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難民少女がもらった新品の自転車 24年後にやっと言えた「ありがとう」

ニューヨークタイムズ 世界の話題
In a photo provided by Mevan Babakar: Mevan Babakar, right, and Egbert, who bought her a bike when she was a child in a refugee camp. Social media helped Babakar find Egbert 24 years after he gave her a present that changed her life. (Mevan Babakar via The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY REFUGEE BIKE GIFT BY MEGAN SPECIA FOR AUG. 14, 2019. ALL OTHER USE PROHIBITED. --
再会したミーバン・ババカル(右)とエグバート(写真NYT)。難民少女の「自転車ありがとう」のお礼は2019年8月13日、24年もたってようやく届いた=Mevan Babakar via The New York Times/©2019 The New York Times

5歳の少女としてオランダの難民収容所にいたときのことが、頭から離れることはなかった。新品の自転車をもらった鮮明な記憶。逆に、贈り主の男の人は、いつも謎に包まれていた。覚えているのは、断片に過ぎない。それでも、とても大切な思い出だった。

今は、ロンドンでハイテク関連の仕事をしているミーバン・ババカル(29)。あのすばらしい贈り物がもたらした感動は、自分の少女時代を形作る原動力にもなった。

その人の名前は思い出せなくなった。でも、一目でいいから会いたいとの思いを、20年以上も抱き続けてきた。

それが、突然、実現した。

すべてはツイッターから始まった。

「90年代に、私は難民として5年を過ごしました。オランダのズウォレにある難民キャンプで働いていたこの男の人は、とても優しい心の持ち主で、私のために自転車を買ってくれました。5歳だった私の胸は、うれしさのあまりはじけそうになりました」

ツイートには、自分の思いを優先した。それから、この人の連絡先を探るのを助けてほしいと用件を加えた。

一緒に色あせたその人の写真を添えた。母親が大事に保存していた数少ない当時の所持品の一つだった。

自転車をもらった喜びは、消えることなく続いた。

「何か特別な感情がわいてきたのを覚えている。これは、すごく大変なもの。私なんかがもらってよいのだろうか。そう思ったほどだった」とババカルはいう。「自分はそれに値するのだろうか。そんな感覚が、その後も自分を見つめるときの基礎となった」

両親は、自分を連れてイラクから逃れた。大統領だったサダム・フセインが、90年代の初めに残虐極まる方法でクルド人を弾圧したからだった。自宅近くの村では、毒ガスすら使われた。

トルコ経由でアゼルバイジャンへ、さらにロシアに向かった。父親はそこで4年間、働いた。母親と自分はオランダに入り、1年滞在してから、最後はロンドンに落ち着いた。

「かなり長い間、これはたまたま私の身に起きただけで、私の人生そのものの一部であるとは思わないできた」とババカルは、難民としての日々について語る。だから、大人として「自分がどこから来たのか、もっと深く知りたい」と真剣に考えるようになった。

自分の足取りを確かめるため、ロンドンの勤め先から19年夏に長期休暇をとり、ズウォレを訪れた。滞在中に、断片的にしか思い出せない当時の全体像をなんとか築き上げたかった。

記憶はよみがえり始めた。「しかし、肝心のムズムズするところに、なかなか手が届かないときのようだった」

そこで、あの人のことを探る「最後の試み」として、先のツイートを発信してみることにした。

すると、数時間後に、地元の非営利ニュースサイトでボランティアとして働くアリエン・ファンデルジーが、写真に気づいた。

「すぐに、ピンときた。20代の初めに一緒に働いたことがあり、とてもいいやつだった。親切で人あたりがよく、温かみがあって物惜しみをしないタイプだった」

ただ、愛称しか思い出せなかった。そこで、フェイスブックで当時の同僚たちに問い合わせると、実名が分かった。

次に、SNSで本人の家族と連絡をとった。そして、本人と話すことができた。

「ミーバンと母親のことをよく覚えていると話し始めたんだ」とファンデルジーは振り返る。「もし、人生でもう一度会いたい人がいるとすれば、それはミーバンとお母さんだと妻にいつも話していた」とのことだった。

2人の再会を実現させる準備が、バタバタと進んだ。ババカルは、あと数日でロンドンに引きあげようとしていた。

2019年8月13日。発信した翌日の夕方だった。ババカルはその人、エグバートと向き合っていた(プライバシーもあり、姓は伏せてほしいとの要望があった)。

自転車は、ほんのささやかな贈り物に過ぎなかった。それよりも、その自転車がこうしてババカルを呼び戻してくれたことがうれしい――こう喜んでくれた。

「きっと、私と同じように、こみ上げてくるものを抑えられなかったに違いない」とババカルはいう。「長いこと会えなかった家族と再会したのと同じだった。本当にうれしかった」

2人は、古い写真に見入ったり、当時の難民収容所について語り合ったりした。エグバートは、趣味で集めている蘭(ラン)も見せてくれた。

同席したファンデルジーにとって、エグバートの謙虚さは驚くようなことではなかった。「ささやかな贈り物」といいながら、それをはるかに超える話がそこにはあった。

「自転車をあげただけのことがそんなにすごいことだとは、本人は思ってもいなかったのかもしれない。でも、それが少女を人間として成長させ、この再会が世界中の人々の心をつかむことにもなった」

2人は連絡をとり合うことを約束して別れた。母親もきっと会いにくるから、とババカルはいい添えた。

再会できたことをSNSで報告すると、多くの共感のメッセージが世界中から寄せられた。難民もいれば、そうでない人もいた。

今は、移民や難民の話は、政治の問題になりがちで、眉をひそめる対象になることが多い時代だ。そんなときに、難民との出会いが生んだ明るい話の象徴のように受けとめてもらえたことを、ババカルは喜ぶ。

難民という抽象的で大きな問題を前にすると、目をそむけたり、無力感を味わったりしがちになる。でも、「人は人との接し方しだいで、すごい力を発揮できるし、そこに人間のよさがあることを思い起こしてほしい」とババカルは改めて話す。

「とくに、小さな行いをするときに、私たちは力強くなれる」(抄訳)

(Megan Specia)©2019 The New York Times

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