■問題はアメリカ外交の信頼性
――中東での緊張が高まっています。安倍首相は6月、米国とイランとの仲介役としてイランを訪問しましたが、そのさなかに日本の海運会社のタンカーなど2隻がホルムズ海峡近くのオマーン湾で襲撃されました。その後、2015年の核合意で定めたウラン濃縮度の上限を超えたり、イランが英国籍の船舶を拿捕したり、と状況は悪化の一途をたどっています。結果的にイラン訪問はどのような意味があったと思いますか。
「傍観者が批判することと、実際に平和を目指して中に飛び込んでいくこととは、まったく次元が違います。私は、安倍氏は『自由世界のリーダー』であり、中東の安定に最も努力している人と考えています。この訪問があったからこそ、イランは一気にことを進めるのではなく、徐々にステップをふんでいきました。その間、国際社会はどう向き合ったらよいかを考える時間的猶予を与えられたわけです。安倍氏の姿は各国に影響を与えており、たとえばその後、マクロン 仏大統領によるイランのロウハニ大統領との電話会談の実現にもつながったりしました」
――米国は昨年、イラン核合意を一方的に離脱し、制裁を再発動しました。
「40年続く対立の延長線上にいまのイランとの関係があるといっていいでしょう。しかしながら、トランプ政権の問題は外交の一貫性の欠如だと思います。自ら核合意を離脱した にもかかわらず、イランに合意を順守するよう求めるのはおかしい。離脱しなければ、交渉は継続できたはず。分別のある行動とは思えません」
――日本のタンカー攻撃を巡っては、米国はすぐに「証拠写真」を公開してイラン政府の関与を主張しましたが、日本を含む各国の反応は鈍い。米国のインテリジェンスの信頼が低下しているのではないでしょうか。
「キューバ危機の際のエピソードを思い出しました。当時のケネディ米大統領はアチソン元国務長官をドゴール仏大統領のもとに派遣しました。キューバ国内のソ連のミサイル写真が入ったブリーフケースを開けようとすると、ドゴール大統領は『米国の大統領の言葉だけで十分だ』とさえぎりました。残念ながら、いま、このようなことは起こりません」
「イラク戦争の開戦の根拠となった大量破壊兵器は結局、見つかりませんでした。その経験があり、各国は確実性を求めているのでしょう。インテリジェンスの正確さという意味ではなく、米政権の意図が何なのかということだと思います。目的がよく理解できない政権から出た情報に距離をおくのは当然です。米国のインテリジェンスが信頼を失っているのではなく、米国の外交の信頼の問題なのだと思います」
■「国益」という冷徹な計算
――知日派と呼ばれてきたアーミテージ氏の目から、平成の30年間の日本はどのように移り変わりましたか。
「80年代に来日して大学で講演しても、聞きに来るのはせいぜい2、30人ほどでした。いまは日本の大学の多くで安全保障を教える講座があります。私の講演に千人以上が集まることもあります。中国や北朝鮮の問題があるせいか、国家の安全保障に対する意識が大きく変わり、以前よりずっと敏感になっています。この春、ワシントンDCのオフィスに若手政治家たちが来ましたが、ダイナミックな発想をもち、英語で安全保障を議論する彼らに感動しました。高齢化社会の日本ですが、学生も若手政治家も、国際感覚を身につけて大きく変化を遂げています」
「米国の日本への好感度は議会レベルでも世論レベルでも、いま一番高い。世論調査で、世界で尊敬されている国として挙げられるのは日本です。1990年代の日米通商摩擦で、米国の国会議員が日本のラジカセを投げ捨てたりする姿を見てきた私からすると、本当にうれしい。背景には中曽根首相、小泉首相、安倍首相の強いリーダーシップがありますが、それだけではなく、日米間で人の往来が増え、日本の安全だとか、日本人が礼儀正しいということが評価されているのだと思います。この傾向はおそらく2025年の大阪万博までは続くでしょう」
―― アーミテージ・リポートは集団的自衛権の行使容認など日本の防衛政策の転換を後押ししたとの見方があります。一方で、米国からの「要求」や「外圧」だと批判的に受け止められることもたびたびありました。一定の成果があったという達成感はありますか。
「何をしても必ず批判はありますし、何かを達成したくて取り組んだわけではないので、『達成』という言葉は使いたくありません。しかしながら、最初の三つの報告書に書かれたすべてのことを両国が成し遂げたのは事実です。昨年公表した四つ目の報告書は、トランプ政権の誕生後に対日姿勢が心配になり、同盟の将来像を示したものです」
「いま、米議会も、トランプ氏以外の政権関係者も、日米同盟は米国の要であると考えています。中国を含むアジアの現状をみれば、その重要性は明らか。『日米同盟は不公平』というトランプ氏の発言は無知を露呈しており、いまさら驚きませんが、残念なことです」
「日本にとって在日米軍のプレゼンスは、北朝鮮や中国との軍事衝突の際に『米軍人の犠牲抜きではありえない。米軍人の命が奪われれば、米国は戦う』というメッセージであり、抑止力になっています」
「日米和親条約の締結から160年以上、第2次世界大戦中の4年間を除いて日米は非常に近い関係を維持してきました。もちろんお互い慈善ではありません。同盟が国益に資するという非常に冷徹な計算に基づいたものです。在日米軍は日本にとって、時にやっかいな存在なのはわかります。でも日本も必要不可欠だという計算のうえで維持してきているわけです」
