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アフリカ系監督が『アス』で炸裂させた、「私たち」のダークサイドの怖さ

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『アス』を撮影するジョーダン・ピール監督(右) ©Universal Pictures

物語は、あるアフリカ系米国人の4人家族を軸に展開する。アデレイド・ウィルソン(ルピタ・ニョンゴ、36)は夫ゲイブ(ウィンストン・デューク、32)と娘ゾーラ(シャハディ・ライト・ジョセフ、14)、息子ジェイソン(エヴァン・アレックス、11)と夏休みに、アデレイドが幼い頃に過ごした米カリフォルニア州サンタクルーズの海辺の家を訪れる。当時この地で恐ろしい体験をしたアデレイドは、再び恐怖が忍び寄るのを感じ取っていた。リッチな白人の友人一家、タイラー家とビーチで緊迫感あるひとときを過ごした日の夜、アデレイドらは、自分たち家族に似た4人が家の前に立ち、こちらを見ているのに気づく。

『アス』より ©Universal Pictures

ピール監督はキーガン=マイケル・キー(48)とコンビを組んだコメディアンとして米国で人気を博してきたが、猫をめぐるアクションコメディー『キアヌ』(2016年)で映画の脚本家としてデビュー。続く初の映画監督作『ゲット・アウト』では「アメリカではアフリカ系として生きることがホラー」をテーマに、人種差別をめぐる白人の欺瞞を突いて話題をさらい、アカデミー賞脚本家に。詳しくは『ゲット・アウト』日本公開時にピール監督に電話でインタビューした記事をご覧いただければと思う。

2作続けて社会派ホラー映画を撮ったピール監督。このジャンルにこだわるのはなぜだろう。「今は(社会として)恐ろしい時期にある。そうしたこともあって、ホラー映画がとても成功している。自分たちが感じる恐怖に対処できて、現実逃避にもなる場をみんな必要としているからね」

『アス』より ©Universal Pictures

ピール監督は今作の米国での公開前の公式インタビューで、「米国人は外から来る人たちに恐怖を抱き、それはテロから移民に至るすべての恐怖へと組み込まれている」と語っていた。それについて聞くと、ピール監督はこう答えた。

「社会的な映画を作る時、社会の恐怖をテーマにするようにしている。人が集まると起きる邪心だ。そのひとつが同族主義。自分に近かったり、同じだと思ったりする人たちは、自分と遠い存在だったり知らなかったりする人たちよりも価値があるとする考え方だ。今の米国は、世界の他の多くの国と同様に、外国人への嫌悪に基づく政策をとっている。自分たちが他の人たちより大事だと考えている。今は同時に、『世界で自分の居場所はどこにあるのか?』といった問いも差し迫った形で持ち上がっている」

『アス』より ©Universal Pictures

そうした他者を嫌悪する闇の部分が、今作ではドッペルゲンガーという超常現象で表現されている。ドッペルゲンガーとは、自分と同じ姿をしたもう1人の自分に遭遇する現象だ。

「ドッペルゲンガーを描いた映画はこれまでもあったけど、これがなぜ怖いと感じるのか考え始め、『自分自身の影』という考え方について書かれたものを読んだ」とピール監督。「『自分自身の影』は普段は抑えているが、何らかの形で炸裂する。私たちは安心して眠りにつけるように、自らを欺く。今作にはそうした含意を込めるようにした。この物語で表現されたドッペルゲンガーは、欺きやごまかしだ」

『アス』より ©Universal Pictures

「このことは、『アス』で追い求めた恐怖の中核を成している。ある朝起きたら、互いに敵同士の米国人が2人いる。その戦いが、いろいろ違った形へと引きずり込まれてゆく。長年抑えられてきた人種差別が炸裂している状況だよね」

突如現れた見知らぬ「モンスター」を追い払おうと戦っていたら、実は最も醜悪なのは自分だった――。排外的な今の世界への痛烈な皮肉に映る。

『アス』を撮影するジョーダン・ピール監督(右) ©Universal Pictures

ピール監督は今作で、こうした「ダークサイドの炸裂」を集団化してみせた。

「集団としてのドッペルゲンガーを考えるのは、社会を内側から省みることだと思う。それは今、必要なことだ。ドッペルゲンガーは通常、人間のダークサイドや、暗い秘密について探求したものだと思う。それを集団に当てはめた時、『どんな集団だろう?』『どんなダークサイドだろう?』と考え始める。私たちは互いを必要とするどんな罪をともに犯したのだろうか?と。興味深い問いだ」

『アス』より ©Universal Pictures

ピール監督は「今作には米国の比喩やイメージがたくさんある」と言った。いや、米国だけでなく、今の日本にも欧州にも重なる。そう思っていると、ピール監督はこうも語った。「みなさんが思うものが『アス=私たち』だ。『アス』は家族かもしれないし、米国や日本かもしれないし、全人類かもしれない。そう感じられるように今作を撮った。この映画は階層について論評した点が明らかにあるけど、同時に、より大きなものになっている。敢えて、今作を定義するのは観客だという風にした」

今作の主な登場人物はアフリカ系米国人の家族ながら、前作『ゲット・アウト』と違って、肌の色の違いは直接的には本筋と関係がない構成になっている。それでも随所に、人種問題への問題意識がちりばめられている。「米国で映画を作ると、人種問題は避けて通れない。今作は『ゲット・アウト』と違って、人種差別を中心には据えられないと感じたが、それでも人種差別に対する論評はたくさん織り込まれている」

『アス』より ©Universal Pictures

「米国では、アフリカ系の家族がこんな風に登場するホラー映画はそれまでなかった。新しさを大いに感じられるし、かつ人種問題の含意もある。だいたい、たいていのホラー映画ではアフリカ系が真っ先に死ぬからね(笑)。こうした映画は稀なんだよ。黒人のホラー映画ファンとしても、すごく大きな意味があるよ。自分の好きなジャンルながら、黒人を登場させるのは大変なことだから。そうして多様性の境界線を押し上げることによって、いわゆる『許されざる領域』に踏み込んだ事実ができて、また活用されてゆく」

その意味で、リッチな白人のタイラー家と、アフリカ系のウィルソン家との関係性も興味深い。ピール監督は「これまでの映画で私があまり見てこなかったもうひとつは、お金のある黒人と白人の家族の交流。白人のタイラー家を、(従来の映画と違って)いかにも殺されそうな浅薄な感じにしてみたかったんだ」と笑った。

『アス』より ©Universal Pictures

人種問題はまだまだ解決していないことを改めて思い知らされた『ゲット・アウト』公開から2年以上。『アス』公開の今年、状況は変わっていないどころか、悪化しているようにも見える。ピール監督は「フラストレーションをとても感じる現状だ」としつつ、意外にも希望的な言葉で締めくくった。「ただそれでも、よくなる方向に向かっていると願っている。後退しているように見えてもね」

私たち=アスの一人ひとりが自分のダークサイドと向き合えるようになれるかが、問われている。

『アス』を撮影するジョーダン・ピール監督(中央) ©Universal Pictures