あなたは税金を払いたくない、かもしれない。けれど、他の人々が公正な負担を負わなければ、あなたの負担はもっと大きくなる。
この文句こそ、付加価値税(VAT、訳注=日本の消費税にあたる)が米国を除く世界のすべての主要国で採用されている大きな理由説明になっている。
この税制の概念が米国で取り入れられたことは一度もなかった。しかしVATは国の発展にとって強力できちんとした手段だった。低所得国家にとっては特にそうだった。なぜなら、ある最新の調査が示すように、VATは他の税制に比べて効果的、しかも穏便な方法で脱税を減少させるからだ。
ほとんどの富裕国では、平均するとGDP(国内総生産)の34%を税として徴収している(米国は約27%)。しかし、低・中所得の国々では(西アフリカのマリ共和国からマレーシアまで、所によって幅はあるものの)、通常GDPの10%から20%だ。主な理由は、発展途上の国々では闇経済が横行して簡単に税逃れができ、徴税が難しいからだ。だが、道路や学校といった公共施設を造るためにも、国がたとえ貧しくとも税収は重要だ。
話をVATに戻すと、これはビジネスを通じて間接的に個人所得に課税する仕組みだ。同時に、一つの付加価値に対する税として組み込まれ、いったん決まれば変更できない「自己拘束」の機能を有している。
VATがどう機能するか、一例をあげよう。
最も基本的なことは、VATはビジネス、あるいはサービスが生み出した付加価値に対して課税される。付加価値は各ビジネスが商品を売る際に、生産にかかわる費用を引いた価格と言えるかもしれない。
たとえば、パンの卸売業者は小売店にパンを卸して収入を得る。その卸値から、パン製造業者が使った小麦粉や酵母、その他の材料費が(仕入れ価格として)差し引かれる。差し引かれた利益が付加価値として課税される。さらに、製粉業者は小麦粉やその他の原材料の仕入れ価格を差し引いた利益に対してVATを払うことになる。
小麦の栽培農家からパンの消費者にいたるサプライチェーン(製品供給網)の各段階でVATを計算すれば、パンの小売価格が出てくる。そういうことで、VATは消費にかかる税金となり、個人の所得税より管理しやすくなる。
その理由の一つは、政府が各世帯(非常に多い)からVATを徴収するより各事業者(世帯数に比べればわずかだ)から徴収できるからだ。他の理由としては、特に経済が発展途上にある国々では、多くの人びとが自営業者で、収入をごまかして報告するケースがかなりあるなど、個人所得への課税システムに問題があるためだ。
米国ではどうか。IRS(米・内国歳入庁)によると、自営業者と農家の収入の過少申告は60%を超えると推定されている。それでもほとんどの米国人は雇用者の下で働いているため、個人所得の徴税システムは非常にうまくいっている。他の多くの国ではそうはいかない。
VATは「売上税」(訳注=付加価値については米国全体で決められた税はなく、最終消費者が消費した時だけ課税される「売上税」の税率が州、郡、市ごとに決められている)に似ているが、重要な違いがある。すなわち「売上税」が販売の段階でのみ課税されるのに対し、VATは製造・生産の全ての段階で課税されている。それが驚くほどの自己拘束力を発揮している。なぜなら、一つの事業者の税金控除が他の事業所の納税義務になってしまうからだ。
パンの製造業者が材料の小麦粉を買えば財務上の利害が生じ、買った分を税務当局に申告する。そうすることで製造業者は課税対象から材料コスト分を控除される。この申告情報から、税務当局は小麦粉の生産者の収入に目を光らせる。
このシステムの理論的な利点はよく知られている。しかし、チューリヒ大学(スイス)の経済学者Dina Pomeranzは、こうした利点が実際にどれほど重要なのかテストする方法を見つけ出した。2015年、米月刊学術誌アメリカン・エコノミック・レビューに掲載された研究論文で、彼女は税金の不正がはびこっている所を突き止めるため、南米チリの税務当局と共同で「監査予測」という手立てを講じた。チリではすべての事業者がVATを支払うよう求められているが、税務当局は無作為に選ばれた事業者に「特別監査されています」という通知を送った。するとPomeranzはあることに気づいた。
通知を受け取った後でも、事業者間の販売報告に変化はほとんどなかった。つまり事業者の収入はすでに正確に申告されていたのだった。それとは逆に、消費者に商品を売っている小売店のようなビジネスはもっと多くの収入を申告し、VATも多く支払った。
この違いはなぜ起きたのか?
VATでは最後の段階で問題が生じる。すなわち小売店でパンを買う客には、レシートを要求するインセンティブがなかったのだ。なぜなら客は事業者のように自分の所得からパン代を控除できなかったからだ。だから、事業者と消費者間の多くの取引で、過少申告されていたのだった。
政府はレシートを請求する客に「恩典」を出すことで、この最後の段階の問題を解消しようとしてきた。ブラジル・サンパウロ州は07年、小売店のレシートに対して支払額のおおよそ1%を割り戻すプログラムを始めた(同プログラムをもっと魅力的にするために、割り戻しの一部は総額50万ドルの賞品が当たるラッフル抽選券=慈善などを目的としたくじ=にしている)。
小売店は売った商品のレシートを税務署に提出しなければならなかった。消費者は小売店がレシートを提出したかどうかをオンラインでチェックでき、もし提出していなければ税務署に通告することができる。要するに、買い物客は市民税務監査官として組み込まれることになったのだ。
このブラジルプログラムの最初の4年間を分析したロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのジョアナ・ナリトミの調査研究によると、小売店からの徴税は21%も増え、成功した。調査研究はアメリカン・エコノミック・レビューで発表される予定だ。
新興国におけるVATの成功は、税収の受益者に朗報となっている。将来、米国にとって役立つこともあるかもしれない。ただし別の理由で。というのも、VATは収入よりむしろ消費に課税するため、節約や投資を促す傾向があるからだ。
VATにも問題はある。大きい問題の一つは逆進性にある。ぎりぎりの生活をしている人には、節約するにも限界がある。収入のすべては生活必需品に回され、課税される。高所得者は逆に負担割合が小さくなる。
しかし、VATはこの欠陥を補ってバランスをとるために、低所得者への税額控除といった累進的な税務政策と組み合わせることもできる。これはブルッキングス研究所(米シンクタンク)のウィリアム・ゲイルが著書「Fiscal Therapy」で主張している。
結局、VATの大きな利点は、比較的わずかな行政コストで、煩雑な徴収処理もそれほど多く必要としない中で莫大(ばくだい)な税収をもたらせることだ。VATはいつの日か、米国にとっても魅力的な選択肢となるかもしれない。(抄訳)
(Seema Jayachandran)©2019 The New York Times
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