも、病原菌も、毒性もない限り、FDAは食品として認めることになる。
昆虫食の販売については、明確な規則がある。一方で、食材もしくはエサとしての昆虫そのものの生産についていえば、規則はガイドラインに近いものでしかない現状がある。より強力な規則がないことが、市場に出回る昆虫食の規模を制限する一因にもなっているようだ。
もし、昆虫を食べるという考えが今より普及したとしても、品質と安全性を保証する専用の規則がなければ、実際の消費にはつながらないだろう。その制定は、新たに結成された業界関連団体「North American Coalition for Insect Agriculture(昆虫農業の北米連合)」(訳注=「昆虫農業」には人間の食材と家畜用飼料の生産の両方が含まれる)などが目指すところだ。 食卓に昆虫がお目見えする機会が増える中で、業界と規制当局との連携も始まろうとしている。(抄訳)
(JoAnna Klein)©2019 The New York Times
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