――米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設と返還が決まってから20年以上の月日が流れ、現在、名護市辺野古への移設工事は進んでいますが、反対する声も多くあります。
「辺野古への移設は両国とも利益を見いだせるように、少しずつ進めていくべきで、トランプ政権下で急いではいけません。ただ長期的には基地をどこにおくか考えたほうがいい。グアムへの海兵隊の一部の移転は完全な解決ではない。日本では人口が都市部へ流れているので、人口密度が高い沖縄県の基地、騒音が問題になる青森県の三沢基地のようなところではなく、もっと過疎地に日米統合基地をつくり、地方経済の活性につなげていくことは検討に値するかもしれません。日本の負担を軽減するため、クリエーティブな発想転換はあるのではないでしょうか」
――通称「思いやり予算」といわれる日本側の「在日米軍駐留経費負担」は21年に更新時期を迎えます。トランプ氏の基本的外交スタンスからいうと、負担増を求めるのではと懸念されています。
「非常に寛大な、米海軍や海兵隊にとってはありがたい予算です。しかし、これ以外にも日本は港湾や飛行場の整備など受け入れ国としての支援を十分にやっています。また米国から装備品も調達して米国経済に貢献しています。一緒に任務を遂行できる能力を日本が持とうとすることは米国にとって重要なことであり、これも日本側による支援の一つといえます。トランプ氏はプレッシャーを日本にかけるかもしれませんが、日本の支援や負担をよくみれば、非常に良くやってくれているという結論に至るはずです」
――香港のデモはアジアの未来の試金石のようです。
「当初は、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任を求めるデモのようにみえましたが、次第に矛先は本土に向けられ、デモの質が変わってきています。香港が英国から中国に返還されて22年、香港の人たちは声をあげられる最後のチャンスだと考えているのです。中国は思いのほか香港の事態収拾に苦慮しています。中国の長期戦略の中で、香港にこれだけの抵抗があり、てこずるという想定はなかったはず。中国の戦略はすでに誤っており、修正を迫られています」
――香港の様子を注視しているのが台湾です。
「中国の戦闘機は台湾全土の空で飛行し、艦船は島を囲むように航行し、台湾はすでに自らの防衛のコントロールを失っています。6月に台湾で蔡英文総統と会いました。中国本土の影響が及ぶ台湾メディアでさえも、デモの様子を逐一報道していることに驚いていましたが、台湾の人たちは香港を通して台湾の未来を見ているのでしょう」
「習近平主席は歴代の国家主席のようなレガシーがまだありません。台湾の併合をレガシーに考えているのだろうと思いますが、国家主席の地位にとどまり続けるのは難しいと考え始めているはず。台湾が中国に武力で併合されるとき、日本への影響ははかりしれません」
――これからの米国にとっての最重要課題は何でしょうか。
「まずロシアですが、ロシアは人口が減少しており、特に男性の平均寿命は60歳代と長くなく、衰退傾向にある大国です。中国は人口規模も大きく、経済大国です。この二つの大国はまったく違った方向に進んでいるようにみえますが、同じ大きなゴールを一つ共有しています。それは米国をアジアから追い出すということです。米国はテロ対策分野で、またトランプ氏さえ目を覚ませばですが、気候変動の分野でもロシアとは協調することが可能です。しかし中国とは協調できません。宇宙、サイバー、潜水艦、映画、月探査……どの分野でも対立しています。短期的には米国は中国よりロシアとの関係の方が良好だといえ、中国とは難しい関係はしばらく続きます」
「中国の問題は中国が世界の覇権を握ろうとしていることではありません。問題なのは日本や米国、フランス、ドイツなどと同じルールや秩序で動いていない点です。中国は台湾をはじめ、東南アジア諸国などに対して『いじめ』をしています。経済力を使って脅迫したり、うまい話でそそのかしたり、高金利で金を貸したり。国際社会でこのような振る舞いは許されないのです」
――米中の覇権争いの出口は、どのような形になると思いますか。
「同等にバランスをとって共存することはありえません。米国の経済は世界一を維持します。中国は米中貿易戦争のダメージを受けており、内政も様々な問題をはらんでいます。米国は(軍事力の)ハードパワーだけでなく、(外交、経済、文化の)スマートパワーを持っています。この地域に同盟国や友好国が存在しますが、中国にはハードパワーしかありません。インド洋からアジア太平洋までの米国のプレゼンスは、オーストラリアとインドの支えも必要ですが、日米同盟抜きでは考えられません」
リチャード・アーミテージ(Richard Armitage) 1945年生まれ。アナポリス海軍兵学校を卒業後、ベトナム戦争に志願して従軍した。ロナルド・レーガン政権で国防次官補(1983年~89年)、ジ ョージ・W・ブッシュ政権で国務副長官(2001年~05年)など米政府の主要ポストを務めた。2001年の米同時多発テロ後のアフガニスタン戦争とイラク戦争では外交政策を担った。現在はワシントンD・Cにオフィスを置くコンサルティング会社アーミテージ・インターナショナル代表として世界各地を回っている。2018年に慶應義塾大学から名誉博士号を授与され、日本の若者と交流も続けている。養子6人を含む8人の子どもがおり、米国の人気テレビコメディ「ヤング・シェルドン」の主演を務める子役イアン・アーミテージは孫にあたる。