ここは北京。最近の、ある日の午後のこと。ふわふわしたブランケットと青緑色の風船が飾られ、柔らかな照明に包まれた部屋に、お互い見ず知らずの30人ほどが集まった。中国ではほとんどタブーとされているテーマについて語り合うためだ。どうすれば女性を性的に満足させられるか、である。
この種のワークショップ(講習会)は、ニューヨークやサンフランシスコだったら、特に話題にのぼることはないだろう。
しかし中国では、セックスに関する公共の場での議論はほとんど存在しない。性教育は教室で申し訳程度に行われ、生物の時間に「思春期の身体衛生」といった授業が1回か2回あるだけ。親たちは子どもとそうしたことを話したがらない。中国の多くの若者は、友だちとの話やポルノを見ることぐらいしかセックスについて知る機会がないと言っており、ワークショップの参加者――その大半が女性――は自分たちがいかに特異な場所に来たのかに気づくだろう。会場の入り口には漢字のメッセージが書かれた風船ガムのようなピンク色の看板が立っていて、こう書かれていた。「ここであなたは性的な変革を完璧に遂げるだろう」と。
北京の喧噪にあって、この部屋は静かなオアシスのようで、抹茶風味のクッキーが用意されていたが、ピンク色のアダルトグッズや紫色のバイブレーターも注意深く並べられていた。
「私たちがセックスについて学ぶ機会はほとんどない」と22歳の大学院生チャン・シアオシアオは言う。
「セックスの最中、私の反応がなぜ、ポルノビデオに映っている人たちと違うのか、いつも疑問に思っていた」。ワークショップに参加した後、チャンがそう言うと、ボーイフレンドで投資家のシュエ・レイ(25)もうなずいた。「でも、今はよく分かった」と語った。
このイベントを主導したのはアダルトグッズを販売する中国企業Yummyの創業者チャオ・チン(36)だ。Yummyは、オンラインおよびオフラインの性教育やワークショップも展開している。
女性の性感帯やポルノと実際のセックスの違い、そしてもちろん、女性が絶頂感を得る最適の体位などについて、チャオは参加者たちを相手に3時間にわたる幅広い議論の指南役を担った。
ヒョウ柄のジャケットを着た女性が、セックス中に自分がリードをとるのが恥ずかしい時があると話し、どうすれば大胆になれるかを参加者たちに尋ねた。
「考え過ぎないで、ただやればいい」。別のテーブルにいた野球帽姿の男性が、そう叫ぶと、参加者たちの間に笑いが広がった。
このイベントはYummyが企画したワークショップの一環で、チャオが言う「快楽社区(よろこびのコミュニティー)」をつくり出すのが目的だ。つまり、あらゆる年齢層や性的指向の中国人たちが、セックス、とりわけ女性の立場からのセックスについて学ぶための安全で建設的な空間をつくることを目的にしている。Yummyにとっては、性教育のオンラインコースを宣伝する機会にもなる。
ワークショップの参加者には、ソフトウェアのエンジニアもいれば銀行員や大学生、マーケティングの専門家もいる。少数ながら男性の参加者もいたが、大半は女性で、パートナーたちをよろこばすための助言を熱心に求めていた。
「私は、人びとがセックスについて話すとき、自信を持って、幸せに感じてほしいのだ」とチャオ。ワークショップの開催前にカフェでインタビューに答えてくれた。「だって、人は何かのよろこびや楽しみを知れば、それを試したいと思うだろうから」
チャオは、このワークショップがどれほど性教育の欠落を補うのに役立つかを強調した。「そもそも性教育が無いから、人は自分の身体で試しているだけのことなのだ」と言う。
中国のフェミニストたちは、自己決定権を政府から取り返すよう女性たちを後押ししてきた。厳しい「一人っ子政策」を30年余にわたって強制してきた中国政府が、人口の急速な高齢化に直面して同政策を転換したのは2015年になってからのことだ。
「率直に言えば、子どもの誕生は家族の問題にとどまらず、国家の問題でもある」。中国共産党中央委員会の機関紙「人民日報」は昨年、社説でこう論じた。
若い中国人の間で性病や避妊に関する知識の欠如が憂慮すべきレベルに達していることが調査で分かった。
国連人口基金による2015年の調査だと、セックス経験がある中国人ティーンエージャーの半数は、初めてのセックスの際、避妊具を使わなかったと答えている。公式統計によると、2017年に中国で中絶した女性900万人のうち、約半数が25歳以下だった。また、ある公式調査によれば、15歳から24歳の生徒・学生でHIV(エイズウイルス)の新たな感染者数は2011年から15年までの間、毎年3分の1以上ずつ増加した。
チャオは中国南部に位置する湖南省の小さな町の出身で、自分がクイア(訳注=同性愛者などを含むセクシャルマイノリティーの総称)だと認識しており、10代のころそのことに気づき、体について知りたくなったのだという。
彼女は2012年に米国に行き、ニューヨーク大学の相互通信技術の修士課程(2年間)で学んだ。修士の学位取得プロジェクトとして、「マスターベーションのゴッドマザー」と呼ばれているベティー・ドッドソンやMakeLoveNotPorn.tv(訳注=一般の人がセックス動画をシェアするプラットフォーム)の創設者シンディ・ギャロップといった著名な性教育者たちにインタビューをした。このプロジェクトがYummyの創業につながった。
中国に戻って間もない2015年にYummyを立ち上げ、そのアプリの目玉が主に女性向けの下着や性具を販売するオンラインショップだ。
Yummyは今年3月以降、中国各地の都市で、女性の性的絶頂感に関する六つのワークショップを開催してきた。習近平指導下の中国共産党が近年、市民社会に対する締め付けを強化しており、フェミニストなどの活動空間は急速に縮んでしまった。
Yummyもチャオも政治的な存在ではないが、検閲官との問題に直面している。チャオの推計によると、Yummyのオンライン記事の25%が検閲官に削除されている。彼らは、性的に露骨な内容に対してとりわけ敏感になる傾向がある。最近は規制が「特に厳しくなった」とチャオは言っている。
しかし、最近開催された北京でのワークショップには検閲はなかった。信頼の輪だけがあった。参加者たちの大半はお互いに知らない者同士だったが、それぞれの悩みや懸念を率直に話した。
明るい黄色のパーカを着た男性は、絶えずストレスを抱えていたため、ここ数年、パートナーとのセックスは年に1回しかなかったと語った。
ピクシーカット(訳注=側頭部と後頭部の髪を短く刈り上げるヘアスタイル)の年配女性は、夫婦生活の再燃に苦労していることを口にした。「自分の身体を再発見する方法を知りたい」と言うのだ。
ワークショップでチャオは、知識豊かな先生役と癒やしのセラピスト(療法士)役を果たした。参加者たちに助言を与え、それぞれが抱えている懸念は決して特殊ではないとわからせて安心してもらおうとしたのである。他の参加者たちも自発的に話に割って入った。
最後に、チャオは参加者たちをステージに上がらせ、一人ひとりに「性的変革」の完遂証明書を授与した。その後、参加者たちはコンドームと潤滑剤が詰まったトートバッグを手に、夜の北京の街へと消えた。(抄訳)
(Amy Qin)©2019 The New York Times
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