今作の主役はニューヨークに住むアフリカ系米国人クリス・ワシントン(ダニエル・カルーヤ、28)。ある週末、白人の恋人ローズ・アーミテージ(アリソン・ウィリアムズ、29)の郊外の実家に招かれるが、自分が黒人だと両親に伝えていないと聞き、不安がよぎる。「父は、オバマに3期目があれば彼に投票する人。人種差別主義者じゃない」とローズに言われるまま車で向かう。彼女の父ディーン(ブラッドリー・ウィットフォード、58)と母ミッシー(キャサリン・キーナー、58)に、過剰なまでに黒人を持ち上げる発言で歓待されるが、管理人ウォルター(マーカス・ヘンダーソン)に家政婦ジョージナ(ベティ・ガブリエル)と、邸内の使用人はすべて黒人。使用人の服装は古風で振る舞いも奇妙なことから、クリスは違和感を覚える。そんな中、ローズの亡き祖父を悼むパーティーが開かれ、裕福な白人たちが大勢やって来る。クリスは居心地の悪さを感じながら、黒人青年を見つけホッとして声をかけるが、思わぬ反応を食らう。
製作費約450万ドルの低予算ながら、米国で2月に公開されるや大ヒット。米興行収入データベースサイト「ボックス・オフィス・モジョ」によると、世界の興行収入は10月下旬時点で約2億5314万ドルに達した。
ジョーダン・ピールは米国では知られたコメディアンだ。キーガン・マイケル・キー(46)と組んだTVシリーズ「キー&ピール」(2012~15年)では、当時のオバマ米大統領(56)をまねて人気を呼んだ。
そのオバマをめぐるセリフが今作でとてもよく効いている。オバマ支持を「自分は人種差別など無縁だ」と主張する理由づけにする一方で、実は何らかの人種差別的な発言や行動に至ってしまうケース、心当たりがある人も多いのではないか。周りの人たち、あるいは、自分自身の心のどこかにも?
そう言うと、ピール監督は語った。「オバマが大統領になって人種をめぐる議論が喚起され、人種差別を克服する意味で『よくやった』という感覚が漂い、人種問題は過去のものと思われるようになった。だがそうして多くの人たちがしばらく誤解していたが、黒人の大統領が誕生したところで何ら前進しなかった。人種差別主義という怪物をやっつけることなどできず、問題を正すことにはならなかった」
それどころか、逆に「人種問題について議論しなくなる言い訳になった」とピール監督は指摘する。オバマ勝利への称賛が社会を覆うことで、「潜在的な人種差別をかえって見落とすことになり、トランプが『よそ者』への恐怖をあおるのを許し、トランプ支持者が力を持つ余地を与えた。その意味では怠慢な結果となったよね」。
ネタバレのない範囲でお伝えすると、そうした社会状況を踏まえ、ラストシーンは当初の予定から大きく変更した。なぜか。「脚本を書いたのはオバマ政権下。観客を揺さぶり、『人種差別はまだそこにあるよ!』と伝える必要があると感じていた。でもいよいよ完成という段になり、この国が変わってきたと感じた。観客は今作によって逃避、あるいは解放感を得る必要があると思った」。今作をご覧になる際は、ぜひこの言葉を念頭に置いてもらえればと思う。
とはいえピール監督も2008年に構想を始めた当初は、「テーマがテーマだし完成するわけがない、映画として実現しないだろう」と思っていた。元になったのは自身の経験だそうだ。
「何年も前、白人の女性とつき合っていた時に、彼女の両親に会いに行ったことがあった。ものすごく、怖かった。かすかなことであれ不快なことを誰かに言われる、あるいは何らかの形で、招かれざる感じを覚えるんじゃないかと。そうした恐怖がその通りになったということはなくて、その家族を責めるわけでもないけれど、実際、私は怖かった。それが今作のプロットとなった」
何度考えても驚くべきことだが、米国ではわずか約半世紀前まで、州によっては異人種間の結婚が違法で、逮捕・拘束までされた。詳しくは、それを違憲とする判断を導いた夫婦の苦闘を描いた『ラビング 愛という名のふたり』のシネマニア・リポートをご参照いただければと思う。
ピール監督自身、妻は白人のチェルシー・ペレッティ(39)で(ちなみに彼女の兄はBuzzFeed創業者ジョナ・ペレッティ!)、母も白人だ。異人種間の恋人関係や家族のありようには慣れているかに思えるが、そんな彼でも恋人の実家に招かれ緊張したことに、とても考えさせられる。そう言うと、ピール監督は語った。「人種を超えたつき合いは米国で長年タブーで、違う人種の人との結婚にはものすごい抵抗や緊張感がある。私にも、白人女性と結婚すれば自分は黒人の側に背を向けるのではないか?どのように受け止められるのだろうか?という恐れがある。そうした自分の中の強迫観念が、長年の人種差別や抑圧の中で強まっている」
そうした実際の恐怖をホラーあるいはスリラー映画に仕立てたことで、「米国では非白人でいること自体がホラーだ」という現実をつまびらかにした。「米国では今、若い黒人男性が警官に殺されている。一方で当の警官は、特に影響を受けていないわけだ」
ピール監督は言う。「米国でマイノリティーでいるのは、孤立を感じるということ。男性ばかりの中でただ一人の女性でいるのと同様だ。私は、どういう人間であるかよりも、人種的アイデンディティーでもって見られる。今作でも白人たちはクリスに対し、彼が黒人だという点からアプローチする。つまり私の狙いは、『よそ者』であることから生じる恐怖感を取り上げることだった。突き詰めると、普遍的な問題なんだ」
劇中、タナカという日系人あるいは日本人の中年男性が、裕福な白人集団にまじって出てくる。彼が登場した意味を聞くと、ピール監督は日本人の私に言葉を選びつつ、答えた。「タナカはマイノリティーだが、白人エリートの文化に受け入れられ、彼自身も溶け込み、カネもある。そうした『モデル・マイノリティー』を描こうという考えからだった」。あぁ、とてもよくわかる。日本の人はアジア系として米国ではマイノリティーに位置するのに、まるで自分が「白人」の側にいるかのようにふるまい、「黒人とは違う」と分けて考えてしまう人がいる。
今作の出色は、黒人青年が恐怖心を向ける相手が、あからさまな白人至上主義者ではない点だ。「人種差別主義者といえば通常考えがちなのは、白人右派。今作はそれについて描いてはいない。そういう映画は、簡単なんだよね」とピール監督は話した。
その代わりピール監督がターゲットにしたのが、「白人リベラルエリート」だ。白人リベラルエリートといえば、それこそピール監督が身を置くハリウッドにわんさといる「人種」だ。作品や日々の声明を通して人権擁護や差別反対を掲げる彼らの多くはオバマ支持の反トランプ派だが、一方で裕福なエスタブリッシュメント(既得権益層)の一角を占めることで、特に最近は批判の対象にもなってきた。さらには大物プロデューサー、ハーヴィー・ワインスタイン(65)が長年の性的嫌がらせや強姦疑惑を相次ぎ告発され、映画界から事実上追放。その彼は実は今年1月、女性蔑視発言を繰り返すトランプ大統領(71)への抗議から全米で巻き起こった女性大行進に参加していた。
そうした点についてピール監督に水を向けると、こう語った。「ワインスタインとトランプは、同じコインの表裏。とても肥大なコインのね(笑)。政治の世界でも、エンターテインメント業界でも、あるいはあらゆる業界や職場でも同じ問題がある。他の多くの国でも同じだと思う。実に問題だが、女性差別も人種差別も人間の特性だ」
それでも希望を見いだすとしたら、今作がヒットしたことだ。「どんな声が社会に受け入れられるかの境界が、どんどん押し上げられている。これまでなかったような作品も儲かることが裏づけられ、ビジネスが成立するのだとわかった」。ピール監督はそう言って、記録的大ヒットとなった史上初の女性スーパーヒーロー映画『ワンダーウーマン』(2017年)なども挙げた。同作のパティ・ジェンキンス監督にインタビューしたシネマニア・リポートを合わせてご覧いただければと思うが、つまり『ゲット・アウト』のヒットは同じ文脈に位置づけられるということだ。「だから、例えばもっと多くの女性監督を活用しよう、そこに投資しようというのが強まっている。米国も世界中も、異なる人種や文化、性的志向についてオープンになろうとしている」。今作でそう実感したピール監督は目下、さらなる社会問題をスリラーという形で突きつけるべく、新たな脚本を書いているという。