彼女は米ニューヨーク出身。父が日本人、母が台湾人だ。父母が離婚して、母親と2人の妹とともに西海岸のオレゴン州ポートランドに移ってきた。16歳の時、母が失業してアパートを追い出され、知人の家やシェルターを転々とする生活に。
そこで、以前から学校の通学途中のバス停留所で見かけて気になっていたホームレス女性に話しかけてみた。
よくそんなことをしましたね、というと彼女はさらっと「だって私の母は誰にも偏見をもたないように、って私を育てたから。それにNYだと、誰かとすれ違う時にハローって言っても無視されることが多いけど、ポートランドはみんなすごくフレンドリーだし」。
彼女はホームレス女性にたずねた。「何に一番困りますか?」――答えは、「生理」(period)だった。興味を持った彼女は次から次へとたずねてみたが、圧倒的に多い答えはやはり「生理」。お金がなくて生理用品が買えない。だが恥ずかしくてシェルターなどで生理用品が必要だと言えず、シェルターなどでも配布されない。トイレットペーパーや靴下、古い紙袋などで代用しているのだという。不衛生なことは言うまでもない。その結果、感染症など病気の原因になることもしばしばだ。
ネットであれこれ調べてみたら、生理にまつわるいろんなことがわかってきた。途上国ではティーンの少女たちが生理が理由で学校に行けないことが非常に多いこと、そしてアメリカでは多くの州で生理用品がぜいたく品と見なされ、「タンポンタックス」と言われる税金がかかること。
そこで彼女は活動を始めた。NPOを設立し、女子のみならず勇気を持って男子の友達にも話をして、協力を求めた。まずはナプキンやタンポンなどの生理用品を買って小分けのパッケージにして配り始めた。
活動資金は、起業をめざす人たちのピッチコンテストなどに積極的に参加して寄付を募った。デジタルネイティブ世代だから、SNSなどでどんどん宣伝し、活動を広げていった。各地に「支部」を作ろう、と呼びかけたのだ。活動は明るく、楽しく、賑やかに。彼女たちの団体「PERIOD」のウエブサイトやSNSを見ると、からっと明るく、かわいく、おしゃれでクールで楽しそう。仲間になってわいわいやりたい、という気にさせられる。
活動を続けるうちに、生理用品メーカーが現物の寄付もしてくれるようになった。そうやって順調に行動してきたのだが、一年ほどたったときに、ふと気づいた。
もし私たちNPOの活動が終わってしまえば、この活動も終わってしまう……。長期にわたってシステムや制度を変えなければ、問題は根本的に解決することができない。きちんと解決するためには、政策を変えなければいけない。生理とは女性の困難の問題。だから、男女平等を考えるなら、女性の生理の負担を軽減すべきだ、と。
そこで彼女は政策提言活動を始める。タンポンタックスを廃止し、学校で生理用品を配ろう。
ハーバード大学に入学していた彼女は、19歳だった2017年、地元マサチューセッツ州のケンブリッジ市議に立候補する。結果は落選。「でも、私が立候補したせいで、多くの若者が投票に行ったんです」と彼女は言う。「私は誰でも政治家に立候補できる、って見せたかった。だって、政治家といえば年を取った白人男性というイメージでしょう?アジア系だって、若くったって、声を上げられるんだ、と示したかった」
今では活動の柱は三つ。ホームレス女性に生理用品を配ること、タンポンタックス廃止と学校での生理用品配布を求める政策提言、それから教育だ。活動は米国全州、そしてドイツやフランスなどのヨーロッパ、マレーシアや中国などアジア、ケニアやジンバブエなど25カ国にも広がっている。日本は今のところまだだ。各支部が有機的に活発に動き、いってみれば「ローカル・ナディア」のような人々が各地に出現している。
成果も確実に出しており、これまでに生理用品は51万パックを支給し、ポートランドには生理用品の倉庫が5つもあるのだという。政策提言でも、ニューヨークやイリノイ、コネティカット、フロリダ、カリフォルニアなどですでにタンポンタックスは廃止された。もちろん、彼女たちの活動だけではなく、ほかにも多くの女性や大人たちが活動をしたゆえの成果だ。だが、若者たちのデモをし、署名活動をし、政治家に会いに行くという行動が政策を後押し、変化への環境を作り出したのは間違いないだろう。
何で出来たんだと思う?と彼女に聞くと「ソーシャルメディアの力が大きいと思うけど」と言ってから、「政治家は若者の声を聞きたがっている。若者と一緒に行動したがっている」。そしてこうも言った。「私たちは世界を変えられる。いや、それ以上のことができるんです」
彼女は筆者にたずねた。「日本ではどうなの?生理はまだ恥ずかしいことだと考えられているの?」。思いっきり昭和世代の筆者は、どぎまぎしながら「うーん…一種のタブーかもしれない」と答えた。生理休暇という制度もあるけれど、それを取ること自体を周囲に知られたくない。だから生理を隠し、存在しないもののように振る舞ってきたかもしれない。筆者自身も生理痛がひどい時もあったが、生理休暇を取ったことはない。
彼女は言った。「でも、男女は平等だと思うでしょ?」もちろん。「だったら、生理の困難から女性を解放しないと。ヘルスケアの問題でもあるし、少女や女性が生理痛に苦しむことで教育の機会を逃したり、経済活動や政治的な活動に参加できなかったりするのだから。だから、オープンに生理の問題を語り合うべきだと思う」。
ここに来て日本にも変化の兆しが見えてきた。生理用品の大手メーカーの一つであるユニ・チャームは今年6月から『#NoBagForMe』というプロジェクトを始めた。女性が女性らしく生きられる社会をめざし、生理や生理用品のことを隠すのではなく、気兼ねなくオープンに語れるようにしようというものだ。生理用品を買うとき、お店の人は紙袋で包んでくれる。そのこと自体が生理を恥ずかしいもの、隠すべきものだということを表しているが、紙袋で包む必要性を感じさせないパッケージのデザインを開発するのだという。日本でどれほどのムーブメントになるだろうか。
ナディア・オカモト 「PERIOD」創業者兼エグゼクティブ・ディレクター。1998年生まれ。NYに生まれ、ポートランドに移り住む。2014年からホームレス女性に生理用品を配る活動を始める。ハーバード大学に在学中。2018年に「PERIOD POWER」を出版